悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

文字の大きさ
6 / 41
秋の課題編

第五話 悪役令嬢は英雄から逃げられない

しおりを挟む
 
 その日は班全体で集まって、課題のすり合わせをすることになっていた。

 講義が終わり談話室に入ると、まだ人はまばらで銘銘に話をしている。が、私が現れたのを見て、急に声を落としてひそひそと囁きだした。

 いつものことだけど、本当に不快だわ。

 向けられる視線を無視して、部屋の真ん中に置かれたソファに座る。本当なら足を投げ出してやりたいところだけど、それは流石に止めておいた。

 改めて室内を見回す。どうやら、チェイサーもクラークもまだ到着していないようだった。

(そういえば、一昨日の帰り際はおかしくなかったわよね?)

 心の中で自問する。

 チェイサーに腕を掴まれてからの記憶が曖昧なせいで、どうにも気持ちが落ち着かない。

 だって、彼のあんなにも慌てた顔なんて初めて見たし、思ったよりも手が大きいな、とか、まさか一番のコンプレックスの二の腕を握られるなんて、とか、色んなことが一気に頭を駆け巡って、パンクしてしまいそうだったんだもの。とっさに、何か見当違いなことを言った気もする。

 いくら考えても思い出せず、私は大きく嘆息した。

 その時、周囲がざわめいた。クラークとチェイサーが部屋に入ってきたのだ。

(あっ)

 チェイサーと視線が合ってしまいそうになり、意識的にクラークに焦点を移す。何故かは分からないけど、今チェイサーの目を見るのは危険な気がした。

「お待たせ。僕たちで最後かな?」

 クラークはぐるりと部屋を見渡すと、最後に私に目を向けた。視線を逸らすのもしゃくで、じっとその瞳を睨み返すと、クラークはふわりと笑った。

「じゃあ、進捗確認から始めようか」




 それぞれの報告が終わると、私は人知れずほっと息をついた。

 心配していた遅れはそれほどなく、リカバリー可能な範囲だった。悔しいけど、クラークの采配が効いているんだわ。これなら期限内に課題は完了するだろう。

 メモを取りながら今後のスケジュールを考えていると、クラークが静かに立ち上がった。

「最後に僕から発表があるんだ」

 もったいぶった物言いに、それまでがやがやとしていたメンバーが耳を傾ける。クラークはこほん、と咳ばらいをすると芝居がかった口調で続けた。

「なんと、アダムス男爵とお会いできることになったんだ」

 しぃん、とした静寂の後、教室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「えっ、それって?」
「有名なバロン・アダムス?」
「あの人ってまだ生きてるの?」
「ばか、まだご存命だよ」

 騒ぎ立てる聴衆に向かってクラークが手を挙げると、また辺りは静かになった。

「ちょうど今、男爵が王都に来ているらしい。今回の課題についてご意見を聞きたくて無理を承知でお願いしたら、快諾いただいたんだよ」

 わあっと歓声が沸く。その声をどこか遠くに聞きながら、私は興奮を抑えきれなかった。

(まさか、本物に会えるの?!)

 アダムス卿は豪商の生まれで、お金で爵位を買った一代男爵だ。ともすると揶揄されがちな立場だけれど、彼の偉業は誰も貶めることができないほど素晴らしいものばかり。

 国の英雄といえば第一にクラークの曽祖父の名前が挙がるけれど、私としてはアダムス卿の成し遂げたもののほうがずっと価値があるように思う。

 例えば、爵位とともに買った小さな領地は、十年で三倍もの石高となった。深刻な疫病が流行った時も犠牲者を最小限に抑えたし、その際に開発された薬は廉価れんかで販売され、今も国中で使用されている。

