最愛の番になる話

屑籠

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 それから二週間後、再び朝陽の元にやってきた。
 採血をするのは俺だけなのに、啓生は周りでうわっ、痛っ、もっ、もうおわり? とかうるさかった。
 結果が出るまで、前と同じところで待つことになった。
 ソファーに座ると、啓生がはぁー、と息を吐きながら抱きしめてくる。
 
「啓生さんは、何もしてないでしょ」

 痛かったのも、血を取られたのも俺だし。どうしてそんなに啓生が疲れているんだろう?
 
「咲ちゃんが、痛い思いをするのが嫌なんだよ~」
「啓生さんが過保護なだけでしょ。俺だって、多少の痛みには慣れてるよ」
「慣れてちゃダメでしょ?」

 ますます不満げに、啓生は眉間にしわを寄せた。
 別に、怒ってはいなさそうだけど。どうして、そんな不満げなんだろう?
 俺は別に、仕方がない事だとは思ってるし、そもそも注射で騒ぐような年じゃないし。
 まぁ、啓生は騒いでるけど。

「咲ちゃん、痛みには敏感であるべきだよ」
「……でも、啓生さんは敏感すぎると思うんだけど。人の痛みまで気にする必要は無くない?」
「別に、誰も彼もの痛みにそんなに騒ぐ訳じゃないよ。でも、咲ちゃんは僕の番だからね」
「俺が傷付いたら、啓生さんが困るの?」
「僕がって言うより、僕の周りが困るんじゃないかな?」

 周り、と言うから風都と宗治郎を見ると、困ったような顔をしながら頷くものだから、そうなのかと納得する。
 でも、どうして困るんだろう?
 俺が、傷つくと啓生が怒るからかな? 啓生が怒ってるところを、そう言えばあまり見たことはない。
 それに、啓生が怒ってるところを見ても、そんなに怖くなかった気がするけど。

「啓生さんが怒ると、怖いの?」
「怖い……怖いのかな? 僕が怒ってる時ってあんまりないからわかんないな」
「恐ろしいですよ。啓生様は、四方なので」

 遠い目をしながら、宗治郎が言う。そうなんだ、と首を傾げた。
 啓生も自分のことなのに、そうなんだ、と宗治郎を見ていた。

「啓生さんは怖くないから、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないです。あたり一帯、大惨事になります」

 あたり一帯? 啓生は前に喧嘩も強いとか自分で言ってたけど、それは嘘とか誇張とかではなかった、ってこと?
 酷いことになるとかじゃなくて、大惨事?
 啓生って、そんな強いアルファなの?
 
「そんな事しないよ、多分……たぶん?」
「自信ないね?」
「んー、ほら、僕は咲ちゃんが大事だから。咲ちゃんに何かあったら、僕は何するか自分でも分からないから」
「そっか……でも、何かなんて、ないんじゃない? 俺の人生で何かあったとすれば、あの学校での出来事と、啓生さんの番になった事だよ」

 風都が今は常に一緒にいるし、四方の檻やマンションの一室は安全だし、たぶんもう直ぐ四方の檻に帰るんだろうし、危険になることは無いと思うけど。
 オメガの友達とアルファから逃げたことも、啓生に街で声を掛けられて番になったことも俺にとってはすごく衝撃的な事だし。
 
「ん? あぁー、確かにそうね。僕と番になったのは、咲ちゃんの中では衝撃だったの?」
「それは、そう。俺、だってベータだと思ってたし、ベータとして暮らしてたんだから。アルファに声を掛けられるなんて思っても見なかった」
「そっか。そう言えば、咲ちゃん僕と出会う前までベータだったものね」
「そうだよ。啓生さんが俺をオメガにしたんだろうが」
「んふふ、咲ちゃんが僕のオメガって意識だけで、ベータだったのを忘れてたよ。だって、出会った時からずっと咲ちゃんは僕のオメガだったんだもん」

