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【初級者 編】
タッタ村
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刻は少し戻り、同日――現実世界の時刻は午後四時三五分。
米子が丁度、四〇階層への帰路を辿っている頃――――
始まりの街から一番近い森の中には、プレイヤーたちに気付かれることなく、ひっそりとした小さな村がある。
その名を『タッタ村』と、言う。
タッタ村がプレイヤーに気付かれていない理由は、村一帯に幻惑の魔法をかけているからだ。幻惑魔法と呼ばれる所以は、名の通り幻惑を魅せて村の存在を誤魔化す。
では、なぜこのようにプレイヤーを遠ざけようとするのか。
ゲーム内住人にとって凶悪なモンスターは当然危険視されているが、一番危険なのはプレイヤーなのだ。”モンスター”とは基本的に生きるために戦闘行為を行うキャラクターであり、己の欲の為に戦闘を繰り返すプレイヤーとは違う。
EXにおいてモンスターとは『野生動物』のような存在である。
プレイヤーは只ゲームを楽しんでいるかもしれないが、住み人にとっては、どう見積もっても殺戮兵器としか思えない。それは格下モンスターを顔色一つ変えずに倒すなど、”慈悲の言葉もなく残忍”なのではないだろうか。
現実世界で考えれば、恐ろしいことである。
更にデスペナルティがあるにせよ復活もできるが、モンスターやNPCに復活はない。
そして最も重要な点は、現実世界の人間が痛くも痒くもないということ。
ある意味ゾンビと戯れるパニック映画の逃げ惑う者たちが住み人。プレイヤーは恐れられていて当然と言えよう。
基本、村に住む者でなければ入り口すら認識できず、タッタ村へ立ち入ることは出来ない。
勿論その対策方法はあるのだが、始まり街付近ではモンスターも弱いため初心者しか森に入ることはなく、幻惑に対抗できるプレイヤーは殆ど現れない。
これはタッタ村だけの話ではなく他にも多々存在しており、このような村は住み人にとって、最も安全な区域とされている。
「おっちゃん、このまえ約束した果実って見つけてきてくれたのー? ちょーだい」
「ん? ああ、ごめん……結局見つからなくてさ。また今度ってことで……ダメ?」
手のひらを合わせ、拝むように謝罪する仕草をするハザマ。
そのハザマを見上げるようにして話しかけてきたのは、タッタ村に住む少女『メメル』である。
メメルはゴブリンと呼ばれるモンスターであり、人間とは似て非なる妖精の類い。肌の色は”濁っている”が、大人のゴブリンでも背丈は低く可愛いとも思える。
ゴブリンは一般的に悪い妖精と言われているが、この世界のゴブリンは気性が荒めとは言え、それほど悪意のあるモンスターではない。
「もー 使えないおっちゃんなのー! 嘘ついたら針千本飲まないといけないのッ!」
メメルは頬をいっぱいに膨れ上がらせ、御立腹状態ではあるがプクプクと愛らしい。
全く以て膨れ上がった顔のほうが、ハリセンボンかと疑ってしまいそうだ。
「本当に、ごめん! 去年までは、あの塔にあったんだよ。なんだか全部枯らされちまってて、果実を採れなんだ……もし、何処かで見つけたら必ず採ってきてやるから、ね?」
ハザマが苟且の塔にいたのは、転送されてきたのではなく自ら赴いただけであった。
毎年夏のみ設置される苟且の塔内部で、過去二年間は『かりかり木』と言う回復アイテムの実る木があった。そのアイテムをメメルに欲しいとせがまれ塔へ行ったが、既に木は枯れ果てアイテムを採取することが出来なかったのである。
「約束よ? 次も嘘ついたら絶交なんだからッ!」
「おチビは優しいな。こーんな可愛いコに絶交されちまったら、おっちゃん悲しくなっちゃうよ。もちろん約束するさ」
ハザマは笑顔でメメルの頭を撫でると、メメルはハザマ言葉に照れたのか頬をほんのりピンク色に染め、ニコニコと嬉しそうに笑う。
