美徳

桐原まどか

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美徳

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ここに女がひとり、いる。
彼女は極度の人見知りである。不慣れな他人に対してだとガッチガチに緊張してしまうのだ。言葉を発しようとすれば、舌は凍ったようになり、挨拶するのが精一杯。おまけに彼女は『ひとり』でいる事が好きだった。幼少の頃より、友達と遊ぶより、絵本を選ぶ、そんな子供だった。社交性が身につくはずがない。そんな彼女の前に、チラシが落ちていた(ちなみに仕事帰りである)。普段なら完全スルーする、それを、彼女はまじまじと読んだ。「コミュ障?人見知り?そんなのあなたの思い込み!社交性なんて30分で身につく!良ければ参加しませんか? 日本社交性協会 ※無料です」
怪しい…。彼女はそう思った。無料、と強調してあるところが尚更である。変な教材を高値で売りつけられるのがオチだろう。しかし…彼女は横を見た。そこにはごく普通の喫茶店がある。『本日貸切』の貼り紙。そう、彼女が目にしたチラシの催しが行われているのである。
意を決して、彼女は喫茶店の扉に手をかけた。
カランカラン、とベルが小気味いい音を立てた。同時に彼女に向けられる視線。思わず怯んで逃げようとなる。と「ようこそ!ウェルカム!日本社交性協会へ!!」と大音声が響いた。現れる50絡みの男性。彼女に向かって、それはそれはフレンドリーに右手を差し出す。思わず握手に応じてしまう。「いやぁ、ようこそ、わたくし、日本社交性協会○○支部長・山並、と申します」さぁさぁ、と、彼女はあっという間に輪の中心に連れていかれた。半ば呆然となる彼女。14、5人ほどの人間がいる。にこにこ顔の山並氏。「おっと自己紹介は不要。ただひとつだけ」右手人差し指を立てる山並氏。「あなたは社交性を身につけたいですか!?」勢いに呑まれ、思わず、「はいっ」と上擦った声で返事をしてしまう。「ならば!」山並氏「30分、あなたの時間を我々に下さい。必ずや、あなたに社交性を!」すっかり釣りこまれた彼女は「はいっ、宜しくお願いします」と頭を下げた。                  ※※※※
次の日の朝。会社のロッカールームに一際大きな声が響く。「おはようございまーす!あ、△△さん、私服、可愛い~♪実は私、前から素敵だと思ってたんだ~」あの、人見知りの彼女である。一夜明け、変貌を遂げた彼女に呑まれる同僚たち。ただただ面食らうのみ。周囲にお構い無しにマシンガントークの彼女。彼女が『社交性』を身につけたのかは謎だ。
ただひとつ、失ったものはある…『羞恥心』だ。

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