異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第二章

第18話 お別れしましょう

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 『パリアペート男爵領 …… 魔物の侵攻により滅亡』

 そこには確かにそう書かれていた。

 そんな、嘘だ。
 じゃあ、ヒューリアは? 妹たちは? それに男爵たちももう……。
 なんてことだ。一刻も早く北東三辺境領に向かわなくては。

 動機が激しくなり、視界がノイズに覆われ、徐々に狭まっていく。大昔に一度だけ 経験したことがある。それは、貧血で意識を失う時のあの感覚に似ていた。

「ルル、大丈夫? ルル?!」

 その言葉に我に返った。見ると、ひどく心配そうな表情でアイシャが俺の肩を掴み、覗き込んでいた。

「あ……ああ、すまない、大丈夫だ」
「……ルル」

 きっと酷い顔をしているに違いない。
 それは目の前の心配そうなアイシャの顔を見れば明らかだった。

「……数多くの命を落としてしまった者たちの無念を晴らすためにも、そして残された者達の為にも、そなたたちの力が必要だ」

 俺を慮ってか、声のトーンを落として、陛下はそう口にした。

「……はい」

 そうして再び始まった情報共有と、作戦会議であったが、残念ながら終始俺の心はここにあらずだった。

 三人での極秘の会議を終え、俺は与えられた部屋に戻った。
 どうやら明日に出立という事になったらしい、という事だけはぼんやりと覚えてい た。

(ヒューリア、生きているだろうか)

 カートライアからの魔物の侵攻が始まり、一番に滅ぼされたのがパリアペートとのことだった。あれから十年以上経っている。もはやパリアペートの人々の生存は絶望的なのではないだろうか。
 考えれば考えるほどに、嫌な予感が頭をよぎる。
 その嫌な予感はミューとエフィリアの亡骸の姿と重なって、俺の精神を蝕んだ。

 コンコンコンッ。

「ルル!? ルル!? 大丈夫? 入るよ!?」

 ノックの後、俺の許可を待たずにアイシャが入って来た。あれだけ取り乱したんだ。そりゃ心配にもなるだろう。

「ルル、どうしたの?」
「……ああ」

 さすがに、あの様子を見られてしまったアイシャに何も言わないのは無理があるだろう。それに彼女は今、本当に俺の心配をしている。彼女からすれば、唯一の仲間である俺が、急におかしくなってしまったのだ。不安に思っているのは寧ろ彼女の方かも知れない。さすがにそれはなんだか違う気がした。

「大親友がさ、いるんだ。そいつの居る地域が、多分、今、ピンチなんだ」
「それはどこの領地?」

 アイシャが食い気味でテーブルに地図を広げた。彼女の事だ、きっといの一番に向かおうと言ってくれるに違いない。

「リングブリムだ」

 俺はそう答えた。
 滅亡のリストに名前があったパリアペートに友人がいたと、そう伝える訳にはいかない。パリアペート男爵領が滅んだ時は、恐らく俺もアイシャもまだ2歳とか3歳のはず。それだとつじつまが合わなくなってしまう。

「リングブリム?! それなら魔法使いさんがいらっしゃる領地じゃない! ルル、じゃあ、リングブリムを最優先で向かいましょう!」

 やっぱりな。
 優しい彼女の事だ。そう言うと思っていた。
 しかし、俺はそれを受け入れる訳にはいかなかった。

「駄目だよアイシャ。今、聖女がリングブリムに向かうのは悪手だ」
「え? どうして?」

 何度も言うように、この世界の魔物の侵攻には「前線ルール」が適用される。
 始めに、魔物は人の住まない山岳地帯や森林地帯から湧いて出てくる。聖女がいない時代ではそれらを掃討出来ないので防戦を強いられ、徐々に耐えきれなかった各地の領地が滅ぼされる。滅ぼされた領地は、魔物の出現ポイントとなり、山岳地帯や森林地帯だった「前線」が、その出現ポイントに移動する、と言う訳だ。
 逆に言えば、俺たちがこれまでやって来たように、その「前線」の魔物を殲滅し、領地を奪還すれば、魔物の出現ポイントたる「前線」は、再び山や森に押し返される。
 つまり、魔物の掃討の軌道は、線で突っ切る▪▪▪▪▪▪▪のではなく、円を広げるように▪▪▪▪▪▪▪▪行っていかねばならない。

 国取りゲームの常識だ。

 そして、必ず最後に残るのが、ラスボスの拠点。カートライア辺境伯領である。
 当然、ラス前に向かうのがリングブリム、という事になる。

 そう、つまり、「リングブリムを救う」という事は、「魔王城を攻略する」という事とほぼ同義なのだ。
 ラスボス戦まで、確実に前線の危険にさらされ続けているリングブリム領に、他の地域を無視して突撃することは、一時的な小康状態を得ることは出来ても、根本的な解決にはならないのだ。

「じゃあ、どうすれば?」

 アイシャは、俺の説明を受け納得してくれたようであった。しかし、彼女のその質問に俺はうまく答えることが出来なかった。

「ルル、教えて、私はどうすれば良いの?」
「……まずは、一番ここから近いアダワナ子爵領の半分を奪還すべきだろう。そしてそこから東へ、南へと、魔物を掃討しながら駒を進め、大陸中央部の『ガルダ準男爵領』、南東部の『ランドラルド伯爵領』の魔法使いを仲間にする。
 後は、カートライア辺境伯領を中心とした半円を徐々にせばめていき、最後にリングブリムの魔法使いと共に、パリアペート男爵領を奪還する。これがベストだろう」

