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2留置場

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 事故を起こした後、やってきたパトカーに載せられ老人は、すぐに所轄の沼田署の取調室に連れていかれた。すぐに老人を逮捕した警察官から車をとめなさいと言ったのに車をとめなかったことを糾弾された。そして、警察官から、これは間違いなく公務執行妨害罪並びにひき殺そうとしたことは殺人未遂罪だと言われたのだった。

 このままでは、まずいと老人は思ったのだろう。
 老人は井上光弘と言う名前であることをなのり、他の車をぶつけた時から、意識が飛んでしまい人の声など聞こえなくなっていたと言い出した。
 井上は経済産業省につとめ退職後、その外郭団体、経済未来研究所の相談役をしていたのだ。マーケットに井上がやってきたのは、先にマッケトに買い物に来ていた妻を迎えに行ったからだ。
 証拠隠滅をされないために、また逃亡の恐れもあるとして、警察官は、井上を留置室にとめおくことにした。

 それに対して、井上はすぐに弁護士に連絡するように、警察に申し出た。
 翌日、所属団体の顧問弁護士、生田新次郎が接見のためにやってきた。

 生田は接見室に行きガラス窓越しの席にすわって待っていると、やがて警察官に連れられて井上がやってきた。
「先生、待っていましたよ」
「ここにくる前に、交通事故課に行って状況を聞いてきました。警察官が、車から降りる指示を出したのに、車をとめて降りなかったとか」
「そりゃ、そうですよ。事故を起こしたすぐに冷静でいるわけがない。なんとか、車をちゃんと動かそうと必死に運転をしていただけだ。別にあの場から逃げ出そうとしたわけじゃない」
「おそらく、ブレーキとアクセルを踏み間違えたと思われていますよ」
「馬鹿な、そんなことはない。私は間違いなく。ブレーキを踏んでいた」
 井上の態度に、思わず生田は顔をしかめていた。
 
 老人たちが起こす交通事故の多くがブレーキとアクセルの踏み間違いであったからだ。
「ともかく、最後にマーケットに突入をした車でひかれた母子は死んだそうですよ。それだけで、過失致死罪にあたる。それによる刑は免れない」
「だから、言っているだろう。私は間違えていない。ブレーキを踏んだのに、アクセルが稼働したのだ。あれは、車に問題があったためだ。だから、私には責任がない。違うかね。そのことを、きみは必ず調べ上げてくれ」
「そのためには、まず自動車会社で車を検査してもらう必要があります。それについての実証はそれからですね」

「まず私をここから出してくれ。私は逃亡をしたり、証拠隠滅などをしたりはせんよ。警察の捜査に協力をして結果をじっと家の中に待つつもりだ」
「わかりました。それは、すぐにでも、警察の方に言ってみますよ」

 次の日に井上を留置場から出すことできた。弁護士の生田が保証人となることが条件であったのだが、一時間後の午後四時、二人は留置場のある沼田署を後にしていた。



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