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2. ヒロインの趣味は読書
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舞踏会のような社交界の大きなイベントが開かれた後は、多くの紳士たちが求愛もしくは求婚のために、若き令嬢の邸宅へと列をなして訪問する光景こそ通例である。それは、デビュタントの日の舞踏会も例外ではなく、どの令嬢が最も多くの紳士たちを惹きつけることができるか、母親は競い合い、父親や男兄弟は賭け講じるものだ。
しかしながら、バックマン男爵家の滞在する邸宅に現れた紳士は、一人もいなかった。
リビングルームのソファで読書に耽るエヴの隣に、静かにピーターが並ぶ。
「調子はどうだ?」
兄の問いかけに、エヴはゆっくりと顔を上げた。いつもと変わらない兄の笑顔に安心した妹は、自然と頬をほころばせた。
「昨日は何もかもが初めての光景すぎて、私には刺激が強すぎたかもしれません。今ようやく、落ち着いた気分で過ごせているような気がします」
妹の素直な言葉に、ピーターは満足げに頷いた。彼女を励ますかのように、ピーターはそっと妹の肩に手を置いた。
「僕は母上とは違う。エヴが早々に結婚することを望んでいやしないし、自分のペースで好きにすればいい」
兄の言葉を心強く感じたエヴは、小声で感謝の言葉を述べる。そのまま、肩に置かれた兄の手に自分のそれを重ねた。じんわりとした温かさが、心をほぐしていく。
エヴはこれまで、社交界の一員になる心の準備は整っていると思っていた。けれども、実際にその世界に飛び込んでみると、自分にはまだ早かったのではないか、という気持ちが芽生えていた。
「ただ」
短い咳払いの後、ピーターが再び口を開いた瞬間、エヴは無意識に何かを身構えるように身体を固くした。
「友人づくりは大切だと思うぞ」
ピーターがそう言うが早いか、どこからともなくイーディス・バックマン夫人が顔を表した。朝から忙しなく屋敷中を歩き回っていたはずの母が突然顔を見せたことで、エヴは驚いて思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「そうよ、エヴ。社交界はとにかく繋がり作りが大切なの。殿方がいないなら、むしろ好都合よ。フランシス家のお茶会に出かけましょう」
兄の助けを借りながら、ようやく椅子の上でバランスを取り戻したエヴの手に、夫人は招待状を握らせた。せっかくの読書の時間とは、これでおさらばか。ため息をつきながら、エヴは仕方なく本を閉じてのろのろと上階の自分の部屋へと向かう。
慌てた様子で部屋に入ってきた侍女に身支度を整えてもらうと、屋敷の前で待ち構えていた馬車に乗り込んだ。
フランシス家の邸宅へと向かう間、付き添いである母は、前の晩の舞踏会について矢継ぎ早に質問を繰り出していく。1つ1つの質問へ丁寧な返答を心がけながらも、エヴの視線は逃げるようについつい窓の外へと向かってしまう。
不意に目についたのは、真っ赤なバラの花束を抱えた紳士が、令嬢にそれを差し出している光景だった。紳士の頬はバラに負けないほど真っ赤に染まっている。花束を受け取る令嬢も同様で、彼女の喜びがはじけそうな笑顔に、エヴも自身の心が喜ぶのを感じた。
これこそが、彼女の求めていたロマンスだ。
まるで、本の中から飛び出してきたかのような、ロマンス。
馬車が会場に到着する頃には、エヴはすっかり上機嫌になっていた。車窓で目撃した数多くのロマンスの欠片が、彼女の気分を高揚させたのだ。
馬車を降りれば、途端に母によってグイと腕を引かれた。連れて行かれた先は、歓談している令嬢たちの輪の1つで、エヴをそこに残すと夫人は一瞬でどこかへと消えてしまった。
他に、選択肢は無い。
