悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

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秋の課題編

第一話 悪役令嬢 アメリア・サリバン

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「何度申し上げたらよいのかしら? そんなことは無理に決まっているでしょう」

 私の言葉が教室に響き、あたりは水を打ったように静まり返った。

 我ながらよく通る声だと思う。それほど大きな声を出してはいないはずなのに、その威圧感で泣き出してしまいそうな令嬢すらいる。

(別に泣かせるつもりはなかったのだけど)

 心の中で嘆息しながら、涙を浮かべる彼女をかばうように立つ、輪の中心人物を真っ向から見据えた。

「クラーク様、あなたに言っておりますのよ。そんな非現実的な案に私を巻き込まないでいただきたいわ」

 語気を強めたにもかかわらず、クラークは困ったように眉尻を下げ、微笑を浮かべるだけだ。首を傾ければ、クセのないブルーグレーの髪がサラリと流れた。

 その様子に、周りの令嬢からはため息が漏れる。

 本当に憎たらしい。
 どんな表情もサマになるその造作が。

 目の前の彼、レオナルド・クラークは、我が国で絶大なる人気を誇るクラーク侯爵家の長男だ。

 彼の曽祖父が若かりし頃、西の蛮族からの猛攻を退け国を守った話は、この国で知らない者はいない。王家編纂の歴史書にも事細かに記されていて、その武勇伝は今でも語り継がれている。

 それに加え、歴代のクラーク侯爵は公平無私で裏表のない人柄で有名であり、今もなお、民衆はおろか貴族たちの心をもたやすく掴んではなさない。

 次期侯爵であるレオナルド・クラークもその例に漏れず、麗しい容姿に気取らない爽やかな性格が相まって、学園中の女性はもちろん男性にも好かれている……らしい。

 まあ、要するに「正義の英雄ヒーロー」というわけ。私にとってはいけすかないボンクラにしか思えないけれどね。

 宝石のようだと謳われる緑青の瞳をじっと睨みつけると、思案する様子を見せていたクラークがようやく口を開いた。

「時間が足りないことはわかってるよ。でもまずは手分けしてやってみるわけにはいかないかな。だってこれは僕たち全員に課された課題だろう?」

 こちらを諭すように紡ぐ声すら、柔らかく耳触りがいい。先ほどまで恐怖で泣き出しそうだった令嬢が、今は頬を染めて別の意味で目を潤ませている。

 私はそっと下唇を噛んだ。

 彼の一挙手一投足が私の立場を悪くしていくのがわかる。それでもこちらも引くわけにはいかなかった。

「そんなことをしていては期限内に終わらせることはできません。班の中には明らかに力量の足りない者もいるでしょう?」

 あ。しまった。
 と思ったけれどもう遅い。

 私の失言に、クラーク以外の人間が目を吊り上げた。

「サリバン嬢、それはさすがに言いすぎじゃないか?」

 割って入ってきたのは、横に控えていた伯爵家の令息だ。この腰巾着は、私とクラークの議論が白熱してくると必ずしゃしゃり出てくる。クラークが決して言うことのない、きつい言葉を私に投げつける役目だ。

 でも私は知っている。彼が放つ言葉は、クラークの気持ちを代弁したものだということを。その証拠に、クラークは私たちのやりとりを静かに見つめながらも、瞳の奥で笑っている。

(馬鹿にして……!)

 イライラする気持ちを表に出さないよう、細心の注意を払って口を開く。

「私は間違ったことは言っておりません。限られた時間で、効率的に課題を進める方法を取るべきだと提案しているのです」
「言い方に問題があると言っている。そんな言葉についていく者がいるとでも思っているのか?」
「……っ」

 思わず息が詰まった。

 私に人望がないのは自分が一番よくわかっている。だからこそ、図星を指されたのがひどく悔しかった。

 私が言い返すより先に、クラークの落ち着いた声が響いた。

「やめなよ、バート」

 バートとは、この腰巾着の男のことだ。正確にはアルバート・チェイサーという名だけれど、クラークとは愛称で呼び合う仲らしい。

「彼女に失礼だよ」
「レオ、お前がそんな優しいからサリバン嬢がつけあがるんじゃないか」

 つけあがるですって? 伯爵家の、しかも次男の分際で、よくもまあそんなことを。呆れて言葉も出てこない。私は急に馬鹿らしくなり、自分の荷物をまとめると群衆に背中を向けた。

 それでもまだチェイサーはしつこく言い募る。

「おい、まだ話は終わってないぞ」

 ああもう鬱陶しい。こっちはもううんざりなのよ……!