「エヘヘ。じゃー今回は特別に許してやるの」
こんな会話をしていると、毎回必ずと言っていいほど他の子供たちもハザマの周りに集まってくる。子供に大人気なのは彼の性格からくるものなのだろう。子供たちと触れ合う彼の表情は安らぎを感じさせるほどに暖かい。
子供が集まれば親も集まるもの。いつも間にやら周囲には多くの村人がハザマを囲うように集まり、騒がしくもフワフワした癒しのひととき。
ハザマはこの村の生まれではないが、ただ単に気に入っていると言う理由だけで、よくタッタ村に立ち寄ってはフラフラと暇をつぶす。
そこに近づく老婆がひとり。
子供たちと戯れるハザマのすぐ傍までくると、オッサンへ向け口を洩らした。
「ハザマ。お主、また危険な場所まで行っとったんじゃろ? そんなことばかりしとったら、早死にするぞえ。子供の頼みを聞いてやるのも良いが、断ることも考えんといかん」
老婆はこのタッタ村の村長であり、名を『ゼンキ』という。長い白髪を背中の辺りで結び、腰は”くの字”に曲がった顔中シワだらけの、ヒューマン型NPCである。
「やあ、ゼン婆さん。腰の調子はどうだい?」
ゼンキは「やれやれ」と、一度大きなため息をつき口を開く。
「まったく……お主は、相変わらずひとの忠告を聞きもしないな。腰の調子は上々じゃ。お主からもらった薬のおかげじゃて。肩こりは、ちぃとも治らんがの」
ゲーム内の住人であってもEXでは病気や寿命もある。
EXはオープンから三年の月日が経っているが、初期キャラクターは開発者側から生み出されたものであり、初期から老婆のゼンキはそのひとり。
初期キャラクター以外は『子』として生み出されたもので、これは現実世界の生命体が子孫を残す理屈と同様。
しかし『子』が成長する過程は異なる。
現実世界での成長速度より成人になる速度は早く、また成人としての時間は長い。それは容姿が全く変わらないプレイヤーたちに合わせた仕様である。
「そっか。そりゃ良かった! また鑑定屋に行ったら薬作ってもらうよ」
ハザマの気持ちは素直に喜べるが、ゼンキは腰痛の薬が欲しくて話しかけたのでなく、急ぎ頼みたいことがあった。
「腰痛の薬はまだエエ。それより、幻惑用のアイテムが足りなくてな。ちと急ぎ足で鑑定屋へ行って調合してもらえんかの?」
ゼンキが言う幻惑用のアイテムとは、幻惑魔法を使用するために必要なもの。
通常、魔法を使用する際には自身の持つ属性に関わってくるのだが、属性に関わらずアイテムなら使用可能とする。
しかし村一帯を埋め尽くすような大規模魔法は、例えアイテムを使用しても使用者の魔力が低ければ効果は薄い、又は効果が無い。
ゼンキは多大なる魔力をもつが属性が異なる(土属性)ため、闇属性である幻惑魔法を扱えないのだ。結果、己の魔力を活用しながらもアイテムに頼る。
「最近、幻惑アイテムの消費が早くなってきてるような? 効果が薄れてきてるのかな? ……まあ、そんなこと頼まれなくても、ちゃちゃっと行ってくるけどね」
「うむ。お主の言う通りやもしれぬな……幻惑の効果時間がだんだんと短こうなっとる」
ゼンキは顎に手を添え深く考える様子。
それを聞く周りの村人たちも、ゼンキに聞き耳を立て不安げな表情。
「えーと、あれだ! きっと何でもないさ。この村はいつだって安全……そうだろ? ゼン婆?」
ハザマは不安に慄く村人が気がかりで、タッタ村の安全を口にした。彼の気持ちは村を統べるゼンキにも届いたはず。
「そうじゃな……お主の言う通り、この村より安全な場所はあるまいて。ハザマや、悪いが至急にアイテムを頼めるかの?」
「はいよ、任せて。 暗くなるまでには戻ってくるから、すぐ幻惑が出来るよう準備をしといてくれ」
「あと、そのボロボロの服はちゃんと着替えていくんじゃぞ。街をそんな格好で歩いとったら、幾ら”スキルを解除”したとしても怪しまれるぞい」
「あ、そうか。ははっ……そうだ、ね。うん、着替えてから行くよ」
