悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

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秋の課題編

第三話 重ね合わせる

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 その日の放課後、私とチェイサーは園舎の中庭に併設されたカフェテリアの一席を陣取り、教科書を広げていた。
 昼食時には学生でごった返しているこの場所も、さすがにこの時間帯ともなれば人もまばらだ。
 
 まして、私がいるだけでたいていの生徒は離れた場所に席を取ろうとするので、秋風の吹くすごしやすい天気にもかかわらず、テラス席にいるのは私たちだけだった。
 
 割り当てられたページの参考文献を抜き出していると、チェイサーがふと口を開いた。
 
「サリバン嬢、うまくレオに乗せられたな」
 
 思わず手を止め、顔を上げる。チェイサー自身は視線を教科書に落としたまま続けた。
 
「あいつは、自分に向けられた好意を利用するのに長けてるからな」
 
 そこまで言ってようやくチェイサーはこちらを見た。
 
「消去法で俺を選ぶしかなかっただろう?」
 
 その声には少しだけ同情するような響きが含まれていて、私は黙ったままその目を見返した。
 
 たしかにそれは否めない。あの時感じた嫉妬の視線は背筋が凍るようだった。
 課題の締め切りは2週間後。もしもクラークと組んでしまえば、その間ずっとあの女たちからおどろおどろしい感情を向けられながら生活することになる。そんなのは御免だ。
 
「……私は優秀ですから、誰と一緒であろうとかまいませんわ。ただ私と組むからには、足を引っ張らないでくださいね」
 
 取り澄ました顔で言い放つと、チェイサーの口の端がひくりと動いた。
 
「君はいちいち憎まれ口を叩かずにはいられないみたいだな」
「早く終わらせたいのなら、手を動かしていただけないかしら」
 
 チェイサーはこめかみをぴくぴくとさせていたけれど、私の言うことがもっともだと思ったのか、それ以上は何も言わず作業を再開した。
 
 しばらくは黙々とした時間が続き、カリカリという文字を書く音だけが聞こえていた。
 
 一段落して握っていたペンをテーブルに置くと、日の差す中庭に目を移す。先ほどまで青々としていた空は色を変え、日光が傾きはじめているようだった。風もやや冷たくなった気がする。
 
 まもなく冬がやってくる。晩秋にはお父様は領地に帰るだろうから、今年はそれに同行しようかしら。そろそろ本格的に、後継者としての私を領民たちに認識させる必要があるだろうし……。
 
 そんなことを考えてぼんやりとしていると、わざとらしい咳払いが聞こえた。目を向けると、チェイサーが眉間に皺を寄せてこちらを見ている。
 
「手が止まってるぞ、サリバン嬢」
 
 責めるような言い方に、薄く笑ってみせた。
 
「私の担当分は終わりましたわ。あとはチェイサー様だけでしてよ?」
 
 目を見開いたチェイサーは、慌てたようにまた手元に視線を落とした。
 
 いい気味だ。私がさぼっているとでも思ったのだろうか? うつむき加減の頭をじろりと睨む。
 
 その時、ただの茶色としか認識していなかったチェイサーの髪が、黄色味の強いチェスナット色だということに気がついた。日に透けた前髪が、馬の栗色のたてがみを思い起こさせる。思いがけない発見に、まじまじとその頭を見つめた。
 
(この人、全体的に薄いんだわ)
 
 髪の色素も薄いけれど、瞳の色も肌の色もあまり主張の強い色をしていない。
 
 瞳は切長で、一見すると飄々とした印象を受ける。と言えば聞こえはいいものの、彫刻のように目鼻立ちのくっきりしたクラークと違い、あまり印象に残る顔とは言えなかった。
 
 体つきも、背ばかり高くてあまり逞しくは思えない。見習い騎士としても名高いクラークと並ぶと頼りなさそうな雰囲気が際立つ。
 
(なんでわざわざ彼とつるんでるのかしら)
 
 ご令嬢たちの興味も全部持っていかれるんでしょうに。なんだか哀れに思えてそのつむじを眺めていると、急にチェイサーが顔を上げた。
 
「……っ!」
 
 突然目が合ったことにびっくりして、言葉がすぐに出てこない。そんな私を恨めしそうに見て、チェイサーが言った。
 
「もう終わったから、そんな顔やめてくれないか」
 
 いったい私がどんな顔をしていたというの? 
 
