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第二部
第五章 イケおじ師匠とナイショの特訓!!!60『ナイショの特訓』
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六十
次の日から、沢崎直は朝の空手の鍛練を外ですることにしていた。
本当は少しだけ迷いはしたのだが、師匠に毎日するようにと言われたら、素直な弟子は聞かないわけにはいかない。
それに、本当は沢崎直も内緒でこそこそではなく、大きな声を出して鍛練したかったのだ。
初めこそ、この異世界にない珍妙な動きに、邸内の者たちは驚いていたようだが、毎日繰り返していると人は慣れていくもので、そのうち誰も気にしなくなった。もしかしたら、ヴィルが執事のリヒターなどと一緒に、皆に根回ししてくれたのかもしれない。
(『天啓』か………。)
本当は天啓でも何でもなく、別の世界の武術であるが、異世界転生というのは天啓と同じく神のような大いなるものの仕業であることは間違いない。異世界から持ってきたのだから、まあ似たような物でしょと、沢崎直は気分を切り替えていた。
朝の鍛練の間、ヴィルは傍に控えて沢崎直の様子を見守ってくれている。
ヴィルの場合、自分の鍛練は沢崎直が起きるよりも先に済ませてしまっているのだと思われる。
今日も沢崎直が空手の型を披露するのを黙って見守っていたヴィルだが、沢崎直が全てを終えて挨拶すると近寄ってきた。
「押忍。」
「アルバート様。」
汗を拭く布と、のどを潤す水を用意しているヴィル。
それを受け取って、沢崎直はいつも忠実に仕えてくれる従者に礼を言った。
「ありがとうございます、ヴィル。」
いつもなら、この後、木剣の素振りを始めるのだが、ヴィルの美しい横顔を見ていたら、何となく沢崎直は提案してみたいことが出来た。
少しだけ逡巡した後、ダメ元でいいので提案してみることにする。
「あ、あのー、ヴィル。」
「どうしました?」
ヴィルが何かご用でしょうかというような視線で、沢崎直に尋ねる。
沢崎直は大きく息を吸い込むと、勢い込んで提案してみた。
「よかったら、一緒にしませんか?」
「アルバート様?」
提案の意味が分からず、ヴィルが首を傾げる。
沢崎直は勢いを重視するあまり具体性に欠いていたことを反省し、今度は詳しく提案してみた。
「あの、今まで私がやっていた動きです。一人でやっているのもなんなんで、一緒にどうかと思って……、いやならいいんです。」
ちゃんと選択肢として提案するのを忘れない。決して命令したいわけではないのだ。
ヴィルは少し考えてくれた。
「そのー、アルバート様のお邪魔になってしまうのではないですか?アルバート様のなさっているのは、天啓として授けられたものでしょう?」
天啓はヴィルの中で決定事項になっているようだ。師匠は可能性の示唆に留めておいたはずだというのに……。何と純真な従者であろうか。
沢崎直はせっかくなのでどうしても一緒にやりたくなった。毎朝、推しと共に空手の稽古に励めたらやる気は何倍にもなるし、それより何よりこれほど努力家で体格にも恵まれた上、多分さまざまな能力値の高い男性が空手をするという姿を見たくて仕方なくなった。それが推しならば、その様は最早毎朝のご褒美といっても過言ではない。
何とか説得をしようと試みる沢崎直。
「邪魔だなんてとんでもないです。あっ、でも、私もまだ全然うまくないんです。なので、一緒に鍛練できたらと思って……。あっ、基本の動きくらいは一応教えられると思うんですけど……。」
必死さを滲ませすぎないようにしながらも、何とかヴィルに興味を持ってもらおうと沢崎直は拙い言葉を重ねた。
そして、言葉を重ねていくうちに、とっておきの説得材料を思いついた。
「し、師匠もやりたがってました、これ。なので、師匠よりも先にいっぱい練習しましょう、二人で。」
「………。」
師匠の名前を出した途端、ヴィルの瞳の色が変わった。
俄然やる気になったヴィルは、沢崎直に教えを乞うために沢崎直の後ろに陣取った。
「俺に出来るかは分かりませんが、よろしくお願いします。アルバート様。」
(少しくらい師匠よりフライングして教えてもいいよね?)
