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19. 子爵からの贈り物
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感謝の言葉を述べるエヴの笑顔が、作り笑いであることにイアンはすぐさま気が付いた。そして、彼はすぐさまリボンのかかった本を取り出し、エヴにそっと差し出した。
本を見るなり、エヴは衝撃を受けたような表情のまま固まる。
「これは、なんですか?」
元から丸い目をさらに丸くして、エヴは問いかける。
「本です。貴女のために持ってきました」
イアンから本を受け取りつつも、エヴは未だにこの状況を現実のものとは思えていなかった。表紙に描かれた花のイラストを、手袋をはめたエヴの指がそっとなぞる。
「今日、ここに花束を持ってこないという選択肢はありませんでした」
言葉を失ったままのエヴの代わりに、イアンが語り始める。
「芸のない定番かもしれませんが、とてもロマンティックだと思ったんです。そして、貴女にはロマンティックがふさわしい。だから、バラの花束を選びました。けれども、きっと貴女は花束よりもこれを好むんじゃないかと思ったんです。何といっても、街一番の本の虫ですからね」
自信ありげな言葉とは裏腹に、彼の笑顔はどこか緊張気味だ。
「これは、花言葉についての本です」
そう話しながら、イアンはエヴをじっと見つめる。彼女の表情から、その感情を読み取ろうとしているのだが、なかなかうまくいかない。
「アルバーティンさんから、何か聞いたのですか?」
ようやくエヴが絞り出した言葉を聞いて、イアンの眉間にしわが寄る。
「はい? どうしてここでチェイスの名前が出るんですか? 私はただ、貴女の好みがまだ分からなかったので、花と一緒に花言葉の本を渡すのは、最初の本としてぴったりだと考えただけです。残念ながら時間があまりなかったし、貴女は本をたくさんお持ちだろうから、我が家の図書室にある本の中でも希少な本が集まっている棚から、かっぱらってきて」
一気にイアンが捲し立てるのを聞きながら、少しずつエヴの顔に笑みが広がっていく。彼が自分のことを考えて、彼自身の手でこの本を選んで渡してくれた。そのことが嬉しくてたまらなかった。心が満たされると同時に、大きく跳ね上がるのを感じる。
「つまり、あなたはこの本をお父上から盗んで来たと?」
エヴの瞳が輝いているのに気づき、イアンは少しずつ自信を感じ始めていた。
「今は、そう言えるかもしれません。ですが、いずれは私のものになる本なので、問題ありません。それに、この本がなくなったことなんて、どうせ誰も気づかないんですから。たぶんこの本も、誰にも読まれることなく埃っぽい棚で蜘蛛の巣と同居するより、貴女といる方がずっと幸せでしょう」
そこまで言い切ると、イアンはわざとらしく1つ、咳払いをした。
「それで、その、気に入りましたか?」
自信がついたとはいえ、イアンは未だに不安そうだ。エヴの表情をじっと観察しながら、反応を窺う。そんな彼に、エヴはここ数年で一番の笑顔を浮かべた。
「気に入ったか、ですって? それ以上です! こんなに素敵な本を、どうもありがとうございます!」
エヴの心は、まさに喜びではちきれそうだった。今まで、これほどまでに自分のことを考えた贈り物をくれた人はいただろうか。両親や兄が本を贈ってくれたことはあったが、たいていはその時に最も人気な本や、自分が好きな作家の最新刊だった。
その一方で、イアンはこの短い時間で自分のことを理解し、この本を贈ってくれた。喜びでエヴの頬がより上気していく。
そんなエヴの表情を見て、イアンもまた、大きな幸福感をかみしめていた。気に入ってくれるだろうかと、先ほどまでに震えていた心臓は、今ではエヴへの愛おしさで膨らみきっている。自分以外の人物が喜んでいるのを見て、こんなにも幸せを感じられるものなのか、と驚くほどに。
この二人のやり取りを前に、紳士たちは完全なる敗戦ムードを漂わせていた。前回はチェイス、そして今回はイアンにすべてを持っていかれた。これ以上、エヴを追いかけても無駄だ、と悟った。
それだけではない。どの紳士も、イアン以上に女性に対して素直な好意を伝えることはできない、と感じていた。こんな風に、愛情を表現することはできない、と。イアンが多くの女性たちの心を惹きつける理由が、ようやくわかったような気がした。そして、自分たちは絶対に敵わないということも。
静かに肩を落としながら、一人、また一人とバックマン邸から紳士たちがいなくなった。
そしてとうとう、応接間にはエヴとイアン、そしてこの間ずっと付き添い役を務めていた侍女の三人だけとなった。
改めて紳士たちがいなくなったのを確認すると、エヴは前のめりになってイアンに問いかけた。
「これでようやく、あなたの話を聞かせてもらえるんですよね? 昨晩、約束したはずです? それで、一体何があったのですか?」
エヴの勢いに押され、イアンはソファーの上でわずかに後ずさる。
「あー、一体どこから始めたものか」
エヴに詰め寄られ、困惑した表情のままにイアンはそう言った。
「分かかりました。では、まずは公爵夫人とのお話を聞かせてもらえますか。二人の間に一体何があったのか、知りたいんです」
エヴの言葉に、イアンはゆっくりと頷いた。
「分かりました。では、次回お会いするまでに、公爵夫人とのお話を準備しておきます」
「次回? 今ではだめなんですか?」
口をとがらせて非難めいた声を出すエヴが可愛らしくて、イアンはついついにやけてしまう。
「残念ながら、今はお話しできません。もう遅い時間になってきましたから、そろそろ私もお暇しなくては。それに、貴女のお兄さんがそろそろやって来そうだ。もう、辛抱が限界を迎えたんでしょう」