エヴは渋々、その場に留まることにした。
実は、エヴはこれまで同じ年頃の令嬢たちと交流する機会がほとんどと言っていいほどなかった。長年、領地の隅の人がほとんどいない地区で育ってきた彼女が接するのは家族か使用人、そして家庭教師ぐらいなものだ。もっぱら、物語の本を通じて世界と交流してきた彼女にとって、本こそが唯一の友達だった。
そんな彼女にとって、これは初めての経験だ。
緊張で掌がジトリと濡れる。
それを必死に隠しながら、家庭教師にたたき込まれた通りの完璧なレディーらしい挨拶を試みてみる。コーテシーの後に頭を上げて、エヴは令嬢たちの顔を初めて確認した。そして、気づいたのだ。その場の令嬢たちは、みな見知った顔であることに。つい一日前の記憶だから、しっかりと覚えている。
ここにいるのは、君主への挨拶の際、共に緊張した面持ちで並んでいた令嬢たちだ。
つまり、みな自分と同じデビュタント。その事実を理解した時、彼女たちも自分と同じ緊張した微笑を浮かべていることに、エヴはだんだんと気づき始めた。静かに、彼女の掌から汗が引いていく。それに比例するかのように、だんだんと輪の雰囲気もくつろいだものへと変わっていく。
「バックマン嬢、ご趣味は?」
すっかり打ち解けた頃合いに、令嬢の一人がエヴに問いかけた。
「読書です。兄からは本の虫だと揶揄されています。旅のお供にと新たに手に入れた本も、馬車の中で読み尽くしてしまって。そうだ、皆さんのおすすめの本はなんですか?」
キラキラと目を輝かせて興奮するエヴとは対照的に、令嬢たちは気まずそうな表情を浮かべ、互いに視線を交わし合う。明らかに気まずい空気を察しつつも、その原因が分からないエヴを見かねてか、一人の令嬢が遠慮気味に口を開いた。
「父が、読書はレディーのすることではない、と仰って。本当はわたくしも読みたいのですが、図書室への立ち入りを禁じられていて」
肩を落とした令嬢に続くように、その隣の令嬢も口を開いた。
「わたしもです。父も母も兄には本を買い与えてくれるのに、わたしは近づくことすら禁止されていて」
彼女たちの答えに、エヴは失望のため息を漏らした。
一般論として、読書がレディーらしい趣味と考えられていないことは、エヴも理解していた。特に御法度なのは、物語の本だ。エヴが本を取り出す度に、家庭教師も苦い顔をしていた。しかし、若い女性だからというだけで読書の悦びを取り上げられる理由が、エヴには分からなかった。心の中で、静かに怒りの炎が燃える。
「それでは、今度みなさんで私の滞在先にいらしてはいかがですか? その、刺繍をしに」
唐突なエヴの提案に、令嬢たちは戸惑いの色を浮かべる。
そんな令嬢たちをよそに、エヴは周囲を注意深く見まわして、誰も聞いていないことを確認する。安全を確信して、彼女は小さな声でこう付け足す。
「もしかしたら、刺繍のついでに私の本を、みなさんにお見せできるかもしれません」
エヴの一言に令嬢たちの表情がパッと明るく輝いた。「ぜひ!」と口々に答えるなり、約束を取り付ける。新しいおもちゃをもらった幼子のようにキャイキャイとはしゃいでいると、1人の令嬢がハッとしたように一点を見つめる。その視線を辿れば、彼女の母親らしき婦人が厳しい表情でこちらに近づいてくる。騒ぎ過ぎだっただろうか。令嬢たちはみな一様にばつの悪そうな表情を浮かべ、互いの顔を見合わせた。
「わたくし、行かなければ。バックマン嬢、絶対に伺わせていただきますからね!」
そう答えるなり、彼女はそそくさとその場を後にした。他の令嬢も次々に、後に続いて自らのお目付け役の元へと戻っていく。
せっかくの楽しい時間も、もうお開きか。
心の中でそうつぶやいて、彼女も自身の母親を探し始めた。キョロキョロとあたりを見回しながら歩く足は、油断するとドレスの裾を踏みそうになる。
新しい環境に、新しい服、そして新しい……友達?
