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追放薬師と病の姫君
しおりを挟む婚約破棄され、追放されたイルミ。
しかし、彼女には〈薬師〉としての確かな才があった。
今日も彼女の診療所―こぢんまりとした、質素な―には、患者が彼女と彼女の薬を求めてやってくる。
的確な診断に、処方される有用な薬。
彼女の腕前は、遠く、王都まで響いた。実はその時、箝口令が敷かれていたが、末の姫君―わずか八歳―が、謎の病に伏していた。
間欠性の熱に、身体中に浮き出る発疹。特に背中一面に広がったそれは常に熱を持ち、姫君の小さな身体と心を蝕んでいた。
王宮付きの医師たちが束になってもわからない病。
そんな中、聞こえてきたイルミの評判。
反対意見はあった。何処の馬の骨ともわからぬ小娘を…などと。
しかし、それらを王妃は一喝した。
「エミリの病も治せぬのに、他者を批判するとは!そんな暇があるなら、早く姫の病を治せ!!」
そうして、イルミの元に、ひっそりと王宮からの使いがやってきたのは、秋晴れの十月のある日だった。
事情を聞いたイルミは、しかし、戸惑った。苦しんでいるのならば、それは診て差し上げたい。しかし。
「私は勘当され、追放された身です。そんな者が王宮に上がるなど、恐れ多い事です…」
使者は言った。
「心配はご無用です。それらの事情も〈知った上で〉、王妃様はあなた様を呼びたい、と」
そこまで言ってくれるなら…と、イルミは王宮へ向かう決心をした。
そうして使者とともに着いた王宮。
謁見の間で相対した国王と王妃はともに憔悴していた。
「そなたがイルミ殿か…評判は聞いている」国王が言う。
「どうか姫―娘を診て欲しい」
王妃も頷きながら、言葉を連ねる。
「どうか、頼む。エミリを助けて欲しい」
通されたエミリ姫の部屋。
少女はぐったりとした様子で目を瞑っていた。
王宮付きの医師が書いたカルテに目を通す。
―全身に発疹…特に背中に酷い…間欠性の熱…これは…。でも…。
診察に移る。
いまは熱が下がっているが、ぐたりと脱力している。
「お姉ちゃんに、背中、見せてね」
声をかけ、エミリの寝間着を脱がす。
一目見た瞬間、イルミは悟った。
これは…。
診察を終えたイルミに、王妃と王宮付きの医師たちも交えて、結果を訊く。
イルミは言った。
「エミリ様は、〈薔薇熱〉だと思われます」
「なんだそれは?」
王妃が問う。
答えようとしたイルミを王宮付きの医師のひとりが笑う。
「馬鹿な!〈薔薇熱〉は砂漠地帯で見られる疾患だ。ここは豊かな王国。それに〈薔薇熱〉は間欠性熱ではない。やはり、小娘、信用ならん!!」
「黙れ!!」そのあまりの態度に王妃が怒鳴った。
「この者をつまみ出せ!!」
あれよあれよと引き出されてしまった。
気まずい沈黙。
王妃が言った。
「イルミ殿、済まない。そなたの見立てを頼む」
ゴホン、と咳払いしてから、イルミは説明した。
〈薔薇熱〉―通常、砂漠など、極度に乾燥した地帯で見られるウイルス〈ローザ・ヤーン〉に感染する事で起きる感染症だ。
症状としては高熱・倦怠感・食欲不振・全身に発疹など。急性期には四十度を超える高熱で適切な対処を取らねば、命に関わる。特徴的なのは患者の発疹―特に背中に出来るものが、あたかも薔薇のように見える事から、この名がついた。
「これは私の推察ですが、変異した〈ローザ・ヤーン〉ウイルスに、エミリ様は感染した、と思われます。ですので…」
イルミの説明を王宮付きの医師たちは驚いた顔で聞いていた。
すべてを聞き終えた王妃はすぐさま、「言う通りに!」と命じた。
数日後。
すっかり元気を取り戻し、王宮の庭を駆け回っているエミリ姫を、国王と王妃は微笑ましく見守っていた。
その様子を見届けて、イルミは帰途に着く事にした。
「ずっとここにいてくれぬか?」
王妃の問いにイルミは静かに断った。
「私にはあの診療所が一番です」
王宮付きの医師たちからも質問攻めにあった。
どれも当然の疑問だった。
何故、間欠性熱だったのか?
おそらく、変異した〈ローザ・ヤーン〉ウイルスの症状変化。
エミリ様以外の感染者が出なかったのは?
おそらく、看護者を最小限の人数に抑えていた為。
「私にもわからないです…。だけど、薬が効いて良かったです」
朗らかに笑う少女―イルミはまだ十七歳なのだ―に、腕利きの医師たちは沈黙した。それから非礼を詫びた。
診療所に戻った、イルミは早速やって来た、患者の診断に取りかかる。
口々に「イルミさんがいない間、大変だったよ」と言われた。
イルミは嬉しいような複雑な気持ちになった。
―病気やら怪我やらはならないのが一番なんだけどね…。
今日もまた、イルミは診療所を開ける。
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