 さりとて、私もかのサリバン侯爵家の後継者。礼儀を欠いたまま去るわけにはいかないので、極力優雅に見えるよう、くるりと振り返った。

「もちろん、はまだ終わっていませんわ。続きはまた明日お会いしたときでよろしいかしら?」

 言外に「お前など眼中にない」という意味を込めて、チェイサーの後ろにいるクラークにだけ笑みを向ける。

 チェイサーはサッと顔を赤らめ眼光を鋭くしたが、クラークはにこりと笑ってこう言った。

「もちろん。また明日ね、アメリア」
「……ごきげんよう」

 こみ上げる嫌悪感を飲みこみ、私は足早に教室を後にした。


  * * *


 待たせていた馬車に乗り込み扉が閉じられた途端、私は鞄をビロードの座席に向かって投げつけた。

「な~にが『また明日ね』よ、あの偽善者!!」

 余裕ぶった態度が本当にしゃくに触る。

 だいたい、なぜいつもアメリアと呼ぶの!?ファーストネームを呼ぶのを許した覚えはないというのに!

 ああ、寒気がする。思わず両腕を抱え込み二の腕を撫で上げた。

「お嬢様、出発してもよろしいでしょうか?」

 御者台から初老の御者の声がする。車内の騒ぎなどまるで気にかけていないらしい。ううん、すっかり慣れてしまったのという方が正しいのかもしれない。ここ最近、馬車に戻るなり暴れるのが私の日課になってしまっているのだから。声をかけられたことで少しだけ冷静になり、腰を下ろして返事をした。

「ええ、もう気がすんだわ。馬車を出してくれる?」
「かしこまりました」

 滑らかに走り出した馬車の中で、私は一つため息をついた。




『アメリア・サリバンには気をつけろ』

 それは、私の入学当初から密かに囁かれていたことだ。別に何をしたわけではない。単に私がサリバン家の人間だという、それだけのこと。

 我がサリバン侯爵家の歴史は古い。それこそクラーク家と同じくらい、歴史書に頻繁に名前の登場する由緒ある家系だ。

 ただし、好意的に描かれるクラーク家とは違い、サリバン家はその冷酷さや非道さを吊し上げられることが多い。歴史書に主観が入るのはいかがなものかとも思うが、それだけ今の王家にクラーク家が可愛がられてきたという証なんだろう。そして都合の悪いことは全てサリバン家に押し付けられてきた。

 税を上げるのもサリバン、戦争を起こすのもサリバン。この世のありとあらゆる悪事は我が一族の仕業とでも言わんばかり。

 まあ、事実ではあるのだけれどね。

 サリバン家に伝わる話を紐解いても、歴代の当主様たちはためらうことなく人を斬り、邪魔者は闇に葬るような方々だった。

 ただそれは、他に選択肢がなかったからなのだと私は思っている。税を取り立てなければ国庫が破綻してしまう。兵を起こさなければ国が侵略されてしまう。自らが行動するより他にないと、ご先祖様は考えたに違いない。

 納得がいかないのは、敵を討ち滅ぼしたという事実は一緒なのに、クラーク家と我が家とでは描かれ方があまりにも違うということだ。こんなの理不尽の一言に尽きるじゃないの。

 でも最近、これは我が家に割り当てられた役割なんだと思い始めた。得てして、お話の登場人物には必ず役回りというものがある。

 読む人の庇護欲を掻きたてる、可憐なお姫様。勇敢でハンサム、みんなの憧れの勇者様。そして、非道の限りを尽くす嫌われ者の魔王。

 あまりにも単純な役割ではあるけれど、物語が大団円を迎えるためには必要なんだろう。問題は、人々がそれを現実世界にも求めることだ。

 正々堂々、勧善懲悪。

 そんなものがこの世でまかり通るわけがないのに、清廉潔白なヒーローとそれに相対する卑怯な悪役が好きでたまらないのだ。

 大人たちですらそうなのだから、それが年端もいかない学生たちであればなおさらのこと。そうして学園という小さな檻の中で、自分たち好みの物語を仕立て上げようとする。黒髪に鋭い目つき、薄い唇もそのイメージにぴったりだったのだろう。私はいつのまにか、冷酷でわがままな悪役令嬢として名を馳せていた。