いまだ師匠の実力の足元にすら及ばない二人の弟子は、こうして毎朝の内緒の鍛練を始めることにしたのだった。
余談だが、毎日沢崎直の鍛練を見ていたヴィルは、基本の動きを習得するのに殆ど苦労することはなかった。武術で必要な動きをトレースできる『目』が備わっている証拠である。
すぐに自分より空手が上手く強くなっていきそうなヴィルに、沢崎直はちょっとだけ悔しくなった。だが、それ以上に、切れが良く美しい型を披露する推しの姿に鼻血が出そうなほど興奮して悶絶していた。もちろん、そのモブ女・狂喜乱舞の状態は心の中でだけに留めておいたが、空手と同じくいつかはそちらも全力で表現できる日が来ればいいなと願わずにはいられない沢崎直であった。
次の日から、沢崎直は朝の空手の鍛練を外ですることにしていた。
本当は少しだけ迷いはしたのだが、師匠に毎日するようにと言われたら、素直な弟子は聞かないわけにはいかない。
それに、本当は沢崎直も内緒でこそこそではなく、大きな声を出して鍛練したかったのだ。
初めこそ、この異世界にない珍妙な動きに、邸内の者たちは驚いていたようだが、毎日繰り返していると人は慣れていくもので、そのうち誰も気にしなくなった。もしかしたら、ヴィルが執事のリヒターなどと一緒に、皆に根回ししてくれたのかもしれない。
(『天啓』か………。)
本当は天啓でも何でもなく、別の世界の武術であるが、異世界転生というのは天啓と同じく神のような大いなるものの仕業であることは間違いない。異世界から持ってきたのだから、まあ似たような物でしょと、沢崎直は気分を切り替えていた。
朝の鍛練の間、ヴィルは傍に控えて沢崎直の様子を見守ってくれている。
ヴィルの場合、自分の鍛練は沢崎直が起きるよりも先に済ませてしまっているのだと思われる。
今日も沢崎直が空手の型を披露するのを黙って見守っていたヴィルだが、沢崎直が全てを終えて挨拶すると近寄ってきた。
「押忍。」
「アルバート様。」
汗を拭く布と、のどを潤す水を用意しているヴィル。
それを受け取って、沢崎直はいつも忠実に仕えてくれる従者に礼を言った。
「ありがとうございます、ヴィル。」
いつもなら、この後、木剣の素振りを始めるのだが、ヴィルの美しい横顔を見ていたら、何となく沢崎直は提案してみたいことが出来た。
少しだけ逡巡した後、ダメ元でいいので提案してみることにする。
「あ、あのー、ヴィル。」
「どうしました?」
ヴィルが何かご用でしょうかというような視線で、沢崎直に尋ねる。
沢崎直は大きく息を吸い込むと、勢い込んで提案してみた。
「よかったら、一緒にしませんか?」
「アルバート様?」
提案の意味が分からず、ヴィルが首を傾げる。
沢崎直は勢いを重視するあまり具体性に欠いていたことを反省し、今度は詳しく提案してみた。
「あの、今まで私がやっていた動きです。一人でやっているのもなんなんで、一緒にどうかと思って……、いやならいいんです。」
ちゃんと選択肢として提案するのを忘れない。決して命令したいわけではないのだ。
ヴィルは少し考えてくれた。
「そのー、アルバート様のお邪魔になってしまうのではないですか?アルバート様のなさっているのは、天啓として授けられたものでしょう?」
天啓はヴィルの中で決定事項になっているようだ。師匠は可能性の示唆に留めておいたはずだというのに……。何と純真な従者であろうか。
沢崎直はせっかくなのでどうしても一緒にやりたくなった。毎朝、推しと共に空手の稽古に励めたらやる気は何倍にもなるし、それより何よりこれほど努力家で体格にも恵まれた上、多分さまざまな能力値の高い男性が空手をするという姿を見たくて仕方なくなった。それが推しならば、その様は最早毎朝のご褒美といっても過言ではない。
何とか説得をしようと試みる沢崎直。
「邪魔だなんてとんでもないです。あっ、でも、私もまだ全然うまくないんです。なので、一緒に鍛練できたらと思って……。あっ、基本の動きくらいは一応教えられると思うんですけど……。」
必死さを滲ませすぎないようにしながらも、何とかヴィルに興味を持ってもらおうと沢崎直は拙い言葉を重ねた。
そして、言葉を重ねていくうちに、とっておきの説得材料を思いついた。
「し、師匠もやりたがってました、これ。なので、師匠よりも先にいっぱい練習しましょう、二人で。」
「………。」
師匠の名前を出した途端、ヴィルの瞳の色が変わった。
俄然やる気になったヴィルは、沢崎直に教えを乞うために沢崎直の後ろに陣取った。
「俺に出来るかは分かりませんが、よろしくお願いします。アルバート様。」
(少しくらい師匠よりフライングして教えてもいいよね?)
いまだ師匠の実力の足元にすら及ばない二人の弟子は、こうして毎朝の内緒の鍛練を始めることにしたのだった。
余談だが、毎日沢崎直の鍛練を見ていたヴィルは、基本の動きを習得するのに殆ど苦労することはなかった。武術で必要な動きをトレースできる『目』が備わっている証拠である。
すぐに自分より空手が上手く強くなっていきそうなヴィルに、沢崎直はちょっとだけ悔しくなった。だが、それ以上に、切れが良く美しい型を披露する推しの姿に鼻血が出そうなほど興奮して悶絶していた。もちろん、そのモブ女・狂喜乱舞の状態は心の中でだけに留めておいたが、空手と同じくいつかはそちらも全力で表現できる日が来ればいいなと願わずにはいられない沢崎直であった。
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