 思わず手のひらを頬に当てると、チェイサーはそれまで書き込んでいた紙をこちらに向けた。
 
「おそらくこれで全部だと思う。この中からいくつかピックアップするか?」
 
 差し出された紙を見ると、存外、綺麗な字が目に留まった。
 
「あら」
「なんだよ?」
 
 文句を言われると思ったんだろうか。チェイサーは口をとがらせてこちらを見た。
 
「意外と素敵な字を書かれるんですのね」
 
 若干右上がりではあるけど、大きくて読みやすい字だ。それをそのまま伝えると、チェイサーは戸惑ったように目を瞬かせた。
 
「何を言ってるんだよ。レオのほうがよっぽど綺麗な字を書くじゃないか」
「クラーク様の書かれる文字は教科書のようですものね」
 
 事実、彼の文字は教師たちも脱帽するほど美しいと評判だった。
 
 私としては、あんなつまらない文字のどこに魅力があるのかわからない。筆跡に人となりが出るのが面白いのに。文字はときに言葉よりも雄弁だ。物語でもそういったくだりはよく登場する。
 
 そういえば、例の小説にも書いてあったわね。『男が一晩かけて書いた恋文からは、緊張と誠実さが伝わってきた』って。
 
(それってこんな文字だったのかしら)
 
 手元の紙をそっと指でなぞると、不思議そうな声が上から降ってきた。
 
「サリバン嬢?」
 
 はっと正気に戻る。黙ったままの私を、怪訝そうにチェイサーが覗き込んでいた。
 
「なっ、なんでもありませんわ!」
 
 ちょっと待って。
 いま、何を考えていた?!
 
 チェイサーの字を、あの本に出てくる恋文の字と重ね合わせていた?
 
「かっ、課題に使う本のピックアップは私がいたします。もう遅いので失礼しますわね!」
 
 テーブルの荷物をかき集めると、私は二人分のメモを掴んで立ち上がった。
 
「あ、ああ……。じゃあまた明日な、サリバン嬢」
 
 私の勢いに気圧されたチェイサーが後ろから声をかけてくる。けれども私は振り返ることはせずにその場を走り去った。
 
 
 
 
  * * *
 
 
 
 コンコン。
 木の扉をノックする乾いた音がして、私は部屋の入口を振り返った。
 
「入りなさい」
 
 許可を出すと同時に、ティーポットを載せたワゴンを押してアンナが部屋に入ってくる。
 
「アメリア様、紅茶をお持ちしました。少し休憩なさってはいかがでしょう」
 
 彼女はいつもいいタイミングでお茶を持ってきてくれる。思わず頬が緩んだけれど、私はその申し出を断った。
 
「あと少しだから、終わってからにするわ。自分でやるからお茶は置いていってちょうだい」
「かしこまりました。後ほど下げにまいります」
 
 扉の閉まる音を聞くともう一度机に向き直り、二つのメモを見比べる。
 
 羅列された本のうち、いくつかはすでに読んだことがあった。その中で役に立ちそうな書籍に丸を付け、未読の本にはチェックを付ける。こうしておけば、図書館で本を借りる際の目安になるだろう。
 
 そこまで終えると、席を立ってカウチへ移動し、準備されていたミルクティーをカップに注ぐ。ふわりと湯気の立つそれを持ち上げると、ひかえめな甘い香りがした。
 こくりと飲み込み、ほっと一息つく。
 
 明日は図書館へ行こうかしら。グループごとの進捗確認は三日後だけれど、早めに資料を集めておくに越したことはない。
 
「図書館か……」
 
 つぶやいた瞬間、なぜかチェイサーの顔が浮かんでガチャリとソーサーをテーブルに置いた。慌てて頭を振ってイメージを打ち消す。
 
 気のせい。絶対に気のせいだ。
 
 うっかり図書館で鉢合わせて、思いがけずプライベートな部分を見せてしまったが故に、小説の中のシーンと放課後の出来事がリンクして感じられただけ。そうに違いない。
 
 今まで現実と物語を混同したことなんてなかったのに、改めて自分の未熟さをまざまざと思い知らされた気になり顔が赤くなるのを感じた。
 
(まったく、夢見る乙女じゃあるまいし)
 
 紅茶を飲み干して、私は深くため息をついた。
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