ハザマは肩や脚やら、身体中を弄ぶかのような子供たちをなだめつつ、始まりの村を目指した。
米子が丁度、四〇階層への帰路を辿っている頃――――
始まりの街から一番近い森の中には、プレイヤーたちに気付かれることなく、ひっそりとした小さな村がある。
その名を『タッタ村』と、言う。
タッタ村がプレイヤーに気付かれていない理由は、村一帯に幻惑の魔法をかけているからだ。幻惑魔法と呼ばれる所以は、名の通り幻惑を魅せて村の存在を誤魔化す。
では、なぜこのようにプレイヤーを遠ざけようとするのか。
ゲーム内住人にとって凶悪なモンスターは当然危険視されているが、一番危険なのはプレイヤーなのだ。”モンスター”とは基本的に生きるために戦闘行為を行うキャラクターであり、己の欲の為に戦闘を繰り返すプレイヤーとは違う。
EXにおいてモンスターとは『野生動物』のような存在である。
プレイヤーは只ゲームを楽しんでいるかもしれないが、住み人にとっては、どう見積もっても殺戮兵器としか思えない。それは格下モンスターを顔色一つ変えずに倒すなど、”慈悲の言葉もなく残忍”なのではないだろうか。
現実世界で考えれば、恐ろしいことである。
更にデスペナルティがあるにせよ復活もできるが、モンスターやNPCに復活はない。
そして最も重要な点は、現実世界の人間が痛くも痒くもないということ。
ある意味ゾンビと戯れるパニック映画の逃げ惑う者たちが住み人。プレイヤーは恐れられていて当然と言えよう。
基本、村に住む者でなければ入り口すら認識できず、タッタ村へ立ち入ることは出来ない。
勿論その対策方法はあるのだが、始まり街付近ではモンスターも弱いため初心者しか森に入ることはなく、幻惑に対抗できるプレイヤーは殆ど現れない。
これはタッタ村だけの話ではなく他にも多々存在しており、このような村は住み人にとって、最も安全な区域とされている。
「おっちゃん、このまえ約束した果実って見つけてきてくれたのー? ちょーだい」
「ん? ああ、ごめん……結局見つからなくてさ。また今度ってことで……ダメ?」
手のひらを合わせ、拝むように謝罪する仕草をするハザマ。
そのハザマを見上げるようにして話しかけてきたのは、タッタ村に住む少女『メメル』である。
メメルはゴブリンと呼ばれるモンスターであり、人間とは似て非なる妖精の類い。肌の色は”濁っている”が、大人のゴブリンでも背丈は低く可愛いとも思える。
ゴブリンは一般的に悪い妖精と言われているが、この世界のゴブリンは気性が荒めとは言え、それほど悪意のあるモンスターではない。
「もー 使えないおっちゃんなのー! 嘘ついたら針千本飲まないといけないのッ!」
メメルは頬をいっぱいに膨れ上がらせ、御立腹状態ではあるがプクプクと愛らしい。
全く以て膨れ上がった顔のほうが、ハリセンボンかと疑ってしまいそうだ。
「本当に、ごめん! 去年までは、あの塔にあったんだよ。なんだか全部枯らされちまってて、果実を採れなんだ……もし、何処かで見つけたら必ず採ってきてやるから、ね?」
ハザマが苟且の塔にいたのは、転送されてきたのではなく自ら赴いただけであった。
毎年夏のみ設置される苟且の塔内部で、過去二年間は『かりかり木』と言う回復アイテムの実る木があった。そのアイテムをメメルに欲しいとせがまれ塔へ行ったが、既に木は枯れ果てアイテムを採取することが出来なかったのである。
「約束よ? 次も嘘ついたら絶交なんだからッ!」
「おチビは優しいな。こーんな可愛いコに絶交されちまったら、おっちゃん悲しくなっちゃうよ。もちろん約束するさ」
ハザマは笑顔でメメルの頭を撫でると、メメルはハザマ言葉に照れたのか頬をほんのりピンク色に染め、ニコニコと嬉しそうに笑う。
「エヘヘ。じゃー今回は特別に許してやるの」
こんな会話をしていると、毎回必ずと言っていいほど他の子供たちもハザマの周りに集まってくる。子供に大人気なのは彼の性格からくるものなのだろう。子供たちと触れ合う彼の表情は安らぎを感じさせるほどに暖かい。
