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一章 転生と心

転生先はドッペルゲンガー

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 俺は今、馬車に揺られてとある国に向かっている。
 目的は国に行く事では無く、この馬車に乗る事だ。
 窓から景色をわざとらしく見る。
 青々としている森が一面に広がっている。お陰で、奥が暗くて見えないね。

 俺の隣りに座るエルフは寝ている。鼻提灯を完成させている。
 コクコク、と肩を揺らしてヨダレを垂らしている。
 可愛い顔が台無しだ。

「ヨダレは垂らすなぁ」

 ドレスの裾で拭いてあげる。
 そう、今の俺はドレスを着ている。着ている⋯⋯と言うよりもこのドレスも俺の体だ。
 フリフリの水色のドレス、そして髪は伸びに伸びて金髪のストレートだ。
 サラサラの髪。窓を開ければ風に乗って泳ぐだろう。

「にしても、綺麗な顔立ちだよなあ」

 窓に映る俺を見ながらそう呟く。
 すべすべでぷにぷにの肌、金髪美少女なんて日本に居たら男作り放題だ。
 そんな光景を見ている護衛の一人のおっさんが苦笑いを浮かべる。

 そんなこんなで時間が過ぎていき、馬車が急に停止する。
 ヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえる。
 馬車の急停車の理由は主に二つ、倒れている様な怪しい人が居た時、もう一つは盗賊等の悪党に囲まれた時。
 今回は後者である。

「これで依頼達成ですよね、騎士団長さん?」

「あ、あぁ」

「それじゃ、行きますか。あ、この子置いておきますね」

 俺は馬車から飛び出る。
 その姿は金髪美少女⋯⋯では無く、寝ていたエルフに近い。

 どうしてこうなったか、それはだいぶ前に遡る。

 ◆

 人は誰しろ仮面を被って生活をしている。そんな言葉を金曜にやる映画で一度聞いた事がある。
 俺にも仮面はある。
 ただの虚無、何に対しても面白いとも悲しいとも感じない虚無。
 でも、人に合わせて笑ったり泣いたり出来る。
 これが俺の仮面。他人に合わせる仮面。

 人との関わりは深い。だけど、どこか一線引いている。
 それが俺だった。
 誰かに好かれ、告白された事もある。社会人だっただろうか?
 そんな頃に告白された。
 特に心は動かなかった。だけど、付き合ってみる事にした。

 賭け事をしていたらしい。
 結果、振られた。
 別に悲しくは無かった。元々何も思ってなかった。
 そんなある時だった、俺は死んだ。
 理由は分からない。分からないまま死んだ。分かったのは、死んだと言う事実だけ。
 結局、俺は感情と言うのを知る事は無かった。

 そして、俺は知らない空⋯⋯空である。
 死んだと錯覚するレベルの痛みを感じたら、普通は病院に運ばれるのではないか。
 そう思っても、ここは空が見える森である。

 言葉が出せない。
 赤ちゃんだろうか? いや、身長が同じであるからして赤ちゃんではない。
 と、言うかこれは手か?
 なんかモヤモヤとした手で、そして足だ。
 そして俺は、初めて自分の心が動いた事に気づいた。
 モヤモヤの体⋯⋯もう人間の体では無い。それだけじゃない。

 服を着てない!!
 ま、なんにもない体だから恥ずかしがる必要も無い気もするけどさ。
 でも、本当にここは何処なんだ?
 分からない。

 そんな時、手と思われる部分に文字が浮かんで来た。頭で想像すると、自由に動かせる。
 内容は頭で理解出来る。ちなみに頭があるか不明である。

 種族:ドッペルゲンガー
 スキル:擬態変化

 擬態変化のスキル、ドッペルゲンガーが持つ唯一のスキル。
 見た事のある存在に擬態し変化する事が出来、その存在が持つスキルを使える。
 スキルの理解度が上がれば上がる程性能は上がるが、オリジナルを超える事は不可能。
 姿形スキルを真似出来ても、技術は真似出来ない。
 スキル外の技術は魂に染み付き、どんな姿でも使えるらしい。

