愛の転生令嬢、奮戦記

矢野 零時

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 だが、考えてもいないことが起きた。
 リチャード王子とマーガレットが結婚式に参加できなかったユリアを見舞いにいきたいと言い出したのだ。
 そのことを手紙でマーガレットから知らされたユリアは顔を強張らせ青ざめていた。それはリチャード王子がマーガレットと一緒にトマド領にやってくるということだったからだ。それに手紙には父母も同行してくると書かれていた。このままでは、間違いなく二人のリチャードは顔を会わせてしまい、ユリアを愛してくれているリチャードはリチャード王子に吸収されてしまうに違いなかった。

 悪意のない行為をする人たちにユリアは怒ることもできない。考えても何も思いつかないユリアは、再び魔法相談屋のサマンサを訪ねた。
「なんと、困ったことじゃな。それは」
「そうなんです。リチャード王子を私のリチャードさまと会わせないでいるだけではすまないわ。いてはおかしい場所に私を愛してくれるリチャードさまを家族がみつけたり、そこで話しかけたりしたら、リチャードさまが二人いることがばれてしまいます」
「それならば、異空間に存在する屋敷を作るしかない」
「異空間? なんですか、それは。同じ建物を作れば、外から見たら、建物が二つ立っているのが分かってしまいますよ」
「だから異空間に建てるのです。そうすれば、建物が二つあるようには見えない」
「でも建物の中をリチャード王子や私の家族が行き来できては、同じことになってしまうじゃないですか」
「だから、その異空間に出入りできるのは、ユリアとユリアが愛したリチャードさまだけにするのですよ。そこにリチャードさまをおけば、他の誰とも会うことはない。もちろん、ユリア、あなたは別ですよ。あなたはどちらの屋敷にも出入りできる」
「わかりました。すぐにやってください」
 ユリアは、前と同じように持ってきた鹿皮の袋から宝石を出そうとした。
「いやいや、前にも言っただろう。もう十分にもらっているからね。支払いは考えなくていい」
「そうですか。ありがとうございます」
 思わずユリアはお礼を言っていた。
「さて、まずブライアン家の屋敷にいって準備をしないとならないね」

 二十分後、サマンサとユリアはブライアン家の屋敷に来ていた。
 ユリアは屋敷の中に入るとサマンサを案内して歩き出した。まず玄関からロビーとなっている部屋に入るとサマンサは手に持ってきた杖をふった。すると部屋に透明な皮ができたようにはがれ出したのだ。皮は天井まで浮きあがり、部屋の仕切りにある細い隙間に吸い込まれていったのだった。
「どの部屋も同じに写しを作っておかないと異空間に屋敷を作ることができない」
 そう言われたユリアは次に食事室にサマンサを連れていった。すぐにサマンサは杖をふって写しを作り、それを部屋の隙から異空間に送り出していた。その後、調理場、食材置き場にもユリアはサマンサを連れていった。サマンサは杖をふって、それぞれの部屋の写しを作り続け、それらを異空間に送り込んでいった。一階の部屋すべてを移し終わると、階段をあがって二階にいった。そこにあるユリアの部屋、そして今は使っていない父母とマーガレットの部屋にもサマンサは入って杖をふっていた。さらに階段をあがって三階にいった。そこにあるリチャードの部屋に行く前に、先に四階にある屋根裏の方を写すことにしたのだ。そのために通路の天井に貼りついている隠し階段をひきおろし、そこを歩いて四階にあがった。そこは屋根裏なのだが、普通の部屋とまるで変わらない大きさだった。その部屋も写し終わると、階段をおりて、三階にあるリチャードの部屋にいった。リチャードは背もたれのある椅子に腰をおろして、静かに本を読んでいた。
 サマンサはリチャードに気づかれないように、その部屋の写しを作り、天井のすみから写しを異空間に送り込んでいった。その後、二人はリチャードに気づかれないように部屋から通路にでた。
「これで、屋敷を写すことができたようだね」
「サマンサさま、有難うございます。これで、私のリチャードさまを守ることができそうです」
「あんたは具合が悪いので、結婚式にもでられないことにしていたのだろう?」
「ええ、そうでした」
「今のあんたは、顔色がよすぎるよ。少し熱を出しておいた方がいいね」
 サマンサはユリアに錠剤を二錠手渡し「リチャード王子がここに来る日の前日、寝る前に一錠飲んでおき、朝起きたら、残りの一錠をも飲んでおくんだね」と言って、帰っていった。

 ついにリチャード王子たちが、屋敷にやってくる日がきた。
 ユリアは自分の部屋の窓から遠くを見ていると四頭だての馬車が近づいて来るのが見えた。大型の馬車は御者のほかに馬車の後ろに従者たち二人をのせていた。
 サマンサがくれた薬を飲んだおかげで、ユリアは赤い顔をした病人らしくなっていた。誰が見ても、具合が悪そうに見える。だからこそ、ユリアは玄関口まで出ていって、エルザやトム夫妻と並んで、リチャード王子たちを待っていたのだ。
 馬車が屋敷の玄関口につくと、すぐにリチャード王子が先に馬車からおりてきてユリアの前に立ち、優しい言葉をかけてくれた。続いて馬車からおりたマーガレットはユリアの肩を抱いていた。その後、父母もユリアに近づきユリアを抱きしめてくれた。
 リチャード王子たちが屋敷の中に入ると同時にユリアを愛してくれるリチャードは異空間の屋敷にサマンサのかけた魔法の力で移動していたのだ。これで、家族やリチャード王子がユリアを愛してくれるリチャードと顔を会わせることは無い。
 ユリアの具合がよくないと思っているマーガレットは、赤い顔をし続けているユリアに付き添って、ユリアをユリアの部屋に連れて行きベッドに寝かせつけてくれた。もちろん、その気使いを拒むことはできない。事態を熟知しているエルザはリチャードがいなくなり空になった部屋にリチャード王子を連れていった。そこはもともと客室だったので、ユリアの家族はリチャード王子をそこに連れていっても当然だと思える場所だったからだ。
 ユリアの父母は、前に使っていた部屋にトムの妻が案内をして連れていった。マーガレットは子供の頃に使っていた懐かしい部屋に自分から入っていた。トムは、馬車を屋敷そばの空き地におかせると、馬車からはずした馬を庭の木のそばにつなぎ、桶で餌や水を与えていた。それに御者と従者たちは、トム夫婦の部屋隣にある客間と用務員控室に泊まってもらうことにしたのだった。
 食事は、屋敷の食事室に全員が集まり、エルザが作った美味しい料理を食べてもらった。だが、この食事にユリアを愛してくれるリチャードを参加させるわけにはいかない。だから夕食と次の日の朝食は、ユリアの愛しているリチャードの分をエルザに作ってもらい、それを異空間の食事室にユリアが運び、そこでリチャードと一緒に食事をとったのだった。そのおかげで、ユリアは夕食と次の日の朝食を二回食べなければならなかった。

 リチャード王子やユリアの家族は、ユリアの具合は悪そうに見えるのだが、しっかりとした暮しをしているのを知って、安堵を覚えていた。
 次の日、なごりおしそうにしながらも、ユリアの家族とリチャード王子は首都カマルに帰っていった。馬車にのったリチャード王子たちがユリアから完全に見えなくなると、すぐにユリアを愛しているリチャードは異空間から自分の部屋に戻っていたのだった。

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