桐原まどか

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入店のピンポン音がした。
女性店員は言う「いらっしゃいませ」
お客がカゴを手に買い物を始める。
ここはとあるコンビニである。
日曜日の午後は緩慢な時間が流れていた。
女性店員は「暇だといいなぁ」と考えていた。何故か。次の夕勤の出勤者が来るまで、ワンオペだからである。
勤めて長いので、お客を捌くのに自信はあるが、やはりしんどいものはしんどいからだ。
店内には有線の音楽が流れている。今どき流行りの、テンポの速い曲だ。
何気なく聴いていると、ん?と思った。何だか…。
お客がレジに来た。
「いらっしゃいませ」
会計をする。
一瞬感じた違和感を、そのまま忘れてしまった。

次の週。日曜日の午後。
今日は近くでイベントが催されていて、忙しない。ひとりで捌けはするが、多少はお待たせしてしまう。
「お待たせいたしました」
とお客に声をかける。
と、耳に不意に「…やだ…」と声が聞こえた。女性…もっと言うなら、子供の声。けれど。子供は…いない。
レジを打ちながら、確認する。いない。気のせいか。しかし、その日は、退勤まで、その声が耳に残っていた。

その話は、本当に偶然、耳にした。
平日、店長が呑気に常連さんと喋っていたのだ。
常連さんが、ふと思い出した、という様子で言った。
「そういえば、ひかりちゃん?だったっけ?亡くなってから、十年経つねぇ」
店長が頷く。
「あぁ、林さんとこの…あれは気の毒だったね…」
女性店員は記憶のページを捲った。
―林ひかり…?確か…
その瞬間、ぞわっと全身が総毛立った。
同僚に断りを入れ、バックヤードに引っ込む。
心臓がドクドクと早鐘を打っている。
―どうして
汗が流れてくる。暑さのせいではない。
―どうして忘れてたの?

あの日、お祭りに行く約束をした、ひかりちゃん、気に入りのぬいぐるみを抱え、浴衣姿で…
走ってくる大型トラック。
スローモーションで世界が見えた。
跳ね飛ばされた、ひかりちゃん。
ぬいぐるみがこっちに飛んできた。
母が咄嗟に自分を抱えて…。

―忘れてた。忘れてた。
涙が溢れてきた。ボロボロと頬を大粒の涙が滑り落ちる。
一番仲良しだった、大好きだった、ひかりちゃん。
歳下だったけど、可愛かった。
「お姉ちゃん」と呼んでくれた。
「ごめん…ごめんなさい、ひかりちゃん…」
彼女の口から言葉が零れていた。
不意と、有線の音楽が途切れた。
「ありがとう…」と囁くような声が聴こえた。

花束を持ち、現場にやって来た。
わずかながらも、供え物がある。
彼女が花を置き、手を合わせていると、声をかけられた。
「もしかして…和泉さんのところの由紀ちゃんかい?」
その人物を見て、あっ、となった。
違和感を抱いた時に会計に来た、お客様。
ひかりちゃんのお父さん。
「あぁ、やっぱり。あそこのコンビニで働いてるね。名札がないから自信がなくて、声がかけられなかったんだよ…」
個人情報保護の為に名札は廃止されていた。
「やぁ、こんな風に言うのは不謹慎かもしれないけど、嬉しいね。ひかりを憶えていてくれたんだね」
ひかりの父親は相好を崩した。
ふたりで改めて手を合わせる。

由紀は正直に話した。
事故のショックで、ひかりの事を忘れていた事、いままで弔いに来れなかった詫び…。
ひかりの父―正隆は手を振った。
「仕方ないよ。あんな凄惨な現場だったんだ。忘れても…」
「でも…ごめんなさい」
由紀は頭をさげた。
それから店で起きた事を話した。
「…そうか…ひかりのやつ、由紀ちゃんに会いたかったのかな? あの頃はいっつも『由紀お姉ちゃん』って言ってたからな…」
遊びたがってるのかな…と呟くように言った。
大型トラックが向かって来ていた。
由紀は背中に衝撃を感じた。
―えっ?
跳ね飛ばされる。痛い。
地面に叩きつけられる。悲鳴。

最期に妙にくっきりと声が聴こえた。
「由紀ちゃん、〈今度こそ〉ひかりとずっと仲良くしてやってくれ…」

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