1 / 1
彼女は天使
しおりを挟む俺の彼女は天使だ。
比喩ではない。
本当だ。
それはクリスマスも間近の、とある夕刻の事だった。
母から「あんた、暇でしょ。ちょっとコンビニ行って、牛乳買ってきて!」
と言われた俺は、渋々重い腰を上げた。はっきり言って、面倒くさかったが、母に怒られるよりはマシだからだ。
向かったコンビニの店先で、奇妙なものを見た。
貫頭衣、というのだろうか?
ストンとした真っ白な、何の飾り気もない服に身を包んだ女性が、裸足で座り込んでいたのだ。
近付いてみると、童顔というか、なかなか愛らしい顔立ちだが、この寒さで、上着も着ずに、裸足とはこれ如何に。みな、関わり合いになりたくないのか? スルーして店内に入っていっている。俺もひとまずスルーする事にした。
買い物を終え、出てきても、彼女はまだいた。
店員に知らせるかな?と思ったが、その前に…とそっと近寄り、「あの」と声をかけた。
彼女はビクッとなり、こちらを見て、目を真ん丸にした。
そうして、妙な事を口走った。
「あなた…わたしが視えるの?」
ヤバい、と思った。アタマがイカレてるのか? しかし…。どれくらいそうしていたかは謎だが、誰も―コンビニの店員すら―店先にいる彼女を気にとめてる節はない。
「ばっちり視えてますけど…問題が?」
俺の言葉に、彼女はガバッと立ち上がり、「こっちに来て!」と俺の腕を引っ張った。
俺はあれよあれよ、と近くの公園…だいぶ薄暗くなってきている、に連れてこられた。
「なんなんですか?いったい」
俺の問いに彼女は、「驚かないでくださいね」と言って―俺は仰天した。彼女の背中に真っ白な翼が現れたのだ…さながら、宗教画の天使のように。
「わたしの姿は、いま、あなたにしか視えていません」と彼女は言った。
「助けて頂けませんか?」
色々な情報で脳がスパークしそうだったが、どうにか現実的な返しを、と思い、「助けるって…何をすれば?」と訊いていた。お人好しだな、俺。
「実は…翼を怪我してしまって、天に帰れないのです」
確かによく視ると、向かって右側の翼の付け根部分が、血、だろうか?
赤く染まっている。かなり痛そうだ。
「俺に手当てをしてくれ、って事ですか?」
「はい。手当て、というか、治癒の為のチカラを貸して欲しいのです」と彼女は言った。
「お願いします。わたしの姿を視る事が出来る人にしか、頼めないんです」気付いて欲しくて、三日間あそこにいましたが、誰も気付いてくれませんでした…、と言った。
「もちろん、お礼はします。お願いします」
頭を深々と下げられた。参ったな…。
「何をすればいいんです?」
彼女は顔をあげた。
「お願い出来ますか?」
「そりゃ…困ってるみたいだし」
では、と言って。
「わたしと口づけをして頂けますか?」と言った。平然とした顔で。
は?となる。
「治癒力の向上の為に、あなたの中の〈チカラ〉をわたしに渡して欲しいんです。ひとまず、飛べるようになれば、天で完全回復してから、改めてお礼に伺いますので…」
そんな彼女の言葉を上の空で聞いていた。
―口づけ…キスって事だよな?
俺、初めてなんだけど…。
「お願いします」懇願に俺は頷いた。女性がここまで言っているのだ…断ったら男がすたる。
では…と彼女がそっと目をつむった。俺からしろって事か!?
心臓麻痺でぶっ倒れるんじゃないってくらい、心臓がバクバクいっている。俺は唇をそっと彼女の唇に当てた。柔らかく、弾力があり…。
感動を味わっていると、ふいと唇が離された。もう少し味わっていたかった。
「〈チカラ〉を頂けました」
視ると翼が真っ白になっている。
彼女はふわり、と宙に浮かんだ。
「わたしはリラ。必ずお礼に伺います」そう言って、天高く―飛翔し、やがて視えなくなった…。
帰宅した俺は、母の「たかが牛乳ひとつに何時間かかってるの!?」という叱責も生返事で聞き流した。
―リラ…。
そうして、迎えたクリスマス。
友達とカラオケでパーティーを開催し、遊んだ帰り道。
人気のない夜道だった。
ふわり、白いものが見え、雪かな?と思ったら、違った。これは…羽?
音もなく、真っ白な飾り気のない貫頭衣をまとった、白い翼を持つ存在が道の前方に着地した。
「リラ、さん?」
彼女のまわりだけ、まるで発光しているかのようにほの明るい。
彼女はニコリと笑うと「先日はお世話になりました。お礼に伺いました」と言った。
「と…その前に、ごめんなさい。あなたの名前を教えて頂けますか? この前、慌てていて、聞き忘れてしまって…」とはにかんだ。可愛い。
「俺は白長勇輝、です」
「ユウキ、くんね」本当にありがとう。と彼女は続けた。「何か頼みはありますか? 大抵の事なら叶えられます」
その言葉に俺は言っていた
「俺と付き合って貰えませんか?」
リラは目をパチクリさせた。それから「ええっ!?」と叫んだ。
構わず続けた。
「馬鹿みたいと思われるかもしれませんが、あなたの事が好きになってしまったんです。お礼にこんな事言うのは、卑怯かもしれませんが…」
リラは「うーん…」と呻いた。
やっぱり無理だよな…。諦めかけた時だ。
「別に問題はないけど…わたしたちは、理が違うから、普通のカップルみたいな…デート?とかはあまり出来ないと思うけど、いいの?」
その問いに俺はコクコクと頷いた。
「構いません。リラさんさえ、良ければ」
「じゃあ、お願い事はそれでいい?」
「はい!」
※※※※
あれから時が流れた。俺は順当に歳を重ねていたが、独身だった。
俺には最愛の恋人がいるが、彼女とは滅多に会えない。忙しいからだ。
それでも俺はたまの逢瀬で満足していた。
ふわり、白いものが見えた。
「リラ?」
彼女が、うふふ、と笑っていた。
いつだったか、どうして俺と付き合ってくれたのか、訊いてみた事がある。実はね…とリラは、はにかみながら答えてくれた。
「あの〈チカラ〉の受け渡しの時の口づけ…あの時からドキドキがとまらなくて…だから」
きっと幸せになれる、と思ったの。
俺の彼女は天使だ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い
buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され……
視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完結】今更、好きだと言われても困ります……不仲な幼馴染が夫になりまして!
Rohdea
恋愛
──私の事を嫌いだと最初に言ったのはあなたなのに!
婚約者の王子からある日突然、婚約破棄をされてしまった、
侯爵令嬢のオリヴィア。
次の嫁ぎ先なんて絶対に見つからないと思っていたのに、何故かすぐに婚約の話が舞い込んで来て、
あれよあれよとそのまま結婚する事に……
しかし、なんとその結婚相手は、ある日を境に突然冷たくされ、そのまま疎遠になっていた不仲な幼馴染の侯爵令息ヒューズだった。
「俺はお前を愛してなどいない!」
「そんな事は昔から知っているわ!」
しかし、初夜でそう宣言したはずのヒューズの様子は何故かどんどんおかしくなっていく……
そして、婚約者だった王子の様子も……?
彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった
みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。
この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。
けれど、運命になんて屈しない。
“選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。
……そう決めたのに。
彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」
涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。
【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。
BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。
ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。
けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。
まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる