2 / 41
秋の課題編
第一話 悪役令嬢 アメリア・サリバン
しおりを挟む
「何度申し上げたらよいのかしら? そんなことは無理に決まっているでしょう」
私の言葉が教室に響き、あたりは水を打ったように静まり返った。
我ながらよく通る声だと思う。それほど大きな声を出してはいないはずなのに、その威圧感で泣き出してしまいそうな令嬢すらいる。
(別に泣かせるつもりはなかったのだけど)
心の中で嘆息しながら、涙を浮かべる彼女をかばうように立つ、輪の中心人物を真っ向から見据えた。
「クラーク様、あなたに言っておりますのよ。そんな非現実的な案に私を巻き込まないでいただきたいわ」
語気を強めたにもかかわらず、クラークは困ったように眉尻を下げ、微笑を浮かべるだけだ。首を傾ければ、クセのないブルーグレーの髪がサラリと流れた。
その様子に、周りの令嬢からはため息が漏れる。
本当に憎たらしい。
どんな表情もサマになるその造作が。
目の前の彼、レオナルド・クラークは、我が国で絶大なる人気を誇るクラーク侯爵家の長男だ。
彼の曽祖父が若かりし頃、西の蛮族からの猛攻を退け国を守った話は、この国で知らない者はいない。王家編纂の歴史書にも事細かに記されていて、その武勇伝は今でも語り継がれている。
それに加え、歴代のクラーク侯爵は公平無私で裏表のない人柄で有名であり、今もなお、民衆はおろか貴族たちの心をもたやすく掴んではなさない。
次期侯爵であるレオナルド・クラークもその例に漏れず、麗しい容姿に気取らない爽やかな性格が相まって、学園中の女性はもちろん男性にも好かれている……らしい。
まあ、要するに「正義の英雄」というわけ。私にとってはいけすかないボンクラにしか思えないけれどね。
宝石のようだと謳われる緑青の瞳をじっと睨みつけると、思案する様子を見せていたクラークがようやく口を開いた。
「時間が足りないことはわかってるよ。でもまずは手分けしてやってみるわけにはいかないかな。だってこれは僕たち全員に課された課題だろう?」
こちらを諭すように紡ぐ声すら、柔らかく耳触りがいい。先ほどまで恐怖で泣き出しそうだった令嬢が、今は頬を染めて別の意味で目を潤ませている。
私はそっと下唇を噛んだ。
彼の一挙手一投足が私の立場を悪くしていくのがわかる。それでもこちらも引くわけにはいかなかった。
「そんなことをしていては期限内に終わらせることはできません。班の中には明らかに力量の足りない者もいるでしょう?」
あ。しまった。
と思ったけれどもう遅い。
私の失言に、クラーク以外の人間が目を吊り上げた。
「サリバン嬢、それはさすがに言いすぎじゃないか?」
割って入ってきたのは、横に控えていた伯爵家の令息だ。この腰巾着は、私とクラークの議論が白熱してくると必ずしゃしゃり出てくる。クラークが決して言うことのない、きつい言葉を私に投げつける役目だ。
でも私は知っている。彼が放つ言葉は、クラークの気持ちを代弁したものだということを。その証拠に、クラークは私たちのやりとりを静かに見つめながらも、瞳の奥で笑っている。
(馬鹿にして……!)
イライラする気持ちを表に出さないよう、細心の注意を払って口を開く。
「私は間違ったことは言っておりません。限られた時間で、効率的に課題を進める方法を取るべきだと提案しているのです」
「言い方に問題があると言っている。そんな言葉についていく者がいるとでも思っているのか?」
「……っ」
思わず息が詰まった。
私に人望がないのは自分が一番よくわかっている。だからこそ、図星を指されたのがひどく悔しかった。
私が言い返すより先に、クラークの落ち着いた声が響いた。
「やめなよ、バート」
バートとは、この腰巾着の男のことだ。正確にはアルバート・チェイサーという名だけれど、クラークとは愛称で呼び合う仲らしい。
「彼女に失礼だよ」
「レオ、お前がそんな優しいからサリバン嬢がつけあがるんじゃないか」
つけあがるですって? 伯爵家の、しかも次男の分際で、よくもまあそんなことを。呆れて言葉も出てこない。私は急に馬鹿らしくなり、自分の荷物をまとめると群衆に背中を向けた。
それでもまだチェイサーはしつこく言い募る。
「おい、まだ話は終わってないぞ」
ああもう鬱陶しい。こっちはもううんざりなのよ……!
