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冬の婚約編
第十六話 冷たい庭園(1)
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「ホーク、先生?」
何故ここに彼がいるの?
思わず呼び捨てにしてしまいそうになり慌てて敬称をつけたけれど、ホーク助手は気にした様子もなくむしろ困ったように眉尻を下げた。
「僕は先生じゃないって前にも言ったと思うんだけどなぁ」
「祝賀会にいらしていたのですね」
ホーク助手が貴族だなんて知らなかった。もちろん、学園の職員なのだから身元がはっきりした人だろうとは思ってはいたけど、祝賀会に参加できるほどの立場だとは。
でも、この国の主要な貴族はほぼ頭に入っている。ということは、彼はどこか他の国の出身かしら? その割には、訛りのない綺麗な言葉を喋っているけど……。
私の疑問が顔に出ていたのか、ホーク助手は煙草の煙を吐き出し薄く笑って言った。
「僕は留学してそのままこの国に居ついちゃったクチでね。故郷の父から、せっかくいるのだから祝賀会に参加してこい、じゃなきゃ仕送りを止めるって言われちゃって」
それは困るんだよなぁ、と独り言ちる彼を見ながら確信する。これほど流暢に我が国の言葉を話せるのは、かなり高い教育を受けている証拠だわ。
これは、今後彼との接し方に気をつけなければならないかもしれない。
「ご出身はどちらですの?」
慎重に、でも率直に尋ねると、何気ない感じで返事が返ってきた。
「ノルストだよ」
「えっ」
それって。
「そう。ご存知の通り、クラーク君の曽祖父殿に鎮圧された西の蛮国さ」
「……」
皮肉めいた言い回しではあるけれど、その声に怨恨のようなものは感じない。
「そんなに構えないでよ」
ホーク助手はそう言ってくつくつと肩を震わせる。指先の煙草から、白い灰がほろりと落ちた。
「もうすでに国交は回復してるだろう? その証拠に、今夜はノルストの皇太子も来賓として呼ばれてる。近頃は我が国も近代化が進んで各国との交易が盛んだからね。僕のように他所の国へ留学する者も増えているんだ」
確かに、かの西国出身というだけで身構えるのは間違っている。
ただ、彼の雰囲気がそうさせるのだろうか。拭いきれない不安感がざらりと肌の上をなぞった。
「それはそうと、今夜の主役とも言える君が、こんなところにいていいの?」
今夜の主役は私ではなくて国王陛下でしょうとか、王宮の中庭をこんなところだなんてとか、色々と言ってやりたいことはある。けれど、そのせいで話を延ばせば彼の思うツボだ。
この場に長居するのは危険だと、私の直感が言っている。
「もう戻ります。先生こそ、いつまでもここにいてはご実家からの言いつけを果たしたことにならないのでは?」
そう言って顔を横に向けた直後、煙草の香りがより一層強くなった。
「!?」
視線を元に戻すと、思ったよりも近くにホーク助手の顔があった。驚く私を見て、丸い眼鏡の奥の瞳が鈍く光った気がした。
「心配してくれるのかい? でも大丈夫。出席したという事実があれば問題ないよ」
値踏みするような視線でありながら、ぎりぎり失礼には当たらない距離。
どう反応していいのかわからずたじろぐ私に、ホーク助手はいつもの掴みどころのない笑みを浮かべた。
「ねぇ、サリバン君。そのルージュの色は自分で決めたの?」
思わず一歩後ずさる。この人から距離を取らなくては。
「そのドレスにその色は合わないのに。変に目立って、唇にばかり目がいってしまうよ」
すっ、と私に向かって彼の手が伸びる。
触れるーー。
咄嗟に身を固くしたけれど、その指が私の頬に触れることはなかった。
庭園に、聞き覚えのある低めの声が響いたからだ。
「そんなところで何をしてるんだ」
「……!」
そんな、まさか。
そこには、祝賀会にいるはずのないアルバートの姿があった。
何故ここに彼がいるの?
