桃源郷シリーズ

天鳥そら

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桃源郷:ボディガード10

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『怪我は医務室で治療いたします』


体調不良・お怪我がございましたら、すぐにスタッフへ申し出て下さい。医務室では治療のため能力者がいますので、速やかに手当てが行えます。なお、会場の外に当協会が用意致しました宿泊施設がございます。会場への再入場はできませんが、夜も遅いためゆっくり休みたい方に特別価格でお貸しいたします。事前の予約をお願い致しておりますが、当日の受け付けもしております。どうぞお気軽にお声かけ下さい。



「リン!」


「大丈夫ですか?」


青年に言われた通り、階段を数段上がり待つこと数秒。目の前には心配そうな顔をした高時と通鷹がいました。リンに向かって両腕を差し伸べる通鷹に、ショウがゆっくりと渡します。通鷹は壊れ物を扱うように受け取るとリンをしっかり抱きしめました。


「足を捻って怪我してる。医務室へ行きたいところだが、できれば内密に治療を…」


高時がわかっているというようにうなづきました。さてここはどこだろうかと周りを見回すと、ホテルの客室のような場所であることに気がつきました。ベッドが二つあり、テーブルの上にはゲストのためサービス、お茶とお菓子が置いてあります。さほど広くはないものの、清潔感がありリラックスできる空間にショウは肩の力を抜きました。通鷹がリンをベッドにおろすと怪我の様子を診ます。大したことないとほっと息をつく通鷹とリンが笑い合っている姿を見て、やっと緊張が身体から抜けていきました。


「妙な男に会った。泥棒で、知り合いらしいと聞いたが、その男が出口を…」


「大変だったな。よくリンについていてくれた。ありがとう」


高時が労わるように肩を叩き、お茶でも飲まないかとティーカップに紅茶を注ぎます。リンが通鷹にあれこれ事情を話しているのを聞きながら、高時に今まであったことを話しました。高時の様子から安全な場所にいるのだということはわかりますが、ショウは詳しい事情を知らず落ち着きません。闇オークションの品物がどうなるのか、自分とリンが協会側に目をつけられていないかも気がかりでした。


「まず、ここはオークション会場ではない。オークションに参加する客向けのゲストハウスだ。会場から離れているから、能力が封じられることもない。ただ、会場を一度出ることになるから、再入場はできない」


高時が差し出すティーカップを受けとると、頬にほわりと湯気があたりました。熱さを気にしながらゆっくり飲むと、紅茶の香りが鼻をくすぐり甘みのない紅茶が喉を潤しまします。思いがけなく危険な状況におかれていたことが夢のようだと思えました。高時がかりかりとクッキーをかじりながら、リンの様子を伺います。ベッドに横になる様子を確認して、通鷹が笑って頭を下げたので笑みをこぼしました。通鷹は眠るリンについているようです。


「俺とリンさんが妙な空間に入った後、騒ぎになったか?」


闇オークションの証拠を掴んでしまったことをショウはひどく気にしていました。リンには話しませんでしたが、オークション側の秘密を知ったことで自分たち自身が闇オークションの商品になることもあり得ます。もちろん高時と通鷹の身も危ういでしょう。ですが高時と通鷹からはそういった緊張感は見受けられませんでした。


「騒ぎになる前に、スタッフに声をかけられた。お連れのお客様はどうなさいましたかと」


「それで?」


「スタッフには心配ないと伝えた。最初は遅くなっているだけだと思っていたから、様子を見てくると化粧室の前まで行ってみた。そうしたら、赤髪の少女とひょろっとした男、ええっと、ダークパールを落札した子が床にしゃがみこんでいた」


化粧室の前にいたから、銀髪の少女と男を一人見なかったかと聞くと、二人はそろって顔をしかめました。リンが化粧室の中にいるのは当然だとして、なぜショウの姿が見えないのか疑問に思いました。高時と通鷹の顔が険しくなった時、少女に促されてタカダという男が話し始めます。リンとショウは別の空間に引きずり込まれたこと、後を追いかけようとしたけれど閉じてしまってどうやっても入れないこと。さらに闇オークションの商品のありかを探しているとまで語りました。