さりとて、私もかのサリバン侯爵家の後継者。礼儀を欠いたまま去るわけにはいかないので、極力優雅に見えるよう、くるりと振り返った。
「もちろん、クラーク様とのお話はまだ終わっていませんわ。続きはまた明日お会いしたときでよろしいかしら?」
言外に「お前など眼中にない」という意味を込めて、チェイサーの後ろにいるクラークにだけ笑みを向ける。
チェイサーはサッと顔を赤らめ眼光を鋭くしたが、クラークはにこりと笑ってこう言った。
「もちろん。また明日ね、アメリア」
「……ごきげんよう」
こみ上げる嫌悪感を飲みこみ、私は足早に教室を後にした。
* * *
待たせていた馬車に乗り込み扉が閉じられた途端、私は鞄をビロードの座席に向かって投げつけた。
「な~にが『また明日ね』よ、あの偽善者!!」
余裕ぶった態度が本当に癪に触る。
だいたい、なぜいつもアメリアと呼ぶの!?ファーストネームを呼ぶのを許した覚えはないというのに!
ああ、寒気がする。思わず両腕を抱え込み二の腕を撫で上げた。
「お嬢様、出発してもよろしいでしょうか?」
御者台から初老の御者の声がする。車内の騒ぎなどまるで気にかけていないらしい。ううん、すっかり慣れてしまったのという方が正しいのかもしれない。ここ最近、馬車に戻るなり暴れるのが私の日課になってしまっているのだから。声をかけられたことで少しだけ冷静になり、腰を下ろして返事をした。
「ええ、もう気がすんだわ。馬車を出してくれる?」
「かしこまりました」
滑らかに走り出した馬車の中で、私は一つため息をついた。
『アメリア・サリバンには気をつけろ』
それは、私の入学当初から密かに囁かれていたことだ。別に何をしたわけではない。単に私がサリバン家の人間だという、それだけのこと。
我がサリバン侯爵家の歴史は古い。それこそクラーク家と同じくらい、歴史書に頻繁に名前の登場する由緒ある家系だ。
ただし、好意的に描かれるクラーク家とは違い、サリバン家はその冷酷さや非道さを吊し上げられることが多い。歴史書に主観が入るのはいかがなものかとも思うが、それだけ今の王家にクラーク家が可愛がられてきたという証なんだろう。そして都合の悪いことは全てサリバン家に押し付けられてきた。
税を上げるのもサリバン、戦争を起こすのもサリバン。この世のありとあらゆる悪事は我が一族の仕業とでも言わんばかり。
まあ、事実ではあるのだけれどね。
サリバン家に伝わる話を紐解いても、歴代の当主様たちはためらうことなく人を斬り、邪魔者は闇に葬るような方々だった。
ただそれは、他に選択肢がなかったからなのだと私は思っている。税を取り立てなければ国庫が破綻してしまう。兵を起こさなければ国が侵略されてしまう。自らが行動するより他にないと、ご先祖様は考えたに違いない。
納得がいかないのは、敵を討ち滅ぼしたという事実は一緒なのに、クラーク家と我が家とでは描かれ方があまりにも違うということだ。こんなの理不尽の一言に尽きるじゃないの。
でも最近、これは我が家に割り当てられた役割なんだと思い始めた。得てして、お話の登場人物には必ず役回りというものがある。
読む人の庇護欲を掻きたてる、可憐なお姫様。勇敢でハンサム、みんなの憧れの勇者様。そして、非道の限りを尽くす嫌われ者の魔王。
あまりにも単純な役割ではあるけれど、物語が大団円を迎えるためには必要なんだろう。問題は、人々がそれを現実世界にも求めることだ。
正々堂々、勧善懲悪。
そんなものがこの世でまかり通るわけがないのに、清廉潔白なヒーローとそれに相対する卑怯な悪役が好きでたまらないのだ。
大人たちですらそうなのだから、それが年端もいかない学生たちであればなおさらのこと。そうして学園という小さな檻の中で、自分たち好みの物語を仕立て上げようとする。黒髪に鋭い目つき、薄い唇もそのイメージにぴったりだったのだろう。私はいつのまにか、冷酷でわがままな悪役令嬢として名を馳せていた。
