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人間に恋したドラゴンは、人間になるためにチャーハンを作る!?

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これは人とドラゴン、魔法がそれぞれ近しい世界での話…。

「わたし!あなたの事が好きなの!」
メスのドラゴン・マーシャが恋したのは、人間の魔導師・パランだった。一世一代の恋の告白は、しかし、多くの予想通り、玉砕した。

洞窟に泣き声が反射している。
可愛い妹の失恋に兄ドラゴン達は心を痛めた。
長男であるイアンが次男のシアンに言った。
「マーシャが泣いてるのは可哀想だが…そもそも人間とドラゴンじゃあなぁ…」言葉を切る「かといって、ドラゴンのオスは嫌!って言ってたしな」
シアンは兄の言葉に、「…兄さん」と重々しい調子で言った。
その暗さにイアンがギョッとなったくらいだ。
「な、なんだ、どうした、シアン?身体の具合でも悪いのか?」
シアンは首を横に振った。
「違うよ。実はさ…」
シアンの話はこうだ。
先日、風の赴くまま、遠出した。
そこにいたドラゴンたちの話…。
ここから更に南に行った、とある孤島に住む魔女ならば、どんな生物も〈人間〉に出来る、という事だった。ただし、代償は勿論ある。
その魔女が一等気に入ったものを差し出さねばいけないそうだ。
イアンは言った「…まるで人間のおとぎ話の〈人魚姫〉みたいだな。マーシャが死んじまうって事か?」
いや、とシアン。
「そうとも限らないみたいだよ」
話し合いの末、イアンとシアンは魔女を訪ねる事にした。

南の孤島はヤシの木がそこここに生え、しかしきちんと手入れされているらしく、植物たちが美しく景観を作っていた。
そうして、とても魔女が住んでるとは思えないコテージから出てきたのは、蜂蜜色の緩くウェーブがかった髪は腰までの長さ、同じく蜂蜜色の瞳がキラキラした…見た目18、19歳の少女だった。
「いらっしゃい!!お客様は久しぶりだわ!!歓迎するわ」にこにこととても明るい。
ドラゴンの兄弟は毒気を抜かれた気分になった。
イアンが恐る恐る声をかけた。
「その、あなたが、〈どんな生物も人間〉に変える魔法を使える魔女様、ですか?」
それを聞いて、彼女はコロコロと笑った。笑い上戸らしい。
「魔女様、なんて!私はサラよ。確かに〈生物を人間〉に変える魔法を扱えるわ」
兄弟は事情を話した。
妹が恋焦がれた魔導師・パランの事。一世一代の恋の告白。玉砕。悲しみに暮れている妹の事を思うといてもたってもいられない事…。
サラはその蜂蜜色の瞳に涙をため、ついには落涙した。
「あぁ!なんて健気なの、マーシャちゃん!」どうやら喜怒哀楽が激しいタイプのようだ。
「いくらドラゴンだからって、人間の魔法の練習に付き合うだなんて!」彼女はほっそりとした指先で涙を拭った。
キッと顔をあげ、言った。
「マーシャちゃんを連れてきて!やれるだけやってみるわ!」

後日。まだ鼻をぐすんぐすんいわせているものの、大分落ち着いたマーシャとともに、再び、孤島へ降り立った。
「いらっしゃーい!」サラは満面の笑顔で、手を振って出迎えてくれた。

「はじめまして、マーシャちゃん。お兄ちゃんたちに聞いてたより、ずうっと美人さんね!」サラは明るく言った。「話はお兄ちゃんたちから聞いたわ…あなた…〈人間〉になりたい?」サラの問いかけにマーシャは、一瞬ためらった後、コクン、と頷いた。
「〈人間〉になったからといって、パランと結ばれるとは限らないわ。それでも?」更なる問いかけに、マーシャはポロポロ涙を零した。
「はい…。チャンスがあるなら賭けてみたいです…」
その言葉にサラは頷くと、「じゃあ、魔法をかけるわ。ただし〈代償〉を貰わなきゃいけないの。これは魔法を使ううえでの〈絶対の掟〉なの」

※※※※
手紙で海辺に呼び出されたパランは、若干気まずいような、複雑な気持ちだった。
マーシャ。ドラゴンの女の子。
可愛らしいとは思う。「わたしはドラゴンだから、へいちゃらよ」とパランの魔法の稽古に付き合ってくれた。何年も何年も。そのマーシャから恋の告白を受けた時、彼は思ったのだ…もしも彼女が〈人間〉だったなら…。頭をひとつ振り、約束の場所へ着いた。
そこには果たして、歳の頃は17、8歳だろうか?
スラリとした細身の少女だった。
髪の色は茶色。
瞳の色は赤。マーシャと同じ、赤…。
「マーシャ?…」
呟きが唇からこぼれ落ちた。まさか。
「パラン…」少女の瞳が揺れている。「わたし、マーシャよ。信じられないでしょうけど…魔女様に、サラ様にお願いして〈人間〉にしてもらったの」
それを聞いたパランはそっと手を伸ばした。「手を…触ってもいいかい?」
「えぇ」
マーシャの手に触れるパランの手…。温かい。紛れもなく人間のそれだった。

二人は海辺でそれまでの互いの思い出を時を忘れて語り合った。
そうしてパランは、ふと気付いた、というように尋ねた。
「そういえば、代償って何を払ったんだい?」
マーシャはくすくすと笑いだした。
「それがね…」

※※※※
「…よし!チャーハンを作って!」
サラの唐突な言葉にみなが固まった。
んんん?チャーハン??
「マーシャちゃんの恋の火力で、私にチャーハンを作って!それが〈代償〉よ!」
サラは大真面目だった。
口を開いたのはマーシャだった。
「それで、良いんですか?」
「勿論。魔女に二言はないわ!」
サラは胸をどんと拳で叩いた。

という訳で、調理開始。といっても、卵と葱だけのシンプルなものだ。
マーシャが火を噴くので、イアンが中華鍋を振る。シアンが適宜、調味料を入れた。
完成したホカホカでパラパラのチャーハンを、サラはレンゲですくい、口に入れた。ドキドキしながら、見守る。
やがて、こくんと飲み込むと「美味しい!」と喜んだ。
パクパク食べ進め、あっという間に皿は空になった。
「ご馳走様でした」
丁寧に手を合わせ、挨拶した。
「とっても美味しかったわ。ありがとう。これで私は〈代償〉を受け取ったから、マーシャちゃんを〈人間〉に変えるわね」
覚悟はいい?
の問いかけに、マーシャは兄たちを振り返った。
「イアン、シアン…」
兄ドラゴン達は無言で手を振った。
「わたし、行くね!」
妹とサラを見送った。
「またね!」
妹の声が響いている気がした…。

※※※※
「チャーハン!」パランは声をあげた。「魔女の魔法の〈代償〉になりうるチャーハンか、食べてみたいな」
その言葉に、マーシャはうふふ、と笑うと着ているワンピースのポケットから手のひら大の鱗を取り出した。
「それは…?」
覗き込むパラン。
「これはね、わたしがドラゴンだった時の鱗。一回だけだけど、炎が出せるの」マーシャは嬉しそうに続けた
「サラ様がパランにも作ってあげなさいって、残して渡してくれたの!」
そうして頬を赤らめ、「良かったら、チャーハン、食べて欲しいな…」と言った。
「んー、あー、汚いけど、俺の家のキッチンで…出来る、かな?卵と葱ならあるけど…」
その言葉にマーシャはパッと顔を輝かせて頷いた。
若い二人は夕暮れの海辺を歩み去っていった…。

この恋がどうなったかは、神のみぞ知る…。
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