親愛なる ~アザミと狸と時々彼~

七星てんと

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プーロの手紙

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アザミは書き物机からレターセットと万年筆、インク瓶を取り椅子に戻ってきた。ティーセットを片付けてテーブルの上を拭き清めてそれらを広げると、プーロが興味津々で覗き込んでくる。
万年筆をインク瓶につけて補充し、ペン先に残った余分なインクを拭く。手紙の宛名を書き始めようとして、肝心なことを聞いていなかったことに気づいた。

「助けてくれた人の名前は分かる?」
「……分かんない」

プーロは口ごもった後、困ったように言った。心配そうにアザミを見上げる。

「お名前が分からないと、お手紙は書けないの?」
「一般的にはそうよ、どこに届けていいか分からなくなるから。でも、この手紙はあなたが持って行くんだろうから大丈夫よ。
じゃあ宛名は……狸の恩人様とでもしておくわね」

それでいいかと確認すると、強張っていた表情を緩めて頷いたので封筒と手紙の最初に書き込む。

「内容は貴方が言ったことそのまま書くから、伝えたいことを言いなさい」

アザミの言葉に少し考えこんだプーロはすぐに笑顔で口を開いた。

「えっとね、えっとね! 最初は怪我をしていた僕を見つけてお家に連れて行ってくれてありがとう、でしょ。でね、怪我したところに優しくお薬を塗ってくれてありがとう! 痛くて泣いてた時に、優しくなでてくれて嬉しかったよ。ご飯もおいし「ちょっと待ちなさい!」

思いつくままに矢継ぎ早に言うので慌てて止める。プーロは急な大声に驚いて固まってしまっていた。怒られたと思ったのか涙目だ。

「そんなに早口で言われても書けないわ。一つずつ聞かせてちょうだい」

落ち着いた声で促すと「ごめんね」と言って素直に頷いた。

「最初はね――」

そこからアザミはプーロの気持ちを書き取っていった。




最後まで書き終わると最初から文章を読んでプーロに確認をする。形式も体裁もないその言葉からは、素直な気持ちがあふれていた。

「僕がお話したことが全部この上に残ってるんだ。人間てすごいね」

文字なんて分からないだろうに、プーロの視線が何度も紙の上の字を走る。

「……名前は自分で書いてみる?」
「いいの!」

羨ましそうな眼差しに思わずそう言うと歓声が上がった。白紙の紙を取り出し、上の方にプーロの綴りを書くと真剣に見つめる。

「何回か練習で書いてみましょう」

万年筆を渡すと見様見真似で持ったが、ギュッと立てて握ってしまう。アザミはプーロの隣に移動した。手を添えて、ペン先の刻印を上にして正しい持ち方に直させる。

「力を入れないでも、紙の上を滑らせるだけで書けるわ」

そのまま何度か一緒に手を動かす。
アザミが手を離しても要領が分かったのか、その後は一人で真剣に書き出した。
それを横目で見ながらアザミは二枚目の紙を取り出し、追伸としてこの不思議な出来事を綴った。狸が化けて来て、頼まれ代筆したこと。本人は緊張しすぎて変化が解けて直接礼を言えないことに酷く落ち込んでいたと。
普段だったら絶対にこんな手紙など書かないが、共有してもらえる誰かが欲しかったのかもしれない。
最後に少し悩み代筆者Aと書いたところで声がかかった。

「これ上手?」

プーロが黒く汚れた手で紙を掲げた。指している部分を見ると他よりも心なしかきれいに書けている。

「えぇ、初めてにしては上手よ。じゃあ、それをここに書いてみて」

アザミが褒めるとはにかんで頷いた。本番を書く前に汚れた手を拭い、万年筆を持たせ直す。そして手紙を差し出すと緊張した面持ちで最後の空いたスペースに練習した文字を書き始める。

手紙には流麗なアザミの字とたどたどしいプーロの字が並んだ。

「ちゃんと、僕からだって分かってもらえるかな?」

出来上がった手紙を見て、少し不安が出たのか自信なさげに呟いた。アザミは少し考え込むと、プーロに狸の姿に戻るように促した。首を傾げながらも、素直にくるりと宙を舞うと元の姿に戻る。狸姿のプーロをを抱きかかえると、右前足にインクをつけた。くすぐったいらしく身をよじったが、足を紙まで持っていき押し付ける。

「これで貴方以外には書けない手紙になったわ」

名前の横に可愛らしい肉球の花びらが咲いている。プーロは目を輝かせて、尻尾をぶんぶんと大きく振った。

インクが乾いたのを確認して手紙を封筒に入れて手渡す。

「ありがとう! これであの人にお礼が言える!」

プーロは書き上がった手紙を大事そうに抱きしめると胸元へしまった。

「代書屋さん、これお礼!」

プーロが差し出したものを受け取るとドングリが乗っていた。

「……ありがとう」

アザミが礼を言うと嬉しそうに笑い、大きく腕を振って帰っていった。

静かになった店内に、先程までのことは狸に化かされた夢のように感じてしまう。しかし、手の中のドングリが現実だと主張していた。

「あの子の目みたい」

アザミがランプにかざしたドングリは飴色に輝いていた。
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