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【プレイヤー 編】

魔性の女

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 この始まりの街には数百とされる店があり、初級者に限らず全てのプレイヤーが、買い物のため集まる。一日、二四時間プレイヤーたちで溢れかえる始まりの街は賑わい、そして広い。

 こぢんまりとした鑑定屋の扉を開けた店内には、面倒くさそうに座るヒューマンの女性がひとり。
 テーブルに肘を立て支えた顔を傾けながら口を開く。

「いらっ――あん? なんだベニネコかい……なんか用かい?」

 店主と思われる女性は、店の客に対し歓迎の挨拶をしようとしたが、相手がベニネコと知りガッカリした様子を見せる。

「なんか用って、ここにきたら鑑定に決まってるでしょー? 今日は最高のお客さん連れてきてあげたよー」 
「ど、どうも。マイコっていいます」
「……」ペコリ。

 鑑定屋の女性はまじまじと米子を眺める。

 現実世界で言えば、二〇代前半の女性で身体の線は細く色白で、口に塗った真っ赤な紅が肌の白さゆえ際立つ。何処と無く魔性な印象を受けるが、それは彼女の性格からくるものだろう。

「ふーん……あたしはリーザさ。よろしくね、マイコ」
「あ、はい。リーザさん、よろしくおねがいします。それで……早速ですが、これを鑑定してもらえますでしょうか?」

 鑑定士はリーザと名乗り互いに挨拶を交わすと、早速鑑定を依頼するべく宝玉をリーザへ見せた。

「……これって。なんだか凄い物持ってきたね」
「もしかしてリーザでも鑑定できないとかー?」

「何いってんだい? あたしに鑑定できないアイテムがあってたまるかい! ランクSの鑑定士を馬鹿にするんじゃないよ!」

 鑑定士の力量はランクによって決まる。

 最低ランクは『F』で、最高ランクは『S』だ。そしてSが最高ランク……とはいえ、現時点の鑑定士がもつランクの最高であり、更に上をゆく未確定ランクもあると予想されている。

 そしてアイテムも同じくランクが存在し、鑑定士のランクがアイテムのランクより低い場合、鑑定不可能ではないが全てを鑑定することが出来ない。

「――とはいえ……こりゃ、ちと難儀だねぇ。この宝玉、あたしのランクを超えてるからね」
「まじ? そんなアイテムあるの?」
「あん? そりゃあるに決まってるだろ。あたしも初めて視るランクだけど、この世界にはもっと上のランクもあるだろうね。けどまぁ……全てとはいかないが鑑定は出来るよ?」

 リーザが言う”全て”とは、用途や効果の全てを知り得るということ。鑑定士のランクよりアイテムのランクが高い場合、情報の全てを鑑定することは出来ず、不確定要素も出てしまう。

 それゆえに信用できない鑑定士に依頼すると、適当に誤魔化されたあげく経験値を奪われることもある。

 では何故、騙される可能性もある鑑定士を必要とするのか。

 実のところ鑑定を行わなくてもアイテムの使用は可能だが、使い方を知らなければ使うことも出来ない。例えば現実世界において、家電などの使い方や効果、況してやどのような物かも分からなければ、新品であっても倉庫で永眠するしかない。

 そして重要な点がもうひとつ。

 仮に用途や効果を知らないアイテムを使用した際、広範囲に及ぶ攻撃魔法だったらどう思うだろう。
 パーティー以外のプレイヤーが近くにいた場合、知りもしないで使用したら周囲に多大な被害を与え、トラブルの元となり兼ねない。
 それは攻撃魔法に限らず、知ると知らないでは、知らないほうが遥かにアイテムの価値を落とす。

 だからこそ、鑑定士はプレイヤーにとって必要不可欠な存在なのである。

 鑑定士はプレイヤーに必要とされているため、とてもと言えよう。人気鑑定士はモンスターを討伐することなく、多量の経験値を手に入れることも容易。

 ならば、経験値を稼げる鑑定士とはモンスターに対して強いのか。
 つまり、その戦闘力が高いのか、である。

 答えは『NO』、だ。
 鑑定士などの商人として経験値を稼ぐ者たちは、職種が『商人系』でなければ商売として取り引きは出来ず店も開業されない。そして商人系の職種になった者は、幾ら取り引きで経験値を稼いでも腕力や魔力は一切上がらないため、戦闘にて活躍することは極めて困難と言える。

 アイテムなどを駆使すれば全く戦えないこともないのだが、敢えて身の危険が伴うバトルフィールドに赴く商人は少ないようだ。因みに物理攻撃や魔法スキルを使用した場合においても、元から持つ腕力と魔力が低い商人の攻撃力は、お世辞にも強いとは言い難い。

 このように経験値を稼ぐ手段が異なれど、あらゆる面で区別されるからこそ、このゲームはバランスのとれた世界観を創りだすことに成功している。

「はい。分かるところまでで良いです」
「そうかい。なら視るけど――と、言うよりこんなアイテムが鑑定できるんだ。嫌だと言われても絶対逃がしゃしないけどね。……ふふ」

 リーザは不敵に笑い、目の前の宝玉という強敵を打ち砕くかのようなオーラを放つ。
 鑑定士魂なるものが燃え盛っているようだ。

「なら、さっそく始めるよ。取り引きは鑑定後に鑑定結果で決める。これでいい?」
「わかりました。それで、お願いします!」
「リーザ。友達なんだから、ボッタくっちゃいけないんだからねー」

 リーザは座っていた椅子の腰を上げ、奥の扉の向こうにある鑑定室へ皆を案内した。
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