そこは夢の詰め合わせ

らい

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咲楽

121.桜の舞い落ちる時

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時は春。数多くの人が別れ、新たなる日を不安と楽しみにする季節。彼もそうだった。

彼は学校を卒業し、新たなる場所に不安と期待を入り交じった気持ちで桜を見ていた。
風が吹いた。桜の花びらがひらひらと落ちる。

「何をそんな不安な顔をしているの?」

ハッと前を見た。そこには桜吹雪の中に紫色の和傘をした着物の女性が居た。なんとも不思議な雰囲気で何故か目が離せなかった。

桜の花びらが落ちる。それで彼の視界が塞がり、彼女が見えなくなった時、彼女は彼の視界から消えた。次に声が聞こえた時、それは彼の横からだった。

「驚いた?びっくりしてるね!面白い顔!」

和傘を持っているというのに視界から消えたことに驚いた。どれだけはやく動いても視界から消えることなんてないというのに。

「僕はこの世界で生きてきた君とは少し違うんだ。住んでいた世界も何もかも。」

そんな世界本当にあるのだろうか。
とっても近いのに遠く少し違う世界なんて。
しかもそんな世界から今、自分のいる世界になんて来れるのだろうか?ほぼ同じはずなのに。

「そうだろうね。そう思うよね。でも実際に僕はここに居る。それが何よりの証拠でしょ?」

彼女はそれだけ言うと彼の視界からまた消えた。次は何処にもいなかった。何故か彼女に会う前に抱いていた不安はなかった。そして先程まで話していた彼女の顔も記憶から消えていた。

吹いていた風が止み、揺れていた桜が止まった。彼の心は晴れていた。空を見上げた彼は先程とは全然違う良い顔をしていた。

「あの人は大丈夫そうだね」

桜の枝に座り和傘を閉じた彼女の口は恐ろしい程につり上がった。

「さて、僕を覚えてられる人はどれだけ居るかな?」
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