それでも最終学年に上がるまでは、それほど支障はなかった。問題が顕在化したのは、グループでの課題が増えた今年になってからだ。理由は、私とクラークの意見がことごとく対立してしまうこと。そのたびに私は最善の策を提示しようと、できる限りの主張をする。でも結局、周りを味方につけることに長けたクラークがいつも自分の意見を押し通してしまうのだ。
「苦手なものを無理にやらせたって、進みは遅いし完成度も低いに決まってるじゃない!!」
先ほどのやりとりを思い出し、また怒りが込み上げてくる。
今回出された課題は期限が短い上に難易度も高かったため、少数精鋭で進めるべきだという私にクラークはいい顔をしなかった。
「最初からできないと決めつけるのは良くないし、グループに対して課されているものを一部の人間だけでやるのは本来の意図から外れてしまうよ」
そうやってみんなが喜ぶ正論を吐く。でもそんなのは綺麗事だ。
実際に領地を運営する際にも、そんな呑気なことを言うつもりなの? 能力に合わせて仕事を割り振るなんてことは、世の中では至極当然に行われていることなのに。
学んだことを卒業後に役立てるのが学園の目的であるのだから、実際の政務を想定して課題を進めるべきだというのが私の持論だった。
でも私の意見は決して通らない。なぜなら私は悪役だから。
「ほんっとうに、嫌になるわ……」
揺れる馬車の中から空を見上げると、もやもやした心の中とは正反対の青い秋晴れの空が広がっている。このまま屋敷に帰る気になれず、馬を走らせる御者に声をかけた。
「国立図書館に寄ってくれるかしら。今日は特に予定はなかったと思うから」
「承知いたしました」
余計なことは言わずに従ってくれるのがありがたい。図書館に着くまでのしばらくの間、ガタゴトと聞こえる車輪の音に耳を傾けながらそっと目を閉じた。
* * *
図書館の中はいつもよりも人気がなかった。せっかくの秋日和、外で過ごしたい人が多いのかもしれない。人の目が気にならないことに気を良くした私は、足取りも軽く館内を歩き回った。
知識を吸収するのは好きだ。
世界が広がるのを感じるし、将来の領地経営にも役に立つだろう。私は一人娘なので、今からあらゆる情報を頭に叩き込んでおいて損はないはず。
歴史、政治学、地学、医学、人文学。それぞれのエリアを回って、気になる本を取っていく。あれこれ欲張ってしまったら、抱えた本の山が顔近くまで積み上がってしまった。
(さすがに重いわね)
ずしりとした重みを両腕に感じて歩きながら、とある本棚にちらりと視線を向けた。
(今日は人も少ないし、ちょっとだけ見てこようかしら)
らしくもなく、そわそわとあたりを見回す。うん、大丈夫。ちょっと見て、新刊があるかを確認してくるだけだもの。意を決して本棚に向かうと、少しだけ背伸びをして上の棚を覗き込む。
あ、あった。
片方の手を伸ばし一冊の本を手に取った。
幾分か装丁の安っぽいその本は、最近知った作家の小説だった。まだ一巻しか出ていないけれど、内容がとても好みだったから次巻が出るのを楽しみにしていたのだ。
(ラッキーだったわ、先週発売されたばかりのはずだから)
ふふふとほくそ笑んでその本を一番上に重ねると、全体のバランスを取り直す。
「さて、こんなものかしらね」
嬉しさのあまりうっかり出たひとり言は許してほしい。大量の収穫物を手に、私はうきうきとカウンターへ向かって歩き出した。
と、そこで血の気が引いた。
先ほどやりあった例の腰巾着、アルバート・チェイサーがそこに立っていたからだった。
私の言葉が教室に響き、あたりは水を打ったように静まり返った。
我ながらよく通る声だと思う。それほど大きな声を出してはいないはずなのに、その威圧感で泣き出してしまいそうな令嬢すらいる。
