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婚約破棄

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「婚約破棄して下さいまし、伯爵サマ……!」
「……と、突然なにを言い出すんだい、リィン!」


 焦る伯爵サマ。
 けれど、わたくしには分かっていた。一度は隣町の令嬢レイラと。二度目は侯爵家のケイトと……そして、三度目。今日さっき隣国の豪商の娘と浮気していた。肉体関係も確認済み。


「浮気は許さないって言いましたよね。そもそも、この帝国は浮気にはうるさい国です。それは伯爵サマ、あなたもご存じでしょう」

「そ、それはそうだが……いや、だが」

「もう遅いんです、伯爵サマ。あなたは三度・・浮気しました。これは法廷も認めておりますゆえ……決闘をして戴きます」

「ま、まさか……そんなの認められるわけが!」


 わたくしは『決闘許可状』を突きつけた。


「なッ! ほ、本物の許可状……だと。なになに……“伯爵エイドと令嬢リィンの決闘を認める。殺人を容認し、死亡しても帝国は一切の責任を負わないものとする”……バッキンガム公爵」


「伯爵サマ、あなたにはチャンスを差し上げます」
「チャンス、だと」

 剣を投げ、渡した。

「その剣を取りなさい。わたくしに一本でも取れれば今までの浮気を許しましょう」
「いいのか、リィン」
「ええ。勝てたらですけどね……。言っておきますが、わたくしは『元騎士』です」

「そうだったな。だが、こっちの剣裁きも舐めて貰っては困るな。これでも騎士団長から直々に指導して貰った事があるんだ」


 誇らしげに言うけれど、今に見ていなさい。


 庭に出て、距離を取った。
 伯爵サマは剣をそれっぽく構えた。

 ……様にはなっているわね。

 わたくしも剣を鞘から抜き、構える。


「……リィン、君はいったい……」
「言ったでしょう。元騎士と――参ります」


 一礼し、わたくしは騎士らしく正々堂々と真正面から突っ込む。


「馬鹿なッ!!」
「――たぁッ!!!」


 一撃で伯爵サマの剣を弾き、まずは左腕を吹き飛ばす。


「ぎゃあああああああ!!」


「さあ、まだ決闘は始まったばかりです。あえて左手だけを斬り落としましたが、右手が使えるはずですよ」


「……む、無理だぁ、勘弁してくれぇ」


「わたくしを三度も裏切り、あれだけ慢心していたのに……その体たらく。情けない」

「い、命だけはぁ……」

「この決闘の殺人は合法ですよ、伯爵サマ」


「ひぃ……!! く、くそぉ……!!!」


 気合で剣を拾い、向かって来る伯爵サマ。

 ダメね、ダメダメ。
 まるでフォームがなっていないし、ヨロヨロとした剣裁きに失望を覚えた。この程度の男だったとは。


「てやっ、たぁッ」


 彼の右足と左足に斬撃を入れる。



「ひぃぃぃぃぃぎゃああああああああああ…………」



 ついに倒れ、がくがく痙攣けいれんする。
 もうこんな伯爵サマを見たくない。

 そんな思いでわたくしは彼の右腕も切断。


「のおおおおおおおぉぉおぉ……」


「これで両腕を失いましたね」
「も、もう……ヤメ……」


「許しません。だって、あなたはわたくしを裏切り、心に永遠に癒えぬ傷をつけたのです。これは許しがたい大罪も大罪」

「モ……モウ、シマセン」

「……分かりました。伯爵サマ」


 溜息をつきながら、わたくしは彼の心臓を突き刺した。


「…………ごふっ」


 ばたっと倒れ、しばらくして伯爵サマは死んでしまった。……残念な男だったし、これは彼の自業自得。浮気を一回でも許せないのに三回もしたのだから、当然の報い。


 複雑な思いのまま立ち尽くしていると、決闘を遠くから見守っていたバッキンガム公爵が現れた。


「素晴らしい剣裁きだったよ、リィン」
「公爵サマ」
「君は最高の騎士だった。けど、あの伯爵の浮気癖は見抜けなかったようだね」
「……はい、あんな人は思いませんでした」
「うむ。それでなんだが、君をひとりにしてしまうのは惜しい。我が公爵家に来て欲しい」

「えっ、それは光栄ですが……いいんですか?」
「構わぬ。君のような威風堂々とした女性が好みでね」


 これは嬉しい。
 バッキンガム公爵といえば、決闘を認めて下さった方。彼は女性の味方。だからこそ、信じるに値する方だ。


「よろしくお願いします、公爵サマ」
「よろしく、リィン」


 わたくしは、公爵家に招かれ――幸せを掴んだ。
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