上 下
14 / 75
一章 転生と心

望まれなくても誓う

しおりを挟む
「離れてください!」

「やだああああ! なんで、なんで燃えてんだよ! ふざけんな! ふざけるな! あああああああ!」

 俺は兵士に抑えられるが、吹き飛ばして死体に手を伸ばす。

「危険です!」

 焼きたての死体を触れても火傷はしない。熱くもないだろう。
 危険な事は存在しない。

 一人じゃ抑えられないと判断した兵士達は数人で俺を抑えてくる。
 地面に体を倒され、目の前に人が現れる。
 顔に手を伸ばし、詠唱を始める。

「彼の者の興奮冷めない心を落ち着かせ、深い眠りへと誘え、スリーピーマジック」

「な、なんで、だ」

 ドッペルゲンガーと成った俺には睡眠欲もなければ睡眠の必要も無い。
 だと言うのに、猛烈な眠気が襲って来て、目を開けれなくなる。
 抑えられ、動きにくい腕をそれでも必死に伸ばそうとする。

「り、あ」

 なんで、こんな。

 俺は一筋の涙を流して意識を落とした。
 孤児院の全焼はすぐに広められた。嘘には尾ひれが付いて、誰がどんな目的で、そんな根も葉もない噂が沢山存在した。
 どれが正解でどれが不正解かも分からない程に広まった噂。
 しかし、自警団とやらからは公式な発表は無かった。
 これにより、国内では貴族が関わっていると噂されるように。

 国民は貴族に逆らう事が出来ない。段々と噂が鎮火されていくだろう。
 ただ、まだ噂が広まると言う段階で俺は目を覚ました。
 火事が完全に消化されてからまだ二時間と言う時間。

「ゼラさん」

「ひ、ヒスイ。な、なんで、なんで孤児院が、なんで」

「ゼラさん!」

「ッ!」

 錯乱した俺をヒスイが抱き寄せてくれる。

「混乱しないでください。私は、どんな事でも聞き入れますよ」

「う、ああああああ」

 昔の俺はお世話になった親戚のお葬式でも感情が動く事は無かった。
 悲しむ事が無かった。当然、涙を流す事も。
 しかし、今の俺はヒスイの見た目でヒスイの胸の中で、わんわん泣いた。
 止まらない涙。
 痛い。痛みを基本的に感じないドッペルゲンガーの体と心なのに、全部が痛い。

「なんで孤児院が燃やされないといけないんだよ。なんで、まだ未来のある子供達が死なないといけないんだ」

「そうですね」

「子供達は俺の事を怖がる事も気味悪事も無く普通に受け入れてくれた。名前をくれた」

「聞きました」

「全身魔物になっても笑顔を向けてくれた。普通の人のように接してくれた」

「はい」

「なのに、なんで」

 その後、数十分は泣いた。ヒスイに同じ言葉を何回も繰り返して愚痴を零した。
 涙を拭い、ヒスイと目を合わせる。

「ありがと。スッキリしたよ」

「はい。行きますか」

「ああ」

 まだ気持ちの整理は出来てない。だが、ある程度落ち着いた。
 落ち着くと出て来るこの感情はヒスイには言わないでおいた。

 孤児院に行くと、解体作業が始まっていた。
 交通制限を設けている兵士の一人に話し掛ける。

「あの、ここでの被害ってどのくらいですか」

「関係者以外に教える事は出来ない」

「お願いします。ここの子供達と面識があるんです。どうしても知りたいんです」

「言う事は出来ない」

「それでは、この場所で亡くなった遺体は何処で対処されるんですか」

「それは墓場だ。南西方向にある。今は作業中だと思うから、行くと良い。それ以外に教えられる事は無い」

「分かりました」

 ヒスイと共に歩いてその場所に向かう。
 報酬は貰っているであろうヒスイだが、その事を俺に話さなかった。
 無駄な情報は俺に必要ない、そう言う判断だろう。

 墓場に到着すると、遺骨が土に埋められて墓を建てているところだった。
 この場所は緑が少なく、瘴気と言うのだろうか、そう言うのに満ちていた。
 月明かりが届かないような暗さが存在していた。

「⋯⋯本来なら遺体は教会で浄化され、輪廻の輪に還ります」

「⋯⋯」

「そして、土に還る遺体は神からの許し、慈悲が許されない存在、⋯⋯それは罪人」

「ではなぜここで」

「親から見捨てられた、つまりはそれだけの存在である証明、それすなわち神の御加護が与えられない存在。加護の無い骸は神の慈悲を受けられない⋯⋯そう言う考えなんです。孤児院の先生方は基本的に教会のシスターです。きっと浄化されているでしょう」

「そんなの、理不尽だ」

 親が居ないから罪人と同じ扱いになるのか? ふざけんじゃねぇ。
 まだ小さな子供なんだぞ? 神の加護がないから?
 ふざけんなよ。罪人と同じ扱いされるなんておかしい。
 あんなに純粋で優しい子達が。

「ゼラ、さん」

「⋯⋯フゥ。何が神だくだらない。幻想の神に縋る事でしか生きる希望が見いだせないゴミが」

 小さくそう呟き、ヒスイは先に宿に帰った。
 俺は墓参りが出来る様に成ったので、向かう。
 唯一良かったと思えるのは、皆同じ場所で眠れる事だろう。

 墓の前で膝を折り、顔を下ろす。
 墓には個人の名前など刻まれず、ただの『孤児』だけだった。
 土を無意識に握っていた。

「畜生。こんなの、あんまりだよ」

 解体作業が中途半端な所で止まっていた。
 流石に夜遅いからだろう。
 俺はバレないように小さな子供に変身して、侵入する。
 焼け朽ちた孤児院の中を覗く。

「中途半端に解体作業をしたのか? それだったら、明日全部やれば良いじゃないか」

 怪しすぎるな。
 どこら辺を解体したのか、そこら辺を探る。
 一度しか孤児院は見てない。しかも、前方でしか見てない。
 だから元の形はある程度の予測で考える。

「やっぱり、焼け落ちた跡はあっても、人為的に破壊された箇所は少ないような⋯⋯」

 そして、月明かりに反射する破片を発見した。
 それを真っ黒な炭と一緒に拾い上げる。

「⋯⋯はは。ドッペルゲンガーの観察眼、最高だよほんとに」

 一度見た事のある物だから、小さな破片だけでも元がなんだったのか分かる。
 変身する事は出来ない物だったが、武器屋で見た事がある。
『爆火石』と言う道具だ。

 魔力を流して最大まで溜めると爆発し、周囲に火をばら撒く。
 だが、あの説明では大した火力は無い筈だ。孤児院を焼き尽くせるか?

「まだ何かあるのか」

 俺は犬に変身する。強化された嗅覚と犬の嗅覚。
 焦げた跡の臭いを探る。
 油のようなガソリンのような、よく分からない。嗅いだことの無い臭いだ。
 だが、孤児院には無いであろう臭いなのは分かる。
 料理に使われる様な調味料の臭いでもない。
 これで確実に人が意図的にやったと確信した。
 或いは俺がそう思いたいだけなのかもしれない。
 それでも、俺はそれに掛ける。

「リーシア、皆。皆が望まなくても、俺は犯人に同じ苦しみを与える」

 俺は子供のような姿になる。見た目は完全にリーシアだ。
 しかし、瞳は皆の色を混ぜた様な色となっている。
 これは、皆に見せる為である。

「まずは情報収集だ」
しおりを挟む

処理中です...