こんなに飛んでいたんだね

矢野 零時

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こんなに飛んでいたんだね

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 小鳥のハインは、虫を捕まえるために木から木へと飛んでいた。だが、新たな木の枝にとまろうとして、それができずに木の根元に落ちてしまった。もう一度、木の枝まで飛び上がらなければと思い、羽をひろげていると、シャア~という声が聞こえてきたのだ。
 声がした方にハインは顔をむけた。そこにヘビがいて、赤い舌を出して、体をくねらせながらハインに近づいてくる。ハインは、はばたいた。でも、あせっているせいか、うまく体が浮き上がらない。このままでは、ヘビに食べられてしまう。思わずハインは目をとじていた。
「いま、助けてあげるね」と言って、大きな鳥がやってきたのだ。大きな鳥は、太い足でヘビをふみつけ、くちばしでヘビを持ち上げると、頭をふってヘビを遠くに投げすてていた。草の上に落ちたヘビは逃げ出していった。
「ありがとう。助かったよ。ぼくはハイン。きみは強いんだね」
「困っているのを、ほってはおけないよ。ぼくはラル。友だちになろう」
 すぐに、ハインはうなずいていた。
「お父さんとお母さんに飛び方を教ったはずなんだけど、いまだにうまく飛べない。飛べていれば、ヘビなんか、怖くないんだよ」
「ぼくも、飛ぶことはうまくないんだ。ぼくがうまく飛べないのを見たからなのか、お母さんは、すぐにどこかに行ってしまった。なぜなんだろう?」

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 そんな時に、空からはばたく音が聞こえてきた。
 ラルが顔をあげるとたくさんのハトが飛んでいた。
「あんなふうに、なりたくって。いまも練習をしているんだよ」
「そうなの。練習はどこでやっているの?」
「ほら、ナラの木のそばにある岩の上に登って、そこから飛びおりているんだよ」
「じゃ、ぼくもそこで練習をするよ」
「いっしょに練習をしてくれるの?」 
 ハインがうなずくと、ラルは「じゃ、背中にのりなよ。そこまで運んであげる」と言って、かがんだ。
「うん」と言いながら、ハインは、その背に飛びのっていた。
                  
 その日から、ハインは、ラルといっしょにナラの木のそばで飛ぶ練習を始めた。ハインはナラの木の枝から、ラルは岩の上から、何度も飛びおりていた。お互いに声を上げたので、遠くからも聞こえていたのだろう。野良犬たちが現れて、鳥たちに近づいてきた。それも三頭もいたのだ。だが、ラルは恐れたりはしない。岩から飛びおりる練習をしていたので、足は前より強くなっている。だから、次々と野良犬の上に飛びかかっていた。ラルの足の爪は鋭い。爪につかまれた野良犬たちはキャンキャンとないて逃げていった。
「ラルは、すごいね。今度も助けられてしまった」

 それからも、ハインとラルは、必死に飛ぶ練習を続けた。やがてハインは、はばたけば、いつまでも飛んでいられるようになった。だけど、ラルは飛ぶことができなかったのだ。
「ぼくは飛べない。飛ぶことにむいていないんだ。ぼくは鳥でないのかもしれない。お母さんが、ぼくのそばから、すぐにいなくなったわけが分ったよ」
「ラル、そんなことはないよ。だって、ラルの羽は短いけれど、強く丈夫にできているじゃない」
「でも、短かすぎるんだ」
「ぼくは、ラルといっしょに飛びたいんだ」
「分ったよ。ハイン、がんばってみるね」

                  3                  
 ハインに見守ってもらいながら、ラルは岩の上に登っては、はばたきながら飛びおり続けた。そのおかげで、少しの間、ラルは浮いていられるようになった。
 ある日、空にワシが現れた。
 ワシの体は岩のように黒く、羽は長く、羽を左右にひろげ動かすことなく飛んでいた。大地からふきあがってくる気流にのっているからだ。雲に届くような高いところにいたので、下からは青い空に浮かぶ点のようにしか見えない。
 突然、ワシは落ちてくる石のようにラルたちにむかってきた。たちまち、ワシは犬に負けない大きさになっていた。ワシは両足をカエデの葉のように開き、ハインめがけて飛びかかってきた。それを見たラルは必死に羽を動かし体を浮かし、ワシに体当たりをくらわしたのだ。不意をつかれてワシはハインを離し、草の上に倒れていった。
「せっかくのご馳走を食べそこねてしまった」
 ワシは、ラルをにらみつけて、くやしそうに叫んでいた。
「弱いものいじめはさせないぞ」
「何を言っているんだ。小鳥をねらわないワシはいないよ」
 ワシは翼を広げて、何度もはばたき浮き上がっていた。
「ワシだって、他に食べる物があるだろう」
「鳥の王である私に意見を言うのかね? だいいち、その羽はなんだい。その羽では、ここまでは、飛んでこられまい」
「今度会う時は、そこまで飛んでみせるぞ」
「へえ、ほんとうかい? じゃ、まさか谷の上を飛べるようになったら、認めてやるよ」
 ワシは羽をさらに大きくひろげた。その後、甲高い笑い声をたてると、一気に空にむかって飛び上がり、点のようになり消えていった。

                  4
 次の日。ラルは、まさか谷を下に見える崖の上まで登っていた。
「ぼくはここから飛ばなければならないんだ」
 ラルはうなずくと、崖の先端に立った。羽を何度もふったのだが、飛ぶことはできない。さらに、羽をふり続け、額に汗を浮かべていた。ハインは背を押してあげれば、前に飛び出せると思い、二つの翼を前に出して、ラルの背を押してやったのだ。すると、ラルは前に出ていった。ラルは今度こそ飛べると思い、必死に羽をふっている。そのおかげでラルは空で前に進んでいった。これで飛ぶことができた。そう見えたとたん、落ち出していったのだ。ラルは、はばたきながら、ハインの前から消えていた。
「ラル~」
 すぐに、ハインは崖の先端に立ち、下をのぞいた。どんなに見ていてもラルの姿は見えない。
「どこに行ってしまったの。ラル?」
 もしかしたら、飛んで上がってくるかもしれない。そう思ったハインは、なおも見続けた。

 だが、いくら待ってもラルは姿を現さない。やはり、うまく飛びことができなかったのだ。でもラルは強い丈夫な足を持っている。その足で崖をよじ登ってくるに違いない。だから、それを待っていればいいだけなんだ。

 やがて、陽が暮れて、辺りが赤くなり出していた。
 この崖は、けわしい。ラルでも、登るのに疲れて、途中で休んでいるのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。でも喉が渇いているに違いない。そう思ったハインは飛んで崖から離れ、水分のたっぷりある赤い実を木からとって、それをくわえると崖を飛びおりていった。
 ハインは、はばたきながら崖の岩はだを見ながらおりていった。すると。ラルの大きな体が見えてきたのだ。体じゅうに、たくさんの傷がついている。すぐにハインは、ラルの顔の前に飛んでいった。ラルは笑っていた。ハインは、赤い実を口元に置いて、声をかけた。
「ラル、ごめんね。くるのがおそくなって、喉が渇いただろう?」
 でも,ラルは何も言わずに笑い続けている。
「ラルは、こんなに飛んでいたんだね」
 ハインはラルに寄り添い、泣き出していた。
  







  
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