 その他諸々、かの偉人の業績は枚挙にいとまがないのだ。

 ご高齢で長らく領地で過ごされている上、気難しい方だということで有名だったので、実際にお会いすることは叶わないと思っていたのに。

 今回はさすがにクラークの功績を認めざるを得ない。だってあのアダムス卿との約束を取り付けるなんて! 恍惚感に浸っていると、甲高い声が耳に響いた。

「さすがレオナルド様ですね!」

 見れば、一人の令嬢がクラークにすり寄っている。そしてこちらにちらりと視線を向け、勝ち誇ったように目を細めた。

 あれは確か、コレット伯爵家のマリー嬢だわ。先日、レオナルドのことを潤んだ瞳で見上げていた令嬢だ。

 何故あんな顔で私を見るのかわからないけど、全くもって気に入らない。こちらも負けじと睨みを利かせると、コレットは一瞬怯んだものの、瞳を逸らすことなく見返してきた。

 そんな私たちの攻防を知ってか知らずか、クラークは絡んだ視線を断ち切るように私達二人の間に立った。

「ただ、大勢で押し掛けるわけにはいかないからね。僕を含めた二、三人で訪ねるつもりなんだ」

 距離を取られたことに不服そうなコレットが、再び彼のそばに寄り添って鼻にかかった声を出す。

「それならぜひ私が行きたいです! アダムス男爵には一度お会いしたいと思っていたんです」

 上目遣いでクラークの顔を覗き込む様子を見て、私は呆れ返ってしまった。なるほど。彼女はクラークが目当てなのね。それならば先ほどの敵意にも合点がいく。

 ここ数日でいくらか和らいできたとはいえ、グループ分けのときに感じた嫉妬の視線は、今もなお私に張り付いて離れなかった。あれはおそらく彼女のものだったんだわ。

 今回の訪問に同行すれば少しでもクラークとの距離を縮められると思ったのだろう。しきりにアダムス卿を褒め称えながら、必死についていこうとしている。

 でも、そんな不純な動機で卿に会いたいだなんて余りにも失礼すぎる。とても許されるものじゃないわ。メラメラと怒りが湧いてきて、両手のこぶしに力が入った。

 その時、抑揚のないクラークの声が低く響いた。

「コレット嬢、アダムス男爵の著書を三冊全て言えるかい?」
「え? え、と」

 突然尋ねられたコレットは、困ったように瞼を瞬かせた。媚びるように首を傾げ、クラークをまっすぐに見上げる。

 そんな彼女を、クラークは無言で見返した。微笑を浮かべているはずなのに、温かさが微塵も感じられない。そこには言い訳などさせない凄みがあった。

「……存じません」

 ついにコレットが折れた。瞳を伏せ、しゅんとした態度の彼女から目を離し、そのままクラークはこちらを見た。

「アメリアは、知ってる?」

 その挑発的な目に、思わずカッとなった。

「馬鹿にしないでください。自慢ではありませんが、アダムス卿の本は『農村革命』、『覚悟』、『次代へ繋ぐ』、全て読みましたわ。男爵領の年鑑だって読んだことがありますし、何なら彼がモデルのフィクション『バロン』だって愛読してるわよ!」

 男爵への敬愛の情を疑われた気がして、一気に捲し立てる。最後にうっかり口調が乱れてしまったことは、この際気にしないわ。

 ただならぬ私の様相にあっけに取られる周りとは逆に、クラークは満足そうに顔を綻ばせた。

「やっぱり、この中で男爵について誰より詳しいのはアメリアだね。これほどの適任は他にいないし、今回は僕とアメリアで訪問することにしよう」
「な……」
「日程の調整は後でするから、先に二人で質問事項を考えようか」

 また嵌められた。男爵に会えるのは嬉しいはずなのに、心の底から喜べない。

 コレットは先ほどよりも酷い顔つきでこちらを睨みつけているし、他の令嬢の表情も似たり寄ったりだ。

(どうしてこうなるのよ……)

 課題が終わるまではクラークとの接触はなるべく避けるつもりだったのに。この事態を避けきれなかったのは自分が悪いのだろうか。

 力が抜けてしゃがみ込みそうになるのをなんとかこらえ、視線をグッと上げると、そこにはチェイサーがいた。

 その顔は、憐れなものを見る目つきそのものだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜 「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。 目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた! 普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」 完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。 ――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。 「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」 推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか? 勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

処理中です...