夜の底

桐原まどか

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夜の底

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見て。星々がきらめいてるわ。綺麗ね。

月ももうすぐ満月ね。

どうして泣いてるの?

―行っちゃ、やだ?
そう言われてもね...

ね、約束するわ、お姉ちゃん、絶対、宏樹のこと、忘れないから。

早瀬璃乃が先天性心疾患により、わずか11年の人生の幕を閉じた。
彼女を「お姉ちゃんと結婚する!」とまで言って、慕っていた4つ歳下の弟・宏樹は、何故か葬儀の間、ぼうっとしていた。
涙ひとつこぼさない宏樹を見て、不思議がる、周囲。
宏樹の頭のなかは、ひとつの考えに支配されていた。

「お姉ちゃん、ぼく、約束守るよ」

宏樹と璃乃の約束。
泣かずにわたしを見送って。
そうしたら、満月からメッセージを送るから。

出棺し、御骨を拾った。小さな小さな白いカケラ。
姉だったもの。
宏樹はこんなのお姉ちゃんじゃない、と思った。
気付くと声を張り上げ、泣いていた。

泣き疲れて、眠りに落ちた宏樹は夢を見ていた。
姉が、璃乃が「ひろちゃん、泣いちゃったね」と頭を撫でてくれる。
「無理だとは思ってたんだ...ごめんね、意地悪言って」でも、と続ける。
「約束、一生懸命、守ってくれようとして、ありがと」
宏樹、お姉ちゃん、宏樹がだぁいすきだよ。
そう言って頬にチュッとキスをくれた。

「バイバイ、宏樹。忘れないで、お姉ちゃんはいつだって、宏樹を、お母さんとお父さんを見守ってるからね」
じゃあね、と璃乃は立ち上がって、どこかに姿を消した。

目を覚ました宏樹は、だっと走り、窓に駆け寄った。
もどかしくカーテンを開ける。
大きな満月が、夜の底で笑ってるように見えた。
それを見て、宏樹の胸に、何かがストン、と落ちた。
「バイバイ、お姉ちゃん...」
呟くのを、星々が見守っていた。
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