コンビニ怪談

桐原まどか

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コンビニ怪談

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「いらっしゃいませー」平坦な、いかにもマニュアルです、というような挨拶が響く。男は特に気にも止めず、まっすぐドリンク売り場へ向かった。
扉を開け、目当てのコーヒーが…無い、のぞき込むと、視線が合った。一瞬ドキリとなる。補充作業中の店員だった。店員は淡々と作業している。諦めて、別のペットボトルコーヒーを手に取った。
レジに向かう。
「いらっしゃいませ」笑顔の女性店員は、「ポイントカードはお持ちですか?」と問うてくる。面倒くさいので、首を横に振る。と、突然、有線の音楽が途切れた。続いて、キキーっ!ガッシャン!!という音が響き渡った。
男はぎょっとなったが、目の前の店員は淡々と「149円です」と告げてくる。その平静さに、自分が幻聴を聞いたのかと思った。音楽は普通に戻っている。他のお客達も…涼しい顔をしている、ように、男には見えた。
「お客様?どうかなさいましたか?」店員が不思議そうな顔で聞いてくる。
さっさと会計し、店を出た。が、後ろ髪を引かれるような気がして、振り返った。どこにでもある、ごくごく普通のコンビニ…だった。男は頭を振り、車へ戻った。―会社に帰ろう。
※※※※
「今日のお客は、まぁ、見事にフリーズしてたわぁ」と、あの時、男を接客した女性店員は煙草の煙を吐きながら言った。
「常連さん達は微動だにしないのにね」くっくっく、と笑う。「見たかったなー、俺、冷蔵庫にいたからなぁ」と、あの時、ドリンクを補充していた男性店員が言った「面白いよな、初見っていうか、初聞きの反応は」
バックヤードでの会話である。このコンビニでは、毎日きっかり、午後1時17分になると、有線の音楽が途切れ、車の激しいクラッシュ音が響く。最初はひどく驚く。怖がる。が、音が聞こえる以外は、特に害は起きない。という事は…。
「慣れって怖いわよね」と、煙草を灰皿で揉み消しながら、女性店員が言う。彼女はここに勤めて5年になる。「毎日、聞いてたら、あぁまたか、位よね」
男性店員がうなづく。「本当っすね」彼は3年目だ。「最初はまじ怖かったですけど、なぁんにも起きないっすからね」カラカラと笑う。
「おーい、そろそろ戻ってくれー」店長が呼んでいる。「やばっ」と呟き、二人の店員はバタバタと店内に戻った。
※※※※
このコンビニで起こる、怪現象をしかし、誰も追及しない。あるいは人間とはそういう生き物なのかもしれない。
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