(別に泣かせるつもりはなかったのだけど)
心の中で嘆息しながら、涙を浮かべる彼女をかばうように立つ、輪の中心人物を真っ向から見据えた。
「クラーク様、あなたに言っておりますのよ。そんな非現実的な案に私を巻き込まないでいただきたいわ」
語気を強めたにもかかわらず、クラークは困ったように眉尻を下げ、微笑を浮かべるだけだ。首を傾ければ、クセのないブルーグレーの髪がサラリと流れた。
その様子に、周りの令嬢からはため息が漏れる。
本当に憎たらしい。
どんな表情もサマになるその造作が。
目の前の彼、レオナルド・クラークは、我が国で絶大なる人気を誇るクラーク侯爵家の長男だ。
彼の曽祖父が若かりし頃、西の蛮族からの猛攻を退け国を守った話は、この国で知らない者はいない。王家編纂の歴史書にも事細かに記されていて、その武勇伝は今でも語り継がれている。
それに加え、歴代のクラーク侯爵は公平無私で裏表のない人柄で有名であり、今もなお、民衆はおろか貴族たちの心をもたやすく掴んではなさない。
次期侯爵であるレオナルド・クラークもその例に漏れず、麗しい容姿に気取らない爽やかな性格が相まって、学園中の女性はもちろん男性にも好かれている……らしい。
まあ、要するに「正義の英雄」というわけ。私にとってはいけすかないボンクラにしか思えないけれどね。
宝石のようだと謳われる緑青の瞳をじっと睨みつけると、思案する様子を見せていたクラークがようやく口を開いた。
「時間が足りないことはわかってるよ。でもまずは手分けしてやってみるわけにはいかないかな。だってこれは僕たち全員に課された課題だろう?」
こちらを諭すように紡ぐ声すら、柔らかく耳触りがいい。先ほどまで恐怖で泣き出しそうだった令嬢が、今は頬を染めて別の意味で目を潤ませている。
私はそっと下唇を噛んだ。
彼の一挙手一投足が私の立場を悪くしていくのがわかる。それでもこちらも引くわけにはいかなかった。
「そんなことをしていては期限内に終わらせることはできません。班の中には明らかに力量の足りない者もいるでしょう?」
あ。しまった。
と思ったけれどもう遅い。
私の失言に、クラーク以外の人間が目を吊り上げた。
「サリバン嬢、それはさすがに言いすぎじゃないか?」
割って入ってきたのは、横に控えていた伯爵家の令息だ。この腰巾着は、私とクラークの議論が白熱してくると必ずしゃしゃり出てくる。クラークが決して言うことのない、きつい言葉を私に投げつける役目だ。
でも私は知っている。彼が放つ言葉は、クラークの気持ちを代弁したものだということを。その証拠に、クラークは私たちのやりとりを静かに見つめながらも、瞳の奥で笑っている。
(馬鹿にして……!)
イライラする気持ちを表に出さないよう、細心の注意を払って口を開く。
「私は間違ったことは言っておりません。限られた時間で、効率的に課題を進める方法を取るべきだと提案しているのです」
「言い方に問題があると言っている。そんな言葉についていく者がいるとでも思っているのか?」
「……っ」
思わず息が詰まった。
私に人望がないのは自分が一番よくわかっている。だからこそ、図星を指されたのがひどく悔しかった。
私が言い返すより先に、クラークの落ち着いた声が響いた。
「やめなよ、バート」
バートとは、この腰巾着の男のことだ。正確にはアルバート・チェイサーという名だけれど、クラークとは愛称で呼び合う仲らしい。
「彼女に失礼だよ」
「レオ、お前がそんな優しいからサリバン嬢がつけあがるんじゃないか」
つけあがるですって? 伯爵家の、しかも次男の分際で、よくもまあそんなことを。呆れて言葉も出てこない。私は急に馬鹿らしくなり、自分の荷物をまとめると群衆に背中を向けた。
それでもまだチェイサーはしつこく言い募る。
「おい、まだ話は終わってないぞ」
ああもう鬱陶しい。こっちはもううんざりなのよ……!
