そこは夢の詰め合わせ

らい

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狐谷

152.砂になって消える記憶

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「人間にこう思うなんてないと思っていたのにな」

三日月が雲の間から顔を覗かせる。
厚い雲から霧雨が降る中一人の・・・いや、1匹の九尾が雨に打たれる桜を見て泣いていた。

九尾には一人の愛する女性がいた。
それはそれは愛していた。しかし、その女性は突然事故で亡くなった。もちろん九尾は悲しんだ。そしてずっとずっと彼女を覚えていようと誓った。

そう。誓ったのに。

「あれからもうだいぶ経った・・・もう小生は君の声を思い出すことも出来ないよ・・・」

あの笑顔も、泣いた顔も、怒った顔も、真剣に考えている顔も、自分だけに見せてくれたあの顔も。彼女と行った場所さえ鮮明に覚えているのに。

。もう彼女が自分を呼んでくれて居たあの声も、思い出せない。

『ねぇ!!』

あぁもうなんて呼ばれていたかも、呼んでいた君の声も・・・思い出せないなんて・・・

哀しみに時間を捧げ、彼女の墓へと赴いた。
彼女が亡くなってから1回も行けなかった。
ずっとずっと行けなかった君のお墓に今日初めて行けるよ。

「え・・・」

線香をあげるための小さな場所に小さな小さな箱が置かれていた。宛名は自分宛に。
震える手でその箱を開けると、銀色の指輪が二つ置かれていた。

「あぁなんて・・・君は・・・」

堪えていた涙も、感情も一気に溢れていく。
君はどこまで自分に与えてくれるのだろうか。

「帰ってきなよ・・・返事なんてもう決まっているのに・・・」

もう戻ってこない彼女の前で、霧雨が九尾を慰めるように打ちつける。九尾の薬指には銀色の指輪が永遠に。
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