 地図を指さしながら説明する俺に、アイシャはいちいち頷きながら話を聞いていた。

「それだと、やはりそこまでに、リングブリムの魔法使いさんを領地から連れだすことは出来ないね」
「ああ。魔王領との隣接地域に産まれてしまったんだ。それは仕方ない。連れ出せば、それはリングブリムの滅亡を意味する。連れ出すときは最後の戦いの時だけさ」

 俺の言葉を聞いて、アイシャは考え込むように黙り込んだ。
 そう、そうすべきなのだ。
 俺の最終目的はフェリエラのブレイクだ。その為ならば、多少の犠牲を払っても、確実な道を進むべきなのだ。

「ルル、その道筋だと、リングブリムに辿り着くのに何年かかるのでしょうか?」

 俺は答えることが出来なかった。
 恐らくは、早くても5年から7年はかかるだろう。

(それに加えて……)

 俺は再び、陛下から頂いた、滅んだ領地のリストを見た。そしてそこに書かれている『ラザフ男爵領』『レバーシー伯爵領』の文字を確認した。

 『ラザフ男爵領』は山岳部を挟んだパリアペート男爵領の南隣の領地、『レバーシー伯爵領』は森林地帯を挟んだリングブリム領の西隣の領地だった。
 つまりリングブリム領は、今や二重に魔物の領域に囲まれた陸の孤島、孤立無援、四面楚歌の地である。いくら魔法使いがいるとは言え、その歳月に、援助も支援もないリングブリムが耐えられるとは思えなかった。

「よし、分かりました!」

 少し俯いていたアイシャが、決意を固めたように顔を上げた。

「私はルルの言った通りに動きます。まずはアダワナ子爵領の奪還。それから大陸中央のガルダ準男爵領の魔法使いを迎えに参ります。ですので……」

 そこまで言って、アイシャは少し口ごもった。しかし、大きく深呼吸して、その言葉を俺に言い放った。

「ですので、ここでお別れしましょう。ルル」
「……え?」

 一瞬、俺にはアイシャの発言の意味が良く分からなかった。
 そしてその意味を理解したとたん、俺の口からは語気を荒げた言葉が飛び出していた。

「何を馬鹿なことを言ってるんだ!? 魔法使いが聖女を置いて独断専行なんて、そんなこと出来る訳がないだろう!?」
「馬鹿なのはあなたです、ルル」

 いつもどこかふんわりした雰囲気のアイシャが、今は真剣な眼差しで俺を見ていた。

「親友を救えなくて、何が魔法使いですか。それに、この先何年も、遥かな友の安否を憂慮し続ける、そんな苦しみを抱え続ける仲間を連れて、旅を共にするなんて辛すぎます。私は聖女である前に、あなたの仲間なのですよ」

 そう言って、アイシャは俺を優しく抱き締めた。
 そのアイシャの言葉は、不思議な響きだった。怒っている様にも、悲しんでいる様にも見えるのに、その表情はどこまでも友愛と慈愛に満ちていた。

「勘違いしないでね。緊急の度合いを優先して、二手に分かれるだけです。ルル、あなたはすぐにリングブリム領に向かい、魔物の包囲を突破し、魔法使い殿と合流の後、かの地の手助けをお願いします。もしも手が離せないとあなたが判断したのなら、そこに留まって防衛を。離れても大丈夫と判断したなら、私の元に戻ってきてください」
「……良いのか、アイシャ?」
「良いも何も。これが、ルルが一番気持ちよく戦える唯一の作戦です。それに最強の二人が、二手に分かれるんです。上手く行けば最も効率的に魔物を倒せると、そう思いませんか?」

 緊急度、俺の気持ち、アイシャの気持ち。確かに、そこを考慮に入れると、もはやこれしか選択は無いように思えた。

 良し。俺も覚悟を決めよう。

「ふっ。効率的、か、確かにそうだな」
「ふふ、ルルの扱い方が少し分かってきた」

 いつも通りの口調に戻したアイシャは、少し意地悪く笑った。俺は首を深く垂れ、彼女のその言葉に感謝した。いや、感服した、の方が近いかもしれない。

「ありがとう、アイシャ。必ず、最速で戻ってくるよ」
「うん、待ってるね」

 そして、俺と聖女は、固い握手を交わしたのであった。


 ――翌朝。

 俺とアイシャは、二人で王宮を後にした。さすがに二手に分かれて行軍することを陛下に伝えると面倒なことになりそうだったので、黙っておくことに決定した。従って王都を出るまでは、一緒に行動する必要があった。
 そして王都を出て、街道の分岐点まで進んだところで、俺とアイシャは再び握手を交わした。

「アイシャ、元気で。また会おう!」
「うん、またねルル。死なないでね」
「俺はどんな戦場でも一人だけ生き残れる、無敵の存在なんだろ? 自分の心配をしろって」
「確かにそうだね。私も、いのちだいじに、で頑張るよ!」

 こうして、俺とアイシャは再会を誓って、別々の道へと馬を走らせた。

 アイシャは来た道を戻り、南の、半分しか残っていないアダワナ子爵領へ。

 そして……。

(待ってろよ! ロヴェル!)

 俺は、大陸の最北部を、ただひたすら一直線に東へ向かったのだった。
 かつての友の危機を救うために。



(第19話『彼方からの雄叫び』へつづく)

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