さりとて、私もかのサリバン侯爵家の後継者。礼儀を欠いたまま去るわけにはいかないので、極力優雅に見えるよう、くるりと振り返った。
「もちろん、クラーク様とのお話はまだ終わっていませんわ。続きはまた明日お会いしたときでよろしいかしら?」
言外に「お前など眼中にない」という意味を込めて、チェイサーの後ろにいるクラークにだけ笑みを向ける。
チェイサーはサッと顔を赤らめ眼光を鋭くしたが、クラークはにこりと笑ってこう言った。
「もちろん。また明日ね、アメリア」
「……ごきげんよう」
こみ上げる嫌悪感を飲みこみ、私は足早に教室を後にした。
* * *
待たせていた馬車に乗り込み扉が閉じられた途端、私は鞄をビロードの座席に向かって投げつけた。
「な~にが『また明日ね』よ、あの偽善者!!」
余裕ぶった態度が本当に癪に触る。
だいたい、なぜいつもアメリアと呼ぶの!?ファーストネームを呼ぶのを許した覚えはないというのに!
ああ、寒気がする。思わず両腕を抱え込み二の腕を撫で上げた。
「お嬢様、出発してもよろしいでしょうか?」
御者台から初老の御者の声がする。車内の騒ぎなどまるで気にかけていないらしい。ううん、すっかり慣れてしまったのという方が正しいのかもしれない。ここ最近、馬車に戻るなり暴れるのが私の日課になってしまっているのだから。声をかけられたことで少しだけ冷静になり、腰を下ろして返事をした。
「ええ、もう気がすんだわ。馬車を出してくれる?」
「かしこまりました」
滑らかに走り出した馬車の中で、私は一つため息をついた。
『アメリア・サリバンには気をつけろ』
それは、私の入学当初から密かに囁かれていたことだ。別に何をしたわけではない。単に私がサリバン家の人間だという、それだけのこと。
我がサリバン侯爵家の歴史は古い。それこそクラーク家と同じくらい、歴史書に頻繁に名前の登場する由緒ある家系だ。
ただし、好意的に描かれるクラーク家とは違い、サリバン家はその冷酷さや非道さを吊し上げられることが多い。歴史書に主観が入るのはいかがなものかとも思うが、それだけ今の王家にクラーク家が可愛がられてきたという証なんだろう。そして都合の悪いことは全てサリバン家に押し付けられてきた。
税を上げるのもサリバン、戦争を起こすのもサリバン。この世のありとあらゆる悪事は我が一族の仕業とでも言わんばかり。
まあ、事実ではあるのだけれどね。
サリバン家に伝わる話を紐解いても、歴代の当主様たちはためらうことなく人を斬り、邪魔者は闇に葬るような方々だった。
ただそれは、他に選択肢がなかったからなのだと私は思っている。税を取り立てなければ国庫が破綻してしまう。兵を起こさなければ国が侵略されてしまう。自らが行動するより他にないと、ご先祖様は考えたに違いない。
納得がいかないのは、敵を討ち滅ぼしたという事実は一緒なのに、クラーク家と我が家とでは描かれ方があまりにも違うということだ。こんなの理不尽の一言に尽きるじゃないの。
でも最近、これは我が家に割り当てられた役割なんだと思い始めた。得てして、お話の登場人物には必ず役回りというものがある。
読む人の庇護欲を掻きたてる、可憐なお姫様。勇敢でハンサム、みんなの憧れの勇者様。そして、非道の限りを尽くす嫌われ者の魔王。
あまりにも単純な役割ではあるけれど、物語が大団円を迎えるためには必要なんだろう。問題は、人々がそれを現実世界にも求めることだ。
正々堂々、勧善懲悪。
そんなものがこの世でまかり通るわけがないのに、清廉潔白なヒーローとそれに相対する卑怯な悪役が好きでたまらないのだ。
大人たちですらそうなのだから、それが年端もいかない学生たちであればなおさらのこと。そうして学園という小さな檻の中で、自分たち好みの物語を仕立て上げようとする。黒髪に鋭い目つき、薄い唇もそのイメージにぴったりだったのだろう。私はいつのまにか、冷酷でわがままな悪役令嬢として名を馳せていた。
それでも最終学年に上がるまでは、それほど支障はなかった。問題が顕在化したのは、グループでの課題が増えた今年になってからだ。理由は、私とクラークの意見がことごとく対立してしまうこと。そのたびに私は最善の策を提示しようと、できる限りの主張をする。でも結局、周りを味方につけることに長けたクラークがいつも自分の意見を押し通してしまうのだ。
「苦手なものを無理にやらせたって、進みは遅いし完成度も低いに決まってるじゃない!!」
先ほどのやりとりを思い出し、また怒りが込み上げてくる。
今回出された課題は期限が短い上に難易度も高かったため、少数精鋭で進めるべきだという私にクラークはいい顔をしなかった。
「最初からできないと決めつけるのは良くないし、グループに対して課されているものを一部の人間だけでやるのは本来の意図から外れてしまうよ」
そうやってみんなが喜ぶ正論を吐く。でもそんなのは綺麗事だ。
実際に領地を運営する際にも、そんな呑気なことを言うつもりなの? 能力に合わせて仕事を割り振るなんてことは、世の中では至極当然に行われていることなのに。
学んだことを卒業後に役立てるのが学園の目的であるのだから、実際の政務を想定して課題を進めるべきだというのが私の持論だった。