まだなじみきっていない慣習に、思わずため息が漏れる。ずっと本で読んできた憧れの世界にいるはずなのに、その世界の中で生きることがこんなにも難しいことだなんて。少しだけ余った手袋の指先をいじりながら、足元の小石を蹴り飛ばす。
「エヴ!」
唐突に名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。母親の満面の笑みでこちらに近づいてくる母を見て、エヴは安心したように笑顔を返した。お転婆な言動をとがめられなくて良かった、と心の中で独り言ちながら。
「さっそくお友達がたくさんできたようね」
そっと腕を取られ、夫人は迷いなく歩き始める。
ほんの短い間におしゃべりしただけで、果たして友達と呼んでも良いのだろうか。そんな迷いがエヴの頭に浮かぶ。それとも、社交界では友達の基準についてのルールでもあるのだろうか。家庭教師からはそんな話、聞いていないけれども。でも、友達だと思ってもらえていたら、嬉しい。
いつの間にか用意されていた馬車に乗りこみながら、エヴは令嬢たちとのひと時を思い返した。往路の馬車の旅とは異なり、今度はバックマン夫人が本日の成果をしきりに娘に聞かせる。
母親の話をなんとなく受け流しながら、エヴは復路でも窓の外を眺める。腕を組んで、耳元で囁き合いながら二人組の令嬢が歩いている。その姿が、少しばかり羨ましい。私にもいつか、ああやって腕を組んで歩くような友人ができるだろうか。唐突に沸き上がった憧れを恥ずかしがるように、エヴは視線を窓の外から自身の足元へと移した。
馬車が邸宅に到着すると、すっかり夜の服装に身を包んだピーターが母と妹を出迎える。
「これからどこかへお出かけですか?」
妹の問いかけに「ああ」と短く返事をしながら、ピーターはハットを頭に乗せた。
「父上からジェントルマンクラブに行くようにと言われてね。紳士のたしなみだと息子に言いつつ、自分は部屋に籠って帳簿とにらめっこだよ。きっと僕を偵察要員か何かだと思っているんだろうな」
乾いた笑いを漏らす息子の首元に、母親は無造作に手を伸ばした。
「紳士たちの情報網を把握しておくことは、重要よ」
夫人の圧力に苦笑しつつ、ピーターは妹のこめかみに軽く口づけすると、母の頬にも同じ動作を繰り返してから、軽やかに馬車へと乗り込んだ。小気味良い蹄の音と共にだんだんと小さくなるその影を、エヴはぼんやりと見つめた。
しかしながら、バックマン男爵家の滞在する邸宅に現れた紳士は、一人もいなかった。
リビングルームのソファで読書に耽るエヴの隣に、静かにピーターが並ぶ。
「調子はどうだ?」
兄の問いかけに、エヴはゆっくりと顔を上げた。いつもと変わらない兄の笑顔に安心した妹は、自然と頬をほころばせた。
「昨日は何もかもが初めての光景すぎて、私には刺激が強すぎたかもしれません。今ようやく、落ち着いた気分で過ごせているような気がします」
妹の素直な言葉に、ピーターは満足げに頷いた。彼女を励ますかのように、ピーターはそっと妹の肩に手を置いた。
「僕は母上とは違う。エヴが早々に結婚することを望んでいやしないし、自分のペースで好きにすればいい」
兄の言葉を心強く感じたエヴは、小声で感謝の言葉を述べる。そのまま、肩に置かれた兄の手に自分のそれを重ねた。じんわりとした温かさが、心をほぐしていく。
エヴはこれまで、社交界の一員になる心の準備は整っていると思っていた。けれども、実際にその世界に飛び込んでみると、自分にはまだ早かったのではないか、という気持ちが芽生えていた。
「ただ」
短い咳払いの後、ピーターが再び口を開いた瞬間、エヴは無意識に何かを身構えるように身体を固くした。
「友人づくりは大切だと思うぞ」