 そう言えば、出会った始から啓生は俺に執着してたのか。
 四方だから番に気がついたのか、啓生だから俺に気がついたのか。
 
「僕のオメガ……啓生さんは僕の番とか僕のオメガとか俺によく言うけど、それって何かの確認? 確認しないと、俺のこと忘れちゃうの?」
「え、違うよ!? 咲ちゃんを僕のオメガとか番とか言うのはね、牽制なの。アルファは咲ちゃんについてる僕のフェロモンでわかると思うけど、オメガはアルファより鈍感な子が多いから。それに、ベータもね。こうして、僕の番だって常日頃から言ってたら、手出ししてこようとする人は居ないしね」
「啓生さんと外に出る機会なんてそんなに無いのに?」
「それでも、だよ。どこで誰が聞いてるか、見てるか分からないもの」
「そう、なんだ。アルファって、難儀だね」

 そうまでして不安になるものなの?
 まぁ、そうか。雫も言ってたけど、ベータでさえ不安になるんだから、アルファに安心なんて言葉はないのかもしれない。
 ……それって、俺も気をつけろって事なのかな?
 
「そうだねぇ。いつも不安なんだよ。自分の番が、誰かに取られないか」
「でも、啓生さんは俺の項噛んだじゃん? それでも、不安なの?」
「不安だよ~? 番の匂い以外は感じ取れなくても、咲ちゃんが抵抗しても、犯されたりする時は何をしてもされるからね」

 番になっているかどうかなんて、そいつには関係ない。
 ベータなら、番の意味すら分からない人もいるだろう。
 アルファよりオメガよりベータが一番危ないのか。でも、啓生と番になりたいオメガもそう考えると危ないのか。
 俺を、単体で狙いに来るアルファなんていないから、気をつけなきゃいけないのはアルファじゃなくて、オメガとベータ。
 この世界の大半がベータだから、俺って危ないんだな。
 
「……そうか、攫われる危険があるの、俺」
「そう……そうね。そうなの。だから、風都も居るし、本当はもう一人つけたいんだけど」
「もう一人?」

 俺、二人つくの? それは流石に窮屈すぎない?
 俺、あまり人が近くにいるの慣れないんだけど。
 むしろ、風都とは話し合って少し慣れたからいいけど、また新しい人……。
 それでなくても、四方の檻には俺以外にもたくさんの人がいるのに。
 
「風都はね、戦闘には不向きなの。そりゃ、四方の血を引いているし、その辺のアルファよりは強いけど、アルファとしての強さはね。でも、単純な肉体的な戦闘は本当に不向きなの。あの学校ぐらいなら大丈夫だとは思ってたんだけど、そうもいかなくなってきたし」
「不向きって、宗治郎さんよりも?」
「宗治郎は僕についてるだけあって、戦闘は得意だよ」
「……そうなの? 人は見かけによらないんだね」

 一見すると、宗治郎や啓生よりも風都の方が強く見える。
 背も高いし、体つきからも。
 それでも、やっぱり二人には負けてしまうのか。風都を見ると、苦笑して頷いていた。
 この中で、宗治郎が一番弱そうなのに、二番目。たぶん、一番目は啓生なんだろう。
 風都も、宗治郎も啓生を本能で怖がっているように見える。
 そんなに、恐ろしいのにそんな人に仕えるのってなんかアルファって変なの。
 俺なら逃げたくなるけど。それが、アルファとベータの違いなのかな?
 それとも、性格の問題?
 あぁ、でも恐怖で支配するとかも、聞いたことがあるから、そう言うものなのかも。
 強さに、惹かれるってやつでもあるのかな?
 恐怖と強さって、そう変わらないのかも。

「啓生さんは、優しくいてね」
「ん? うん、そうね。咲ちゃんには優しいままの僕でいると思うけど」
「んー、まぁ、いいか」

 それから朝陽に呼ばれて診察室へと移動した。
 検査結果の紙を渡されて、この数値と指さされる。
 見ても分からないから、啓生に紙は渡した。その行動に、朝陽は呆れたように俺を見たけど、見ても分からないから仕方が無いだろう。

「まぁ、その数値が前回よりも増加してる。つまり、妊娠してる可能性があるってことですね」
「そうなんだ……え、妊娠してるの、俺」
「だから、そう言っています」
「そっか……そうなんだ。啓生さん、俺、妊娠してるんだって」
「うん、僕もここにいたから聞いてるよ? ありがとうね、咲ちゃん。僕はとっても嬉しいです」
「なんか……実感がない」

 腹を触ってみても、居るなんて分からない。
 ぼんやりと、そこ見つめてしまう。
 そんな俺を、啓生は抱きしめてきて頭を撫でてくる。

「啓生さんの、子供……」
「咲ちゃんが産むんだから、咲ちゃんの子供でもあるよ~?」
「うん……なんか、本当にそうなの?」

 朝陽を見ると、朝陽は息を吐いて頷く。
 なにを言ってるんだと言わんばかりに。
 自覚が無いんだから、仕方がないじゃないか。それに、本当に妊娠するなんて思ってなかった。

「経過観察ではあるが、その可能性は十分にあります。まぁ、運命同士の発情期なんて出来て当たり前ってところですが。咲也様の場合は、ベータからオメガになった関係で、もう少しできるのは後だとは思っていたんですがねぇ。次期ご当主の執着が随分と強いようで」
「何言ってるの、朝陽?」
「いえ、すみません」

 やっぱり、朝陽も啓生が怖いみたい。
 少し、いつもより低い声で呼ぶだけでサッと顔色を変えるぐらい。
 でも、みんな啓生から離れていこうとは思っていないみたいだし、よくわからないや。
 俺なら、逃げたくなるけど。
 
「僕が咲ちゃんに執着するのなんて、当たり前でしょ? 僕の運命で番で、そして僕の最愛のオメガなんだよ?」
「そうですね、はい。あぁ、それから前回処方した抑制剤は妊娠中、服用しないでくださいね。抑制剤自体、あまり体にいいものではないので。あと、啓生様と風都さんと宗治郎さんは採血してって。前回の啓生さんの検体はあるが、今は不足してるんで」
「検体って、僕らは実験動物じゃないんだけど?」
「四方の血がどれだけ貴重だと思ってんだ? いいから、少しでも多くおいてってくださいね」

 これが、前に言ってたマッドサイエンティスト?
 被検体にしか見られてないっていうやつ?
 さらっとすごいこと言って、血液置いてけって。
 びっくりして、朝陽を二度見しちゃった。
 
「じゃあ、これで。次は、また啓生様に連れてきてもらってください。産婦人科については俺の専門外なので、別の医者になります。ですが、彼もオメガで四方の血が入っているので安心でしょう」
「あぁ、そっか。オメガの医者って村雲?」
「えぇ、そうです」
「ふぅん? わかった」

 なんか、少しだけ啓生が警戒したような気がする。
 でも、医者に警戒しても仕方が無い気もするけど。

「蓮生さんのところの番さんもかかってるので、安心してください」
「四方の血を、心配なんてしてないよ。ただ、警備の問題」
「……院内で、物騒なことはなるべく控えてくださいね」
「気をつけるよ」
 
 そう、啓生は真面目な顔をしていったけど、そうか、ここにも護衛を連れてくることがあるのか、と俺は内心思っていた。
 啓生に病院へ連れてきてもらうとして、男オメガが生むときは病院で、と学校で言っていた。
 詳しくは知らないけど。その辺については、興味もなかったし、俺に関係ないと思ってたから。
 関係あるとしても、その辺の手配は啓生か、もしくは宗治郎がするのだろう。だから、やっぱり関係ない。
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