思わず呼び捨てにしてしまいそうになり慌てて敬称をつけたけれど、ホーク助手は気にした様子もなくむしろ困ったように眉尻を下げた。
「僕は先生じゃないって前にも言ったと思うんだけどなぁ」
「祝賀会にいらしていたのですね」
ホーク助手が貴族だなんて知らなかった。もちろん、学園の職員なのだから身元がはっきりした人だろうとは思ってはいたけど、祝賀会に参加できるほどの立場だとは。
でも、この国の主要な貴族はほぼ頭に入っている。ということは、彼はどこか他の国の出身かしら? その割には、訛りのない綺麗な言葉を喋っているけど……。
私の疑問が顔に出ていたのか、ホーク助手は煙草の煙を吐き出し薄く笑って言った。
「僕は留学してそのままこの国に居ついちゃったクチでね。故郷の父から、せっかくいるのだから祝賀会に参加してこい、じゃなきゃ仕送りを止めるって言われちゃって」
それは困るんだよなぁ、と独り言ちる彼を見ながら確信する。これほど流暢に我が国の言葉を話せるのは、かなり高い教育を受けている証拠だわ。
これは、今後彼との接し方に気をつけなければならないかもしれない。
「ご出身はどちらですの?」
慎重に、でも率直に尋ねると、何気ない感じで返事が返ってきた。
「ノルストだよ」
「えっ」
それって。
「そう。ご存知の通り、クラーク君の曽祖父殿に鎮圧された西の蛮国さ」
「……」
皮肉めいた言い回しではあるけれど、その声に怨恨のようなものは感じない。
「そんなに構えないでよ」
ホーク助手はそう言ってくつくつと肩を震わせる。指先の煙草から、白い灰がほろりと落ちた。
「もうすでに国交は回復してるだろう? その証拠に、今夜はノルストの皇太子も来賓として呼ばれてる。近頃は我が国も近代化が進んで各国との交易が盛んだからね。僕のように他所の国へ留学する者も増えているんだ」
確かに、かの西国出身というだけで身構えるのは間違っている。
ただ、彼の雰囲気がそうさせるのだろうか。拭いきれない不安感がざらりと肌の上をなぞった。
「それはそうと、今夜の主役とも言える君が、こんなところにいていいの?」
今夜の主役は私ではなくて国王陛下でしょうとか、王宮の中庭をこんなところだなんてとか、色々と言ってやりたいことはある。けれど、そのせいで話を延ばせば彼の思うツボだ。
この場に長居するのは危険だと、私の直感が言っている。
「もう戻ります。先生こそ、いつまでもここにいてはご実家からの言いつけを果たしたことにならないのでは?」
そう言って顔を横に向けた直後、煙草の香りがより一層強くなった。
「!?」
視線を元に戻すと、思ったよりも近くにホーク助手の顔があった。驚く私を見て、丸い眼鏡の奥の瞳が鈍く光った気がした。
「心配してくれるのかい? でも大丈夫。出席したという事実があれば問題ないよ」
値踏みするような視線でありながら、ぎりぎり失礼には当たらない距離。
どう反応していいのかわからずたじろぐ私に、ホーク助手はいつもの掴みどころのない笑みを浮かべた。
「ねぇ、サリバン君。そのルージュの色は自分で決めたの?」
思わず一歩後ずさる。この人から距離を取らなくては。
「そのドレスにその色は合わないのに。変に目立って、唇にばかり目がいってしまうよ」
すっ、と私に向かって彼の手が伸びる。
触れるーー。
咄嗟に身を固くしたけれど、その指が私の頬に触れることはなかった。
庭園に、聞き覚えのある低めの声が響いたからだ。
「そんなところで何をしてるんだ」
「……!」
そんな、まさか。
そこには、祝賀会にいるはずのないアルバートの姿があった。
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