ピーターがそう言うが早いか、どこからともなくイーディス・バックマン夫人が顔を表した。朝から忙しなく屋敷中を歩き回っていたはずの母が突然顔を見せたことで、エヴは驚いて思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「そうよ、エヴ。社交界はとにかく繋がり作りが大切なの。殿方がいないなら、むしろ好都合よ。フランシス家のお茶会に出かけましょう」
兄の助けを借りながら、ようやく椅子の上でバランスを取り戻したエヴの手に、夫人は招待状を握らせた。せっかくの読書の時間とは、これでおさらばか。ため息をつきながら、エヴは仕方なく本を閉じてのろのろと上階の自分の部屋へと向かう。
慌てた様子で部屋に入ってきた侍女に身支度を整えてもらうと、屋敷の前で待ち構えていた馬車に乗り込んだ。
フランシス家の邸宅へと向かう間、付き添いである母は、前の晩の舞踏会について矢継ぎ早に質問を繰り出していく。1つ1つの質問へ丁寧な返答を心がけながらも、エヴの視線は逃げるようについつい窓の外へと向かってしまう。
不意に目についたのは、真っ赤なバラの花束を抱えた紳士が、令嬢にそれを差し出している光景だった。紳士の頬はバラに負けないほど真っ赤に染まっている。花束を受け取る令嬢も同様で、彼女の喜びがはじけそうな笑顔に、エヴも自身の心が喜ぶのを感じた。
これこそが、彼女の求めていたロマンスだ。
まるで、本の中から飛び出してきたかのような、ロマンス。
馬車が会場に到着する頃には、エヴはすっかり上機嫌になっていた。車窓で目撃した数多くのロマンスの欠片が、彼女の気分を高揚させたのだ。
馬車を降りれば、途端に母によってグイと腕を引かれた。連れて行かれた先は、歓談している令嬢たちの輪の1つで、エヴをそこに残すと夫人は一瞬でどこかへと消えてしまった。
他に、選択肢は無い。
エヴは渋々、その場に留まることにした。
実は、エヴはこれまで同じ年頃の令嬢たちと交流する機会がほとんどと言っていいほどなかった。長年、領地の隅の人がほとんどいない地区で育ってきた彼女が接するのは家族か使用人、そして家庭教師ぐらいなものだ。もっぱら、物語の本を通じて世界と交流してきた彼女にとって、本こそが唯一の友達だった。
そんな彼女にとって、これは初めての経験だ。
緊張で掌がジトリと濡れる。
それを必死に隠しながら、家庭教師にたたき込まれた通りの完璧なレディーらしい挨拶を試みてみる。コーテシーの後に頭を上げて、エヴは令嬢たちの顔を初めて確認した。そして、気づいたのだ。その場の令嬢たちは、みな見知った顔であることに。つい一日前の記憶だから、しっかりと覚えている。
ここにいるのは、君主への挨拶の際、共に緊張した面持ちで並んでいた令嬢たちだ。
つまり、みな自分と同じデビュタント。その事実を理解した時、彼女たちも自分と同じ緊張した微笑を浮かべていることに、エヴはだんだんと気づき始めた。静かに、彼女の掌から汗が引いていく。それに比例するかのように、だんだんと輪の雰囲気もくつろいだものへと変わっていく。
「バックマン嬢、ご趣味は?」
すっかり打ち解けた頃合いに、令嬢の一人がエヴに問いかけた。
「読書です。兄からは本の虫だと揶揄されています。旅のお供にと新たに手に入れた本も、馬車の中で読み尽くしてしまって。そうだ、皆さんのおすすめの本はなんですか?」
キラキラと目を輝かせて興奮するエヴとは対照的に、令嬢たちは気まずそうな表情を浮かべ、互いに視線を交わし合う。明らかに気まずい空気を察しつつも、その原因が分からないエヴを見かねてか、一人の令嬢が遠慮気味に口を開いた。
「父が、読書はレディーのすることではない、と仰って。本当はわたくしも読みたいのですが、図書室への立ち入りを禁じられていて」
肩を落とした令嬢に続くように、その隣の令嬢も口を開いた。
「わたしもです。父も母も兄には本を買い与えてくれるのに、わたしは近づくことすら禁止されていて」
彼女たちの答えに、エヴは失望のため息を漏らした。