 控えめに言おう、意味が分からない。
 ここは何処だとか、そう言う説明をしてくれない。
 不親切である。最低である。

 ここは、日本じゃない⋯⋯だろうな。
 こんな異形の姿が居たらすぐに話題に成ってバズるしニュースにも成るだろう。
 取り敢えず、足と思われる部分を動かして歩く。

 擬態変化⋯⋯見た事のある⋯⋯日本で見た事のある鳥、鷹を頭に思い浮かべる。
 すると、体の形が変わり、視界も変わり、体から羽毛が生える。
 やってから思ったが、前世の記憶でも問題ないらしい。
 デメリットとしてはスキルが無い事か。

 声が上手く出せないが、体は動かせる。
 最初の方は上手く飛べなかったが、一時間頑張ったら飛べた。
 木に当たったり、途中で落下したり、死にかけたりしたが、なんとか飛べた。
 これで俺は自由だ。

 楽し過ぎて何時間も飛んでいたら、夜に成った。
 木の枝に止まり、休憩する。眠く成らないので、この体は寝る必要は無いらしい。
 飛んでいる時に動物とは思えない獣を色々と見たので、それに変身する。
 まずは小さめのリスの様な獣だ。目が四つで真っ赤である。

 お、おお!
 夜だと言うのに朝の様に見えるぞ。
 掌を見れば、どのようなスキルを持っているのか分かる。
 そのスキルに意識を向けると、理解度と言うのが分かる。
 理解度とは何だろうか。スキル内容を教えてくれ。

 掌の文字が変わり、理解度の説明に入る。
 理解度はスキルの理解を表す数値らしい。百パーセントに成れば、本家の八十パーセントの力が使えるらしい。
 後は、その八十パーセントの八十パーセント、つまり本家の六十パーセントの力をドッペルゲンガー状態でも使えるらしい。
 他の形態でも同様。

 そして、リスの奴では【暗視眼】と言うのが理解度マックスで、他はゼロであり、使い方も分からない。
 ゲームで言うパッシブスキルは既に百パーセントなのか、無意識に認識出来る簡素なスキルだからか、理由は現状不明。

 他にも獣は居たが、今は変身しなくて良いだろう。

 分かった事をまとめる。
 現世の記憶で、生物なら変身可能。例えば鷹とかアフリカゾウとか、知っていれば問題ない。
 その動物の力は普通に使える。変身先に寄って視力が上がったり、嗅覚が上がったりする。
 デメリットとして、この場で言うスキルと言うのが使えない。正確には存在しないが正しいか。

 逆にこの場で発見した獣の場合。
 スキルが存在する。まだ検証が足りないから他の所は予測で判断する。
 スキルには理解度と言うのが存在する。理解度を最大まで上げれば本家、つまりは見た物の六四パーの威力のスキルをドッペルゲンガー状態、或いは他の変身状態でも使用可能。
【暗視眼】で現世のリスに変身して、それは検証済み。
 理解度の上げ方は不明。予想としてはスキルを見て理解を深めれば上げると思われる。
 パッシブスキルの様な、永続的に発動するのは既にマックスの理解度と成っている。

 この場では日本ではテレビ越しでも見ない獣が多く生息している。
 二本の尻尾を持つ狼や目が四つで赤いリスなど。
 身体能力的には分からないが、全員スキルを持っている事は確かである。
 明日はアフリカゾウでどこまで戦えるかを検証してみようと思う。

 スキルについてもまだ不可解な事が多い。
 スキルは真似出来ても、技術は真似出来ない。この意味を早く理解したいところだ。








 ◆

『α 報告します。選んだ人間の全てを転生転移、無事完了しました』

『β 報告する。一部の人間が転移にバグが生じた模様。種族が安定せず、予定していたのと異なる事が起きると想定』

『γ 理解。結果的に主が喜んでくれたらそれで良い。経過観察を開始する』

『Ω 問題発生。不安定な魂がそのまま肉体化を始めた模様。既に世に出たようです。予定より少し早いです』

『γ 姿を持たぬ者の誕生⋯⋯寧ろ今から楽しめると考える。問題ないと推定。観察を開始する』

『α β Ω 御意』
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