冷蔵庫の印南さん

奈古七映

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5、印南さんといっしょ




「オーシマ電気……便?」
「はい、オーシマ電気便です! 主に大型家電の配送を請け負ってます」
 地元を代表する電気屋は、どうやら運送業にまで事業拡大したようだ。
「栃木のご実家からお荷物です」
「あ、はい」

 受け取ろうと大きくドアを開けたが、彼の手には荷物の箱などなく、その背後に毛布に包まれた大きな何かが見えた。若い助手みたいな人が横で支えている。

「何ですか、それ!?」
 素っ頓狂な声が出た。
「中古冷蔵庫です。はい、失礼しますよ」
 あっけに取られていると、彼は助手と2人で部屋の中に入って来た。
「こちらは当社で責任もってお預かりしますのでご心配なく。また必要になったらお持ちします」
 そう言ってもとの冷蔵庫を運び出して入れ替え、するすると持って来た冷蔵庫の梱包を解く。

「嘘……」

 ぞわぞわと鳥肌が立つのを感じ、私は両手でぎゅっと自分の腕を抱きしめた。震えが止まらない。
「こちら調整済みですので、すぐお使いになれますからね」
 2人はニコニコ笑って引き上げて行った。
 私はぼう然として冷蔵庫の前に立ち、そのよく見慣れたフォルムから目が離せなかった。昔うっかりフォークでこすって傷つけた痕まで懐かしい。
 そっと手を伸ばし、ドアの把手に触れてみる。
 思い切って引っぱると、マイクのスイッチを入れた時のようなプツッという音がした。

「ぃやどうも! 東京に出てっ来ちゃったよぉ」

 のんびりと間の抜けたおっさんボイス。
「印南さん……」
 目からぶわっと熱い涙がふき出す。
「お嬢さん、心配すんな。おれが来たからには、栄養の面倒みて疲れなんかぶっ飛ばしてやっかんね。お袋さんから、よーく話聞いてっからだいじだ」
「うん、うん」
 私は冷蔵庫に顔を突っこんで泣きに泣いた。



「印南さんが一緒なら安心だ」
 翌日、会社の昼休みにかけた電話の向こうで、母はかっかっかとどっかの黄門様みたいに笑った。
「修理できるって言われたんで送ったんだよ。うちには新しく来てもらったいそさんってのがいっから」
「磯さん」
「今度は女にしろってお父さんうるさくて、あんたもいなくて寂しいし、若い人に来てもらったんだよ」
「若い人」
 母にとって冷蔵庫というのは、もはや「人」であるらしい。
「印南さんに疲れ取ってもらって、そしたら東京のお楽しみスポットにも行けるようになるでしょ。同級生でも何人かは東京行ってる子いるんだから、連絡取りあって遊んだらいいじゃないの」

 どうして作り話とバレたのだろう……私はてきとうににごして電話を切った。
「お楽しみスポットって言い方ないわ」
 思い出し笑いしながら回れ右すると、誰かとぶつかりそうになってびっくりした。
「ごめん!」
 あたふた謝るスーツの人を見ると、あの失礼な同期の男だった。
「立ち聞きするつもりなかったんだけど」
 方言丸出しで母と電話していたのを思い出し、顔がカーッと熱くなる。
「また馬鹿にするつもりですか?」
 そう言えたのは、印南さんが来てくれたおかげだろうか。
「馬鹿になんかしてないよ」
 彼はぶんぶん手をふると、あらたまった様子で頭を下げた。
「いつかは会議室で無神経なこと言ってごめん」
「はい?」
 何を突然言い出すのか。
「方言をからかうつもりはなかったんだ。君、あれからあんまり話とかしなくなっただろ? 俺のせいなんじゃないかってずっと気になってて。なのに、昨日も栃木ちゃんなんて言って……馬鹿にしたみたいに思われたんじゃなかって反省したんだ」

 謝ればいいってものじゃないと思ったが、勝手に卑屈になって悪く受け取っていた私にも問題があった気がする。

「声かけたのは親しみ、っていうか、その、君と話してみたくて」
 都会的男子のかもしだす妙な空気に、私はむずむずしてあちこち痒くなってきた。
「私は栃木なまりを恥ずかしいものだとは思ってないですけど、話のネタにされたくはないです」
「だよね、本当にごめん」
「お話は……あの、同期だし、仕事のこととか、相談みたいな感じで出来ればいいかなと」
 それが私に言える精一杯だった。



「ショウガ、豆腐、豚コマ、ごま油に豆板醤……」
 駅から続く商店街で、印南さんオススメのスタミナ麻婆豆腐の材料を買って、独り暮らしの部屋に帰る。
「ただいま」
 言いながら冷蔵庫を開け、食材をおさめていく。
「お疲れさん。今日も暑かったんべ?」
「まぁね」
「麦茶でも水でもいいから飲みな。水分補給ちゃんとしねぇと熱中症になっちゃうよ」
「はいはい」
 私は素直に麦茶のペットボトルを取り出し、扉を閉めた。
「はぁ、落ち着く……」
 印南さんに背中をもたれたまま床に座り、麦茶を口にする。
 そのうちいつか地元に帰る日が来るかもしれないが、このまま都会で仕事して独り立ち出来たという実感を得られたら、そのことはきっと私に大きな自信を与えてくれると思う。おしゃれで洗練されたように見える同僚も、何の努力も無しに一足飛びに今に至ったわけではないだろう。私にだって出来ないことはない、気がする。
「もうちょい頑張ってみっかな」
 私は印南さんをぺちぺちと手のひらで叩いて口角を上げた。
「サポートよろしくね、印南さん」



(完)
感想 3

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みんなの感想(3件)

佐賀県
2019.02.22 佐賀県

面白かったです。 たしかに冷蔵庫って生活に密着してますよね。ほのぼのしました。印南さんと一緒に東京生活がんばれ〜。

2019.02.22 奈古七映

感想ありがとうございます!
AI家電も珍しくなくなってきましたが、こういう遊び心満載の冷蔵庫つくるようなメーカーがあったら面白いのになぁと思ったのが、この物語を書いたきっかけでした。自分ならどんな設定にするか想像して楽しんでもらえたら嬉しいですm(*_ _)m

解除
アリストカ
2019.01.31 アリストカ

私が読みたかったのは このお話でした!‼️
作品数が多過ぎて ファンタジーで検索してもSFで検索しても ゲームに転生したお話ばっかりで、心から楽しめる作品に行き当たらなかったんですよね。
これから ほかの作品も読ませていただきます。楽しみです!

2019.02.01 奈古七映

感想ありがとうございます!
楽しんでいただけて、とても嬉しいです。こちらに投稿してる中では「おっさん拾いました」という短編が、たぶん同じ路線だと思います。よかったらのぞいてみて下さいませ((。´・ω・)。´_ _))ペコリン

解除
2018.11.30 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2019.02.01 奈古七映

感想ありがとうございました!気が付いてなくて、お礼が今頃になってしまい、本当に失礼しましたm(*_ _)m

解除

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