エヴが応接室の入口へと視線を走らせると、確かに廊下の向こうからこちらに向かってくるピーターの影が見える。
本を見るなり、エヴは衝撃を受けたような表情のまま固まる。
「これは、なんですか?」
元から丸い目をさらに丸くして、エヴは問いかける。
「本です。貴女のために持ってきました」
イアンから本を受け取りつつも、エヴは未だにこの状況を現実のものとは思えていなかった。表紙に描かれた花のイラストを、手袋をはめたエヴの指がそっとなぞる。
「今日、ここに花束を持ってこないという選択肢はありませんでした」
言葉を失ったままのエヴの代わりに、イアンが語り始める。
「芸のない定番かもしれませんが、とてもロマンティックだと思ったんです。そして、貴女にはロマンティックがふさわしい。だから、バラの花束を選びました。けれども、きっと貴女は花束よりもこれを好むんじゃないかと思ったんです。何といっても、街一番の本の虫ですからね」
自信ありげな言葉とは裏腹に、彼の笑顔はどこか緊張気味だ。
「これは、花言葉についての本です」
そう話しながら、イアンはエヴをじっと見つめる。彼女の表情から、その感情を読み取ろうとしているのだが、なかなかうまくいかない。
「アルバーティンさんから、何か聞いたのですか?」
ようやくエヴが絞り出した言葉を聞いて、イアンの眉間にしわが寄る。
「はい? どうしてここでチェイスの名前が出るんですか? 私はただ、貴女の好みがまだ分からなかったので、花と一緒に花言葉の本を渡すのは、最初の本としてぴったりだと考えただけです。残念ながら時間があまりなかったし、貴女は本をたくさんお持ちだろうから、我が家の図書室にある本の中でも希少な本が集まっている棚から、かっぱらってきて」
一気にイアンが捲し立てるのを聞きながら、少しずつエヴの顔に笑みが広がっていく。彼が自分のことを考えて、彼自身の手でこの本を選んで渡してくれた。そのことが嬉しくてたまらなかった。心が満たされると同時に、大きく跳ね上がるのを感じる。
「つまり、あなたはこの本をお父上から盗んで来たと?」
エヴの瞳が輝いているのに気づき、イアンは少しずつ自信を感じ始めていた。
「今は、そう言えるかもしれません。ですが、いずれは私のものになる本なので、問題ありません。それに、この本がなくなったことなんて、どうせ誰も気づかないんですから。たぶんこの本も、誰にも読まれることなく埃っぽい棚で蜘蛛の巣と同居するより、貴女といる方がずっと幸せでしょう」
そこまで言い切ると、イアンはわざとらしく1つ、咳払いをした。
「それで、その、気に入りましたか?」
自信がついたとはいえ、イアンは未だに不安そうだ。エヴの表情をじっと観察しながら、反応を窺う。そんな彼に、エヴはここ数年で一番の笑顔を浮かべた。
「気に入ったか、ですって? それ以上です! こんなに素敵な本を、どうもありがとうございます!」
エヴの心は、まさに喜びではちきれそうだった。今まで、これほどまでに自分のことを考えた贈り物をくれた人はいただろうか。両親や兄が本を贈ってくれたことはあったが、たいていはその時に最も人気な本や、自分が好きな作家の最新刊だった。
その一方で、イアンはこの短い時間で自分のことを理解し、この本を贈ってくれた。喜びでエヴの頬がより上気していく。
そんなエヴの表情を見て、イアンもまた、大きな幸福感をかみしめていた。気に入ってくれるだろうかと、先ほどまでに震えていた心臓は、今ではエヴへの愛おしさで膨らみきっている。自分以外の人物が喜んでいるのを見て、こんなにも幸せを感じられるものなのか、と驚くほどに。
この二人のやり取りを前に、紳士たちは完全なる敗戦ムードを漂わせていた。前回はチェイス、そして今回はイアンにすべてを持っていかれた。これ以上、エヴを追いかけても無駄だ、と悟った。
それだけではない。どの紳士も、イアン以上に女性に対して素直な好意を伝えることはできない、と感じていた。こんな風に、愛情を表現することはできない、と。イアンが多くの女性たちの心を惹きつける理由が、ようやくわかったような気がした。そして、自分たちは絶対に敵わないということも。
静かに肩を落としながら、一人、また一人とバックマン邸から紳士たちがいなくなった。
そしてとうとう、応接間にはエヴとイアン、そしてこの間ずっと付き添い役を務めていた侍女の三人だけとなった。
改めて紳士たちがいなくなったのを確認すると、エヴは前のめりになってイアンに問いかけた。
「これでようやく、あなたの話を聞かせてもらえるんですよね? 昨晩、約束したはずです? それで、一体何があったのですか?」
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「あー、一体どこから始めたものか」
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「分かかりました。では、まずは公爵夫人とのお話を聞かせてもらえますか。二人の間に一体何があったのか、知りたいんです」
エヴの言葉に、イアンはゆっくりと頷いた。
「分かりました。では、次回お会いするまでに、公爵夫人とのお話を準備しておきます」
「次回? 今ではだめなんですか?」
口をとがらせて非難めいた声を出すエヴが可愛らしくて、イアンはついついにやけてしまう。
「残念ながら、今はお話しできません。もう遅い時間になってきましたから、そろそろ私もお暇しなくては。それに、貴女のお兄さんがそろそろやって来そうだ。もう、辛抱が限界を迎えたんでしょう」
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