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1、印南さん爆誕
私が小学生のころ、地元の電気屋がすごい冷蔵庫を開発したというので、うちでもちょうど買い替え時だったこともあって、その冷蔵庫を注文することになった。
「オーシマ電気もやるねぇ! 日本中から注文が殺到してるってよ」
母がひとりで興奮して騒いでたのを覚えている。
子供の私には、何がすごいのかピンと来なかったが、なんでも人工知能が組みこまれていて、今夜のおかずの相談から不足している栄養素を教えてくれたりすると聞いた。
「まず設定ってのをしなきゃなんないんだね」
母は説明書を読みながら、届いた真新しい冷蔵庫のコンセントを差しこんだ。
「コントロールパネルってのは……ああ、これけ?」
扉のまんなかにスライド式のフタが付いていて、それを開けると小さな液晶画面があった。
「地域選択、栃木県北っと。話し方選択……おしゃべりにしてみっかな」
母はひとりごとを言いながら操作していた。
「おしゃべりってどういうこと?」
気になってたずねると、母は笑いながら液晶を指さした。
「ほらこれ、無口と普通とおしゃべりって選べんだよ」
「え、この冷蔵庫、しゃべるの?」
「それが売りなんだってよ。ほかにもほら、干渉度だの女性男性、年代も若い子から年寄りまで選べるようになってるんだよ」
説明書を見せられ、そこにはボイスキャラ設定と書いてあった。干渉度のところには、淡泊と普通とおせっかいという選択肢がある。
「おせっかいって」
私はふきだした。おせっかいな冷蔵庫ってどういうことなのか。
「面白そうだから、おせっかいにするかな」
母はノリノリで設定をすすめた。
「あんまり若い子の声でもアレだから、とりあえずおっちゃんにして……あ、ここはフレンドリーにしてみよ」
アレだから、といういいわけは地元でわりとよく聞くが、実はあいまいで意味がよくわからない。何がアレなのか。アレっていったい何だ。
「よし、これでオッケー」
パネルのフタを閉じると、母は目を輝かせて私を見た。
「いくよ?」
「うん」
母が冷蔵庫の扉を開けると、ぷつっとマイクの電源を入れる時のような小さな音がした。
「こんちは」
いきなり知らないおっさんの声が聞こえた。
「今日からここんちの世話になっかんね。よろしく頼むわ」
のっけから方言丸出しのボイスに、私は母と二人で笑い転げた。
「何笑ってんだい? 楽しそうだなぁ」
なんだこれ!?
まるで親戚か近所のおじさんみたいな馴れ馴れしさだった。
「とりあえず空っぽじゃアレだから、何か入れてみてよ」
アレだからって!
私は笑いが止まらなかった。
その日、帰宅した父は母の設定した「おしゃべり、おせっかい、フレンドリーなおっさんボイス」に渋い顔をした。
「ふつうに若いお姉ちゃんの声で良かったんじゃねぇの?」
「なんでそれがふつうなのよ?」
「や、だって機械の声なんか、どこだってお姉ちゃんがしゃべってるし。うちの車のナビだってヨシミちゃんってのが入ってんだから」
「入ってんじゃなくて、あんたが勝手にヨシミちゃんて名前付けたんでしょ?」
母は、ふんと鼻で笑って軽くあしらった。
「ほんとは男の声も選べたの、知ってんだかんね」
「……」
都合の悪い話をチクチクされ、父は咳払いしながら「のど乾いたな」とつぶやいて冷蔵庫の扉を開いた。
「水もお茶も冷えてっから好きなだけ飲みな」
すかさず冷蔵庫のおっさんがしゃべり出す。
「なんだおめ……そんな口きいて。おれはご主人様だぞ」
父はカチンと来たらしく、母に言えなかった文句まで冷蔵庫にぶつけた。
「機械ならもっと丁寧にしゃべったらどうだい」
「残念だな、旦那。こっちもちっと気にはなってっけど、奥さんが設定したとおりにしかしゃべれねんだわ」
ずいぶん達者な物言いだ。
私は笑いをこらえきれず、盛大にふき出してしまった。
父は苦虫を噛みつぶしたような顔をしているが、母は愉快そうな笑顔である。
「私の方が冷蔵庫よく使うんだから、私が使い勝手いいようにしたっていいでしょ? 奥様とかご主人様なんて言われたんじゃ落ち着かなくて。でも、これなら気安くしゃべれるし、ひとりで台所立ってたって退屈しなくていいわ」
家事を一切しない父に、母の言葉はまたしてもチクチク刺さったらしく、渋々同意して引き下がった。
「そうだ、冷蔵庫にも名前付けてみるわ」
母は手を叩いて、自分の思いつきにうなずいて笑う。
「このへんの人みたいだから……印南さんでいっか」
意味がわからない。なんで印南さんなのか。
「印南って誰だ?」
気色ばんだ父が何を想像したかは知らない。
「今の市長さんだよ」
「へ?」
「うちの冷蔵庫に市長さん入ってると思ったら面白くない?」
母は父の肩をもむ真似をして、丸めこみにかかった。
「市長さんだと思ったら、どんな口きかれても腹立たないでしょう?」
「んんん……まぁ、そう……か?」
「そうだって。うん、決まりね。印南さんで」
こうして冷蔵庫のおっさんは印南さんと命名された。
「いやどうも! 名前までもらっちゃって、悪いねぇ」
印南さんの声は、心なしかうれしそうだった。
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