子供が集まれば親も集まるもの。いつも間にやら周囲には多くの村人がハザマを囲うように集まり、騒がしくもフワフワした癒しのひととき。
ハザマはこの村の生まれではないが、ただ単に気に入っていると言う理由だけで、よくタッタ村に立ち寄ってはフラフラと暇をつぶす。
そこに近づく老婆がひとり。
子供たちと戯れるハザマのすぐ傍までくると、オッサンへ向け口を洩らした。
「ハザマ。お主、また危険な場所まで行っとったんじゃろ? そんなことばかりしとったら、早死にするぞえ。子供の頼みを聞いてやるのも良いが、断ることも考えんといかん」
老婆はこのタッタ村の村長であり、名を『ゼンキ』という。長い白髪を背中の辺りで結び、腰は”くの字”に曲がった顔中シワだらけの、ヒューマン型NPCである。
「やあ、ゼン婆さん。腰の調子はどうだい?」
ゼンキは「やれやれ」と、一度大きなため息をつき口を開く。
「まったく……お主は、相変わらずひとの忠告を聞きもしないな。腰の調子は上々じゃ。お主からもらった薬のおかげじゃて。肩こりは、ちぃとも治らんがの」
ゲーム内の住人であってもEXでは病気や寿命もある。
EXはオープンから三年の月日が経っているが、初期キャラクターは開発者側から生み出されたものであり、初期から老婆のゼンキはそのひとり。
初期キャラクター以外は『子』として生み出されたもので、これは現実世界の生命体が子孫を残す理屈と同様。
しかし『子』が成長する過程は異なる。
現実世界での成長速度より成人になる速度は早く、また成人としての時間は長い。それは容姿が全く変わらないプレイヤーたちに合わせた仕様である。
「そっか。そりゃ良かった! また鑑定屋に行ったら薬作ってもらうよ」
ハザマの気持ちは素直に喜べるが、ゼンキは腰痛の薬が欲しくて話しかけたのでなく、急ぎ頼みたいことがあった。
「腰痛の薬はまだエエ。それより、幻惑用のアイテムが足りなくてな。ちと急ぎ足で鑑定屋へ行って調合してもらえんかの?」
ゼンキが言う幻惑用のアイテムとは、幻惑魔法を使用するために必要なもの。
通常、魔法を使用する際には自身の持つ属性に関わってくるのだが、属性に関わらずアイテムなら使用可能とする。
しかし村一帯を埋め尽くすような大規模魔法は、例えアイテムを使用しても使用者の魔力が低ければ効果は薄い、又は効果が無い。
ゼンキは多大なる魔力をもつが属性が異なる(土属性)ため、闇属性である幻惑魔法を扱えないのだ。結果、己の魔力を活用しながらもアイテムに頼る。
「最近、幻惑アイテムの消費が早くなってきてるような? 効果が薄れてきてるのかな? ……まあ、そんなこと頼まれなくても、ちゃちゃっと行ってくるけどね」
「うむ。お主の言う通りやもしれぬな……幻惑の効果時間がだんだんと短こうなっとる」
ゼンキは顎に手を添え深く考える様子。
それを聞く周りの村人たちも、ゼンキに聞き耳を立て不安げな表情。
「えーと、あれだ! きっと何でもないさ。この村はいつだって安全……そうだろ? ゼン婆?」
ハザマは不安に慄く村人が気がかりで、タッタ村の安全を口にした。彼の気持ちは村を統べるゼンキにも届いたはず。
「そうじゃな……お主の言う通り、この村より安全な場所はあるまいて。ハザマや、悪いが至急にアイテムを頼めるかの?」
「はいよ、任せて。 暗くなるまでには戻ってくるから、すぐ幻惑が出来るよう準備をしといてくれ」
「あと、そのボロボロの服はちゃんと着替えていくんじゃぞ。街をそんな格好で歩いとったら、幾ら”スキルを解除”したとしても怪しまれるぞい」
「あ、そうか。ははっ……そうだ、ね。うん、着替えてから行くよ」
ハザマは肩や脚やら、身体中を弄ぶかのような子供たちをなだめつつ、始まりの村を目指した。
応援ありがとうございます!
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