一般論として、読書がレディーらしい趣味と考えられていないことは、エヴも理解していた。特に御法度なのは、物語の本だ。エヴが本を取り出す度に、家庭教師も苦い顔をしていた。しかし、若い女性だからというだけで読書の悦びを取り上げられる理由が、エヴには分からなかった。心の中で、静かに怒りの炎が燃える。
「それでは、今度みなさんで私の滞在先にいらしてはいかがですか? その、刺繍をしに」
唐突なエヴの提案に、令嬢たちは戸惑いの色を浮かべる。
そんな令嬢たちをよそに、エヴは周囲を注意深く見まわして、誰も聞いていないことを確認する。安全を確信して、彼女は小さな声でこう付け足す。
「もしかしたら、刺繍のついでに私の本を、みなさんにお見せできるかもしれません」
エヴの一言に令嬢たちの表情がパッと明るく輝いた。「ぜひ!」と口々に答えるなり、約束を取り付ける。新しいおもちゃをもらった幼子のようにキャイキャイとはしゃいでいると、1人の令嬢がハッとしたように一点を見つめる。その視線を辿れば、彼女の母親らしき婦人が厳しい表情でこちらに近づいてくる。騒ぎ過ぎだっただろうか。令嬢たちはみな一様にばつの悪そうな表情を浮かべ、互いの顔を見合わせた。
「わたくし、行かなければ。バックマン嬢、絶対に伺わせていただきますからね!」
そう答えるなり、彼女はそそくさとその場を後にした。他の令嬢も次々に、後に続いて自らのお目付け役の元へと戻っていく。
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「エヴ!」
唐突に名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。母親の満面の笑みでこちらに近づいてくる母を見て、エヴは安心したように笑顔を返した。お転婆な言動をとがめられなくて良かった、と心の中で独り言ちながら。
「さっそくお友達がたくさんできたようね」
そっと腕を取られ、夫人は迷いなく歩き始める。
ほんの短い間におしゃべりしただけで、果たして友達と呼んでも良いのだろうか。そんな迷いがエヴの頭に浮かぶ。それとも、社交界では友達の基準についてのルールでもあるのだろうか。家庭教師からはそんな話、聞いていないけれども。でも、友達だと思ってもらえていたら、嬉しい。
いつの間にか用意されていた馬車に乗りこみながら、エヴは令嬢たちとのひと時を思い返した。往路の馬車の旅とは異なり、今度はバックマン夫人が本日の成果をしきりに娘に聞かせる。
母親の話をなんとなく受け流しながら、エヴは復路でも窓の外を眺める。腕を組んで、耳元で囁き合いながら二人組の令嬢が歩いている。その姿が、少しばかり羨ましい。私にもいつか、ああやって腕を組んで歩くような友人ができるだろうか。唐突に沸き上がった憧れを恥ずかしがるように、エヴは視線を窓の外から自身の足元へと移した。
馬車が邸宅に到着すると、すっかり夜の服装に身を包んだピーターが母と妹を出迎える。
「これからどこかへお出かけですか?」
妹の問いかけに「ああ」と短く返事をしながら、ピーターはハットを頭に乗せた。
「父上からジェントルマンクラブに行くようにと言われてね。紳士のたしなみだと息子に言いつつ、自分は部屋に籠って帳簿とにらめっこだよ。きっと僕を偵察要員か何かだと思っているんだろうな」
乾いた笑いを漏らす息子の首元に、母親は無造作に手を伸ばした。
「紳士たちの情報網を把握しておくことは、重要よ」
夫人の圧力に苦笑しつつ、ピーターは妹のこめかみに軽く口づけすると、母の頬にも同じ動作を繰り返してから、軽やかに馬車へと乗り込んだ。小気味良い蹄の音と共にだんだんと小さくなるその影を、エヴはぼんやりと見つめた。
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