1 / 1
声
しおりを挟む入店のピンポン音がした。
女性店員は言う「いらっしゃいませ」
お客がカゴを手に買い物を始める。
ここはとあるコンビニである。
日曜日の午後は緩慢な時間が流れていた。
女性店員は「暇だといいなぁ」と考えていた。何故か。次の夕勤の出勤者が来るまで、ワンオペだからである。
勤めて長いので、お客を捌くのに自信はあるが、やはりしんどいものはしんどいからだ。
店内には有線の音楽が流れている。今どき流行りの、テンポの速い曲だ。
何気なく聴いていると、ん?と思った。何だか…。
お客がレジに来た。
「いらっしゃいませ」
会計をする。
一瞬感じた違和感を、そのまま忘れてしまった。
次の週。日曜日の午後。
今日は近くでイベントが催されていて、忙しない。ひとりで捌けはするが、多少はお待たせしてしまう。
「お待たせいたしました」
とお客に声をかける。
と、耳に不意に「…やだ…」と声が聞こえた。女性…もっと言うなら、子供の声。けれど。子供は…いない。
レジを打ちながら、確認する。いない。気のせいか。しかし、その日は、退勤まで、その声が耳に残っていた。
その話は、本当に偶然、耳にした。
平日、店長が呑気に常連さんと喋っていたのだ。
常連さんが、ふと思い出した、という様子で言った。
「そういえば、ひかりちゃん?だったっけ?亡くなってから、十年経つねぇ」
店長が頷く。
「あぁ、林さんとこの…あれは気の毒だったね…」
女性店員は記憶のページを捲った。
―林ひかり…?確か…
その瞬間、ぞわっと全身が総毛立った。
同僚に断りを入れ、バックヤードに引っ込む。
心臓がドクドクと早鐘を打っている。
―どうして
汗が流れてくる。暑さのせいではない。
―どうして忘れてたの?
あの日、お祭りに行く約束をした、ひかりちゃん、気に入りのぬいぐるみを抱え、浴衣姿で…
走ってくる大型トラック。
スローモーションで世界が見えた。
跳ね飛ばされた、ひかりちゃん。
ぬいぐるみがこっちに飛んできた。
母が咄嗟に自分を抱えて…。
―忘れてた。忘れてた。
涙が溢れてきた。ボロボロと頬を大粒の涙が滑り落ちる。
一番仲良しだった、大好きだった、ひかりちゃん。
歳下だったけど、可愛かった。
「お姉ちゃん」と呼んでくれた。
「ごめん…ごめんなさい、ひかりちゃん…」
彼女の口から言葉が零れていた。
不意と、有線の音楽が途切れた。
「ありがとう…」と囁くような声が聴こえた。
花束を持ち、現場にやって来た。
わずかながらも、供え物がある。
彼女が花を置き、手を合わせていると、声をかけられた。
「もしかして…和泉さんのところの由紀ちゃんかい?」
その人物を見て、あっ、となった。
違和感を抱いた時に会計に来た、お客様。
ひかりちゃんのお父さん。
「あぁ、やっぱり。あそこのコンビニで働いてるね。名札がないから自信がなくて、声がかけられなかったんだよ…」
個人情報保護の為に名札は廃止されていた。
「やぁ、こんな風に言うのは不謹慎かもしれないけど、嬉しいね。ひかりを憶えていてくれたんだね」
ひかりの父親は相好を崩した。
ふたりで改めて手を合わせる。
由紀は正直に話した。
事故のショックで、ひかりの事を忘れていた事、いままで弔いに来れなかった詫び…。
ひかりの父―正隆は手を振った。
「仕方ないよ。あんな凄惨な現場だったんだ。忘れても…」
「でも…ごめんなさい」
由紀は頭をさげた。
それから店で起きた事を話した。
「…そうか…ひかりのやつ、由紀ちゃんに会いたかったのかな? あの頃はいっつも『由紀お姉ちゃん』って言ってたからな…」
遊びたがってるのかな…と呟くように言った。
大型トラックが向かって来ていた。
由紀は背中に衝撃を感じた。
―えっ?
跳ね飛ばされる。痛い。
地面に叩きつけられる。悲鳴。
最期に妙にくっきりと声が聴こえた。
「由紀ちゃん、〈今度こそ〉ひかりとずっと仲良くしてやってくれ…」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる