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二章 獣王国

動き出す影武者

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 俺は王妃との会話を思い出していた。

「これを授けておきます」

「これはなんですか?」

 人間の姿へと変わっており、紫色の小さなひし形の宝石を受け取る。

「念話石と言う物です。これで距離関係なく会話出来るさかい、何かあったらこれを使いなはれや」

「⋯⋯感謝します」

 俺は彼女を信用しているし信頼している。
 能力的な面もそうだが、彼女も俺を信用して色々と教えてくれた。
 自分の過去や力まで。それを含めて彼女を愛した獣王は脳筋ながら、優れた王だと、その時感じたのだ。


 そんな事を思い出しながら俺はその石に魔力を流す。

『何用かな?』

「夜分にすみません。実は⋯⋯」

 俺はまだ捕らえられている可能性がある獣人達の話をした。
 そして、解放したら獣王国に送れるように怪鳥を手配して欲しい旨を伝えた。
 鷲の様な巨大な鳥が大きな箱を掴んで、人や物を運ぶ。
 飛竜を使って人などを運ぶのと同じ感じである。
 獣人は獣や魔物との親和性が高く、人間よりも空を飛ぶ魔物は調教しやすいらしい。

『分かりました。場所と時間を』

「まだ具体的な時間は決まってません。自分は現場には出ないので、必要になったらビャに連絡させます」

『分かりました。こちらも準備しておきます』

「ありがとうございます」

 一つ、ため息を吐いた。
 正直、会談自体は重く思っていない。王妃の力を使えば、⋯⋯簡単にこの国を支配する事も可能だ。
 別に縛られている訳でもない。⋯⋯だけど、彼女が考えているあらすじ的にはあまり使わない方が良いだろう。

「三時間後、か」

 そして規定の時間となり、隠れ家へと集まる。
 獣人は全員揃っており、相手方の騎士も数十人居る。
 逆に言えば、そのくらいしか居ない。

「アイシアさん。それでは、始めましょう」

「はいっ!」

 まずは盗賊がたむろしている基地の場所。
 それは不思議な程に正確に判明している。国が裏でサポートしているから、そこら辺の情報入手は可能らしい。
 場所は五つ。部隊は均等に分ける予定である。

「鼻が利く者と耳が利く者各部隊に一人づつ配置します。エースとビャは一組で動いてください」

「⋯⋯畏まりました」

「うん」

「貴女達を一番隊と仮定します。貴女達はこの森の基地の方に攻めてください。エースは森に詳しいので、きっと役に立ちます」

「なるほど。こちらからは水の魔法を扱える者を川の方に配置します。魔法の威力向上だけではなく、川を渡るのにも重宝しますから」

「分かりました」

 それから細かい編成が行われ、行動時間は会談が始まったその瞬間である。
 民間人には気づかれないように行動する事を肝に置く。
 騎士達の防具はレザーアーマーである。盗賊みたいな格好で騎士達は嫌な顔をしていたが。

 部屋で別れる直後、ヒスイと俺は向かい合って立っている。

「頼むぞヒスイ」

「はい。互いに最善を尽くしましょう」

「勿論」

 多くの言葉は必要ない。それだけ今の俺とヒスイには絆が生まれている。
 拳を合わせて、互いの成功を確信しながら、俺は足を動かす。

 そして時は流れて外交官、騎士団長のルーを連れて客室へと向かっている。
 ルーは横を歩き、小声で話しかけてか来る。
 彼はレコの兄であり、黒色の豹の獣人である。
 理知的な顔をしている男前のイケメンフェイス。そんな騎士団長だ。

「あんたは誰だ?」

「失礼ではないですか? 私は私ですよ?」

「俺はな。この国に魂を捧げてんだ。赤ん坊の時からリオ様を見て来た。確かに、癖、仕草、喋り方などはリオ様にそっくりだ。だがな、長らく接して来た俺の目は誤魔化せねぇ。てめぇは誰だ?」

「私は私ですよ。⋯⋯ただ緊張しているだけです」

「あくまで白を切るか? リオ様はあそこまで冷静に振る舞えない⋯⋯語弊があるな。お前は冷静過ぎる。ワインの毒もそうだ。有能過ぎるんだよ。それに猛者の気配を感じる」

「気配、か。そこまでは考えてなかったな。⋯⋯なぁルー。私に万が一があった場合、私がリオさんだった場合、君はどうする?」

「勿論助けるさ。お前が偽物でも助ける。それが俺の仕事だ。姫様が認めている時点で、ある程度の信用は出来る」

「そっかそっか。じゃ、よろしく頼むぞ」

「嫌だが、分かった」

 ただの事実確認か。

「ようこそいらっしゃいました。中でお待ちしております」

 使用人が一礼して扉を開ける。
 中にはお香を焚いてソファーに腰掛けるヒルデ王が居る。

「ようこそいらっしゃいました」

「お待たせして申し訳ございません」

「いやいや。ささ、どうぞ」

 手招きされたので、外交官と共にソファーに座る。
 体重に寄って深く尻が沈む。柔らかいソファーだな。
 技術力の高さが伺える。ルーは背後に立つ。
 横目で見ると、視線を窓の外に向けている。

 お香を焚きながら密閉空間にしている。天井には換気扇代わりの魔法陣が描かれていた。
 だけど煙はこの部屋に既に充満している。

「ブランシュ国と獣王国との同盟詳細はこちらに」

 俺はその目で内容を確認する。

 人命平等条約。

 一つ、種族間の差別を禁止する。具体的に差別的言動、一方の優遇措置を禁ずる。

 二つ、規定した量の商品は定期的に輸入輸出する。同等の価値である事を確認した上で成立するモノとする。

 三つ、戦争時、災害或いは危機的な魔物が迫って来た場合の助力を行う。具体的に軍事的、経済的に助力をする。その際事に契約するモノとする。

 四つ、この同盟は両国の同意の元に行われる。侵略行為などを頑なに禁じる。そのような行動だと断定された場合は謝罪をするモノとする。内容はその行われた行為の重さによって変わる。

 五つ、人間、亜人問わず今後は奴隷の所持、売買を禁じる。犯した場合はそれ相応の対応を行うモノとする。

 などなど。
 ある程度目を通したが、おかしなところは見当たらない。
 どちらか一方に有利な内容もなかった。

 そうだな。一つだけ挙げるとしたら、名前だろうか?
 同盟はブランシュ国と獣王国の『人命平等条約』の元結ばれる。
 条約自体には問題ない。あるのは、『ブランシュ国と獣王国』の獣王国だ。

 こいつは王族だ。
 だから、知っている筈だ。なぜ、獣王国が獣王国なのか。
 国でありながら国名を持たず、王族であるリオさんですらフルネームは『リオ』と言う理由を。

 獣王国は元々奴隷だったり、差別されて居場所が無くなった獣人達が集まって出来た国だ。
 だから、世界的には国として扱われてない。規模的に、獣王国と成っているだけである。

 つまり、この場で獣王国とすると言う事は、国ごとではなくただの獣人の集まりと取引すると言う事だ。
 まぁ、まだ国名が無いってのも理由かもしれないが。

 そんなこんなで、今日のところは解散と成った。

「ルー、大丈夫か?」

「あぁ。あの煙には幻覚作用や集中力低下があった。後は外に居た数人の人間達⋯⋯特に問題はなかった。条約の内容にも⋯⋯」

「そうだな。表向き、なんの問題もない。⋯⋯少し外に出る」

「分かった」
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