「何者なんだ?潜入捜査か何かだろうか?」


ティーカップをテーブルの上に置いたショウは、眉間に皺を寄せます。化粧室の中からリンと少女が楽しそうに話しているのをショウは聞いていました。化粧室内に男は入れません。ですが、声が響きショウの耳にも届いていたのです。高時がくすりと笑みをこぼします。


「泥棒だよ」


ん?と顔を高時に向けたショウに簡潔に答えました。


「リンとショウが会ったという男の泥棒、あいつの妹なんだ」


ショウの目が丸くなります。自分とリンが知らないことを高時たちはずいぶんと掴んでいるようでした。話の全容が知りたいので、ショウは黙ったまま続きを待ちます。


「あと、協会側のスタッフの手引きもあったから楽だった。闇オークションに対して良い感情を持たないスタッフもいる。外部に知らせようと思っても、ニセの情報を掴まされ罠にハメられたこともあったそうだ。捜査官が苛立っていたように、協会内でも反発している奴はいたんだな。泥棒の仕事は闇オークションの商品を盗み出すこと。それが難航していたようでな」


そこで高時が口元に手を当てて笑った。


「別の空間があることも掴んでいるし、そこで商品が保管されていることもわかっている。だけど、その隠し場所がわからなくてずいぶんてこずったようだ」


ここでショウが初めて表情をゆるめました。凍てついた大地に日の光が差し込むように、ショウの心の内がやわらかくなりました。


「それじゃあ、リンさんは本当にお手柄だったんだな」


「こけたけどな」


高時のことは赤髪の少女が知っていました。兄からずいぶん話をきいていること、リンや通鷹についても知っていましたがショウがそばにいるのは予想外だったこと。泥棒たちは協会側の人間とも示し合わせているからと、オークション会場で商品の説明をしていた初老の男を呼びました。事情を聞いたスタッフは高時たちにリンとショウは必ず連れ帰るから、静かに待っていてほしいと今いる宿泊施設を用意してくれました。別の入り口からリンとショウがいる空間に入り、化粧室付近まで行って保護すると受け負いました。


「だが、俺とリンさんの落ちた場所に、闇オークションの商品があるかどうかはわからないだろう?確証はあったのか?」


「確かにな。闇オークションの商品の隠し場所は、限られたスタッフしか知らされていなかったし、ほとんどのスタッフが場所を知らない。新米だと闇オークションのことを知らないスタッフもいるようだ。ただ、今回の商品の中に力の強い生き物がいて、その力を協会側の人間が制御しきれていないのではないかと協会側の人間がしゃべった。そのせいで空間が歪み、破れたような形になったのではと。」


本来ならないはずの別空間への入り口です。こじ開けたとしたのなら、相当な力の持ち主だったのだろうとショウは考えました。ただし、こじ開けたのはブーツのヒールが挟まるほどの穴、もしくは亀裂です。


「違った場合は?闇オークションの商品を俺たちが見てなくて、さらにただ落ちただけだったとしたら?彼らが協力するメリットは?」


泥棒が何のメリットもなく人助けをするとは思えませんでした。これには高時の顔が渋くなります。何かやり取りがあったようです。


「協会側の言い分としては、偶然落ちることはあり得ないだ。そこに必ず何かがあると断言した。ショウとリンが消えた時、そばにいた泥棒をのぞいて誰も気づかなかった。協会のスタッフも何も感知しなかったことに腹を立てていたな。セキュリティが甘くなっていると。おかげで闇オークションの首謀者に知られず事を運べたわけだが。で、泥棒側の言い分によると、泥棒の勘だそうだ。特に赤髮の泥棒の方は、化粧室付近が怪しいと思って探っていたらしい。ビンゴだったな。なんで自分が落ちなかったのかと悔しがっていた」


楚々としたお嬢さんの雰囲気の赤髪の少女は、ブラックパールをとんでもない額で落札し、鬼の種族に鬼のような形相で掴みかかれてもさほど気にしていないようだった。その少女が泥棒だという話に、ショウはおかしくなった。


「リンさんはとんでもないことに巻き込れるな」


「だから、誰かいてほしかったんだ。通鷹と私だけでは、手が届かないこともあるから」


ぶすっとした顔の高時に笑って、ショウはゴマの香りがするクッキーを口の中に放り込みました。



つづく










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