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14出 兵

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 夕刻、ムガール帝国からの伝令使がシルビアのいる城にやってきた。すぐに城門の門番は伝令史を王女の部屋へ案内をした。伝令使はリカード皇子の直属の騎士隊のひとりホイル。ホイルはすぐに麦茎から作った紙に書き込んだ伝文を開いて読みあげ出した。

 シルビア王女さま。
 ご健在のことと存じ、お喜び申しあげます。この度の貴国の兵を、お出しいただく申し出を聞いて、たいへん嬉しく思っております。
 お聞きになっておりますように、帝国の村々は馬人間に襲われております。賢者の方々に聞くと馬人間は異世界のケンタウロスだそうです。ケンタウロスはわが帝国の村々を襲い出し、これまでは冒険者たちが彼らを相手に戦ってくれましたが、ケンタウロスたちは強く、冒険者たちの力では退治できないことが明らかになっております。もはや私どもの兵団を動かして、ケンタウロスと戦わなければと思っておりましたので、斥候せっこうを出して調べさせるとケンタウロスは思っていた以上に多くの数がいることが明らかになってきました。戦うためには、少しでも多くの兵士が必要で新たに集めなければと思っていたところだったのです。そう思っていたところ、シルビアさまからの有難い申し出を聞くことができて心を踊らせているものでございます。ダランガ国からの兵士が私どもの城につきしだい、ケンタウロスの根城に攻め入りたいと思っております。
                        ムガール帝国皇子 リカード 
                             
「伝文はしっかりとお聞きしました。すぐに兵をリカードさまの所に送りますよ。伝令使の方、ご連絡ありがとうございました。まずは、体を休ませてください」
 すぐに侍従がやってきてホイルの肩を抱いて歩き、ホイルを客間の寝室に連れていった。
 ホイルがいなくなると、シルビアはロダンの方に顔をむけた。
「兵士たちをムガール帝国にむかわせるにはどうすればいいのかしら?」
「それは、将軍を呼んで、兵士を連れてムガール帝国に行くように命令をするしかないでしょう。しかし」
「何かあるの?」
「兵士が当然この国にいることとして、すべてが動いているのですよ。それを変えてしまう。例えば、兵士たちの日々の食事を用意することがなくなる。また国の警護をする者がいなくなる。それらを周知し、理解してもらわなければなりませんぞ。それに兵士を出兵させるために事前の準備が必要です」
「じゃ、どうすればいいのかしら?」
「まずは、総務大臣と将軍を呼んで、話し合いをしなければなりませんな」
「わかったわ。すぐに、呼んでちょうだい」
「わかりました」と言ってロダンはすぐにその場にいた侍従に耳打ちをした。やがて侍従は王女の部屋からでていった。
 
 半時ほどすると、総務大臣と将軍がやってきた。
 総務大臣は長いガウン風な上着をはおっている。髭をはやしてはいないが、口の周りに深いしわができていてシルビアが何も言っていないのに、すでに困り顔をしていた。シルビアにとっては将軍の方が顔馴染みだ。秋月祭の時に花火玉をあげるための予行練習に立ち会ってもらっていたからだ。彼はカイゼル髭をはやして兵士たちと同じ兵服を着ている。普通の兵士との違いもある。それは胸にたくさんの勲章をさげ、右肩に七つの星がついていることだ。兵士でこれ以上の数を持つ者はいない。
 まずは、シルビアがムガール帝国へリカード皇子に協力をするために、自国の兵全軍を援軍として送りたい話をした。突然の話に二人は驚き目を飛び出させていた。
「王女さま、全軍の兵士を送ることは、困ったことになりますぞ。この国にどこかが攻めてきた時に守る者が誰もいなくなってしまう」と、将軍が問題点を指摘した。
「でも親衛隊だけを残してくだされば、私はかまいませんわ」
「そうですか。それなら、すぐにもここにいる兵士たちを出兵させることができます。兵士たちが必要な武器は武器庫に充分に置いてありますのでな」
 将軍が話し終わると、待っていたように総務大臣が話し出した。
「そう簡単ではありませんぞ。兵士たちが持って行く食料を用意しなければなりません。食べ物は市場で買い集めるとすれば、食料の値が上がって、国民の生活に支障がでてしまう」
「じゃ、どうすればいいのかしら?」
「まず冷害が生じた場合のために蓄積をしている小麦粉を使うしかないでしょう。それでも、鶏肉や羊肉などは、市場から買い入れ保存できるように燻製にしなければなりませんな」
「でも、それは時間がかかりそうね」
「その通りです。ですから早急にそれをする必要がありますぞ。ともかく国をあげてやらなければならない」
 そこで、総理大臣は首を少し傾げた。
「兵士の数は五百人はおりますぞ。何日の間、戦うつもりかは知りませんが、小麦粉の袋を載せた荷馬車を持っていかないと食べる物がなくなります。それにもう一台の荷馬車には調理する道具と、肉料理などの食材を運ぶ必要がありますよ」
「必要ならば。荷馬車ぐらい何台でも用意してください」と、いらついたシルビアは声を荒げた。
「わかりました。宮殿勤務の料理人たち総出ですぐに市場に食材を買いにいかせます。買ってきた鶏肉や羊肉は火であぶり燻製を作らせますよ」
「とにかく、急いでやってください」

 五日後、城の前通りに兵士たちが隊列を作っていた。 
 兵士たちを見送るために、シルビアは朝食を食べる前に城の正門にでていった。将軍がシルビアに近づいてきた。
「王女さま、それでは行ってまいります」 
「ともかく、リカードさまを助けてやってくださいね」
「わかりました。王女さまの願いにそうようにいたします」
 将軍は馬にのると、シルビアに敬礼をして、兵士たちの先頭に立つと、兵士たちを引き連れていった。

 半月がたった頃。
 ダランガ国の兵士の一人が荷馬車にのって城に戻ってきたのだ。すぐに兵士は王女の部屋に連れていかれた。兵士の顔や体には、つけられた傷が生々しく残っていた。
「私たちの国からムガール帝国に行った兵士たちはどうなったのですか?」 
 シルビアが尋ねると兵士は泣き出していた。
「ケンタウロスは、上半身は人ですが下半身は馬、魔獣ですぞ。すばやく走り廻って動くので、私らは切られ、矢でうたれて、次々と倒されてしまいました」
「将軍はどうしました? 生き残っている者たちはいないのですか?」
「いるかもしれませんが、ちりぢりになってしまい、将軍を始め、どこにいるかは分かりません」
「それじゃ、リカードさまやムガール帝国の兵士たちは、どうしているのですか?」
「ムガール帝国の兵士たちもたくさん殺されてしまいました。ですが、リカードさまは北にある砦に逃げ込んで何とか生き延びております」
「そう、それはよかった」
 シルビアの言葉を打ち消すように、兵士は話を続けた。
「しかし、そこから、抜け出すことができないでおります。このような状況であることを、シルビアさまにお伝えするために、必死に戻ってまいりました」
 リカードはムガール帝国の全軍の兵士たちを連れていっている。この度の戦いで逃れた兵士は、ムガール帝国に戻っているかもしれないが、反撃をすることができる数はいない。ダランガ国の兵士たちもケンタウロスの戦いに全軍の兵を出してしまい、リカードを助けるために新たに出動できる兵士たちはいない。
「やはり、私が助けにいかなければならないわ」
「シルビアさま、それは無謀なこと。上級の冒険者たちのパーティが戦っても勝てなかったのですぞ」
と、ロダンは首を横にふっていた。
「だからこそ、そんな魔獣たちの中にリカードさまを置いてはいけないわ」
「ともかく敵の数が多すぎる。王女さまと共に私とトムは同行いたしますが、少なくとも後二人は必要ですな。剣士と白魔法師がいたほうがいい」
「それじゃ、ギルドに行って、あそこに来ている人たちの中から私たちと一緒にパーティを組んでくれる人をみつけるしかないわ」
 シルビアにみつめられたロダンは仕方なさそうに「そうですな。それしかなさそうですな」と言っていた。

 
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