 それでも最終学年に上がるまでは、それほど支障はなかった。問題が顕在化したのは、グループでの課題が増えた今年になってからだ。理由は、私とクラークの意見がことごとく対立してしまうこと。そのたびに私は最善の策を提示しようと、できる限りの主張をする。でも結局、周りを味方につけることに長けたクラークがいつも自分の意見を押し通してしまうのだ。

「苦手なものを無理にやらせたって、進みは遅いし完成度も低いに決まってるじゃない!!」

 先ほどのやりとりを思い出し、また怒りが込み上げてくる。

 今回出された課題は期限が短い上に難易度も高かったため、少数精鋭で進めるべきだという私にクラークはいい顔をしなかった。

「最初からできないと決めつけるのは良くないし、グループに対して課されているものを一部の人間だけでやるのは本来の意図から外れてしまうよ」

 そうやってみんなが喜ぶ正論を吐く。でもそんなのは綺麗事だ。

 実際に領地を運営する際にも、そんな呑気なことを言うつもりなの? 能力に合わせて仕事を割り振るなんてことは、世の中では至極当然に行われていることなのに。

 学んだことを卒業後に役立てるのが学園の目的であるのだから、実際の政務を想定して課題を進めるべきだというのが私の持論だった。

 でも私の意見は決して通らない。なぜなら私は悪役だから。

「ほんっとうに、嫌になるわ……」

 揺れる馬車の中から空を見上げると、もやもやした心の中とは正反対の青い秋晴れの空が広がっている。このまま屋敷に帰る気になれず、馬を走らせる御者に声をかけた。

「国立図書館に寄ってくれるかしら。今日は特に予定はなかったと思うから」
「承知いたしました」

 余計なことは言わずに従ってくれるのがありがたい。図書館に着くまでのしばらくの間、ガタゴトと聞こえる車輪の音に耳を傾けながらそっと目を閉じた。


 * * *


 図書館の中はいつもよりも人気がなかった。せっかくの秋日和、外で過ごしたい人が多いのかもしれない。人の目が気にならないことに気を良くした私は、足取りも軽く館内を歩き回った。

 知識を吸収するのは好きだ。

 世界が広がるのを感じるし、将来の領地経営にも役に立つだろう。私は一人娘なので、今からあらゆる情報を頭に叩き込んでおいて損はないはず。

 歴史、政治学、地学、医学、人文学。それぞれのエリアを回って、気になる本を取っていく。あれこれ欲張ってしまったら、抱えた本の山が顔近くまで積み上がってしまった。

(さすがに重いわね)

 ずしりとした重みを両腕に感じて歩きながら、とある本棚にちらりと視線を向けた。

(今日は人も少ないし、ちょっとだけ見てこようかしら)

 らしくもなく、そわそわとあたりを見回す。うん、大丈夫。ちょっと見て、新刊があるかを確認してくるだけだもの。意を決して本棚に向かうと、少しだけ背伸びをして上の棚を覗き込む。

 あ、あった。

 片方の手を伸ばし一冊の本を手に取った。

 幾分か装丁の安っぽいその本は、最近知った作家の小説だった。まだ一巻しか出ていないけれど、内容がとても好みだったから次巻が出るのを楽しみにしていたのだ。

(ラッキーだったわ、先週発売されたばかりのはずだから)

 ふふふとほくそ笑んでその本を一番上に重ねると、全体のバランスを取り直す。

「さて、こんなものかしらね」

 嬉しさのあまりうっかり出たひとり言は許してほしい。大量の収穫物を手に、私はうきうきとカウンターへ向かって歩き出した。

 と、そこで血の気が引いた。

 先ほどやりあった例の腰巾着、アルバート・チェイサーがそこに立っていたからだった。
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