桜幻記

矢野 零時

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第4話

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                 竹取り異聞

 今となっては昔のこと、讃岐さぬき伴司ともじという男がすんでいた。伴司には、みやっこという兄者がいて、共に、春には竹の子を掘り夏には竹を切って、京で売る生活をしていた。
 その日、二人が竹を切り取っていると、兄者が大声をあげた。
「どうした。兄者?」
「伴司、見ろや。幼子じゃ」
 たしかに、切られた竹の中に幼子がいた。それも光っている。だが、頭には蝶のような二本の触覚がついていた。それに眼が大きすぎる。伴司には、人の子に見えなかった。そんな時に、二本の触覚が伸びて兄者の額にふれた。すると、兄者は笑い、竹から幼子を抱き上げて嬉しそうな顔をしたのだ。なぜか、伴司は寒気を覚え、体が震えた。
「この子は、わしらに天がくれた子じゃ」
 兄者と兄者の妻、沙世は子を望んでいたのだが、できることなく、二人は老いを迎えだしていた。
「まさか、家に連れていくきか?」
「当り前じゃ」
 兄者は幼子を衣に包んで抱くと、伴司を置いて先に家に帰っていった。伴司は心配をして、妻の豊代に様子を見にいかせた。しばらくして、豊代は帰ってきた。
「名前がつけられていたわ。なよ竹のかぐや姫」
「誰がそんな名前をつけたんじゃ?」
「神主の秋田とかいう人が来てくれたそうよ」
「どうやって、神主が知ったんじゃろか?」
「さあ、ほんに、かわいい女の子じゃね」
 女房にまで、そういわれれば、伴司は黙るしかない。

 次の日、いつもの竹山に行こうとすると兄者は違うところに行こうと言いだした。
「兄者、どこへ行くんじゃ?」
「かぐや姫に言われたところに行くだけじゃ」
「かぐや姫、幼子が言葉を話すことができるのか!」
 伴司は顔をしかめたが、兄者についていくしかない。兄者は切られた竹ばかりがある場所にやってきた。兄者は切られて穴となった竹の一本を見つめた。すると、その穴の中がキラキラと光り出した。今まで何もなかった所に突然光る物が現れたのだ。
「金じゃ。金じゃぞ」
 兄者に言われて、伴司が覗くと、たしかに金塊が入っている。
「これはどうしたことじゃ」
 伴司も兄者の側により金塊に触ろうとした。すると、兄者は、両手を挙げて伴司を遮ったのだ。
「なにをする。これは、わしのじゃ」
 兄者は伴司をにらみつけ用意してきた袋に金塊を入れだした。
「明日からは、わしと一緒にこなくてもいいぞ」
 そう言う兄者の横顔を、伴司は黙って見つめた。もう兄者は伴司が知る兄者ではなくなっていた。
 兄者は次から次へと金塊を見つけ出したのだろう。ひと月もすると、京より大工の匠をよんで兄者の家の建て替えが行われた。大きく建てられた兄者の家を伴司は覗きにいった。柵から縁側に出てきたかぐや姫が見えた。まだ三か月しかたっていない。それなのに、背が伸び大人になっていたのだ。たしかに美しく見える。だが、変わらないものがあった。それは額から突き出ている触覚だった。誰も気づかないのだろうか?そこから、何か、低い音のようなものが出ているような気がする。

 かぐや姫が美しいという噂は広がり、柵前に男たちが現れ、並び出したのだ。かぐや姫を嫁に欲しいと思っていたのだろう。やがて貴族たちも家を訪ねてくるようになり、その中から5人の公達、権力に近い貴族たちもかぐや姫に会いに昼となく夜となく通ってくるようになった。
 兄者はかくや姫に貴族の誰かと結婚をして欲しかったのだろう。人の親ならば、当然のことかもしれない。しかし、かぐや姫は、そんな気がなかった。それどころか、反対に絶対に結婚をしないと決めているようだった。だから、かぐや姫は、伴司が聞いたことも見たこともない物を持ってくることを、兄者を通して貴族たちに命じたのだ。だが、そんな物を手に入れることができた者は誰もいなかった。

 その話を聞いて、帝は、かぐや姫に会いたくなった。誰も手にできないと知ると、自分ならばできると思ったのかもしれない。傍付きの部下を使い、説得をしようとしたのだが、かぐや姫は帝に会おうとはしなかった。兄者は帝に呼びつけられて「姫をさしだせば、官位をやる。さもなければ、どうなるか、わかるよな」と言われたそうだ。だが、かぐや姫は「帝など恐れはしません。そんなことをすれば、ここからいなくなるつもりです」と言っていたのだ。
 兄者が、恐る恐るそのことを帝に伝えても、帝はあきらめなかった。帝は狩りの帰りに兄者の家に寄ったのだ。初めてかぐや姫を見た帝は微笑んでいた。噂通りにかぐや姫は輝いて、美しかったからだ。帝もまた、かぐや姫のとりこになっていった。だが、その後に帝がしたことは、かぐや姫と手紙のやり取りをすることだけだった。

 さらに三年の時が過ぎた。
 すると、かぐや姫は「もとの星で罪をおかしたので、ここにきていました。今度の十五夜で刑が終わります。迎えが来るので、帰らねばなりません」と兄者に言った。かぐや姫が月のある方を見上げていたので、月から迎えが来るものと思い、兄者は、すぐに帝にそのことを言いにいった。すると、帝は、各役所に命じて二千人の武士を集めて兄者の家に送り込んできた。
 武士たちが兄者の家をとりまいて騒がしい様子なので、伴司は何度も兄者の家をのぞきにいき、武士たちからも話を聞くこともできた。
 ついに十五夜がやってきた。
 の刻、昼のように明るくなり、とつぜん空に浮かぶ大きな船が現れたのだ。伴司は武士たちにまじって、空を見上げた。武士たちは弓の弦をひき、矢を放たとうとした。その途端、船が光ったのだ。その強い光に武士たちは眼がくらみ動くことができなっていた。かぐや姫は覚悟を決めたように庭に出ていった。やがて、船から青白い光の筒がかぐや姫の上に落ちてきた。すると、かぐや姫の眼が倍以上の大きさに膨れ上がり、その姿は人の形ではなくなっていた。かぐや姫は光の筒の中をゆっくりと上がり出し、船の中に消えていった。船はゆっくり回りだし、黒い空にむかって昇り点と化して星の中に消えていった。
 
  やがて、武士たちは兄者の家から、そして家の周りから列をなして静かに去っていった。残された兄者は妻の智世と伴に家の縁側に立ち、かぐや姫が消えていった夜の空をいつまでも見上げていた。

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みんなの感想(1件)

関谷俊博
2016.08.09 関谷俊博

こういうサラッと読めて余韻を残す、古風な香りのするショートショートは、かなり好きです。
坂口安吾を何故か思い出しました。

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