でも私の意見は決して通らない。なぜなら私は悪役だから。
「ほんっとうに、嫌になるわ……」
揺れる馬車の中から空を見上げると、もやもやした心の中とは正反対の青い秋晴れの空が広がっている。このまま屋敷に帰る気になれず、馬を走らせる御者に声をかけた。
「国立図書館に寄ってくれるかしら。今日は特に予定はなかったと思うから」
「承知いたしました」
余計なことは言わずに従ってくれるのがありがたい。図書館に着くまでのしばらくの間、ガタゴトと聞こえる車輪の音に耳を傾けながらそっと目を閉じた。
* * *
図書館の中はいつもよりも人気がなかった。せっかくの秋日和、外で過ごしたい人が多いのかもしれない。人の目が気にならないことに気を良くした私は、足取りも軽く館内を歩き回った。
知識を吸収するのは好きだ。
世界が広がるのを感じるし、将来の領地経営にも役に立つだろう。私は一人娘なので、今からあらゆる情報を頭に叩き込んでおいて損はないはず。
歴史、政治学、地学、医学、人文学。それぞれのエリアを回って、気になる本を取っていく。あれこれ欲張ってしまったら、抱えた本の山が顔近くまで積み上がってしまった。
(さすがに重いわね)
ずしりとした重みを両腕に感じて歩きながら、とある本棚にちらりと視線を向けた。
(今日は人も少ないし、ちょっとだけ見てこようかしら)
らしくもなく、そわそわとあたりを見回す。うん、大丈夫。ちょっと見て、新刊があるかを確認してくるだけだもの。意を決して本棚に向かうと、少しだけ背伸びをして上の棚を覗き込む。
あ、あった。
片方の手を伸ばし一冊の本を手に取った。
幾分か装丁の安っぽいその本は、最近知った作家の小説だった。まだ一巻しか出ていないけれど、内容がとても好みだったから次巻が出るのを楽しみにしていたのだ。
(ラッキーだったわ、先週発売されたばかりのはずだから)
ふふふとほくそ笑んでその本を一番上に重ねると、全体のバランスを取り直す。
「さて、こんなものかしらね」
嬉しさのあまりうっかり出たひとり言は許してほしい。大量の収穫物を手に、私はうきうきとカウンターへ向かって歩き出した。
と、そこで血の気が引いた。
先ほどやりあった例の腰巾着、アルバート・チェイサーがそこに立っていたからだった。
0
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜
りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜
「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。
目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた!
普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」
完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。
――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。
「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」
推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか?
勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜
水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。
そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。
母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。
家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。
そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。
淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。
そんな不遇な少女に転生した。
レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。
目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。
前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。
上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎
更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる