婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第3話 地獄で泣き喚いてなさい議員

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 翌朝、わたしは決意を胸にレックスへ願い出た。

「……父に会わせてください。わたし、自分の手で、確かめたいんです」

 レックス様は静かに頷いてくれた。

「わかった。すぐに手配しよう。……君の望みが、“帝国にとって必要な真実”ならば、私は必ずそれに応える」


 軍邸の広間に、クレメンタイン辺境伯――父が現れたのは、それから数刻後のことだった。


「ノア……無事だったか。婚約破棄の一件は……遺憾だった」

 目を伏せ、曖昧に言葉をにごす父に、わたしは問いをぶつけた。


「お父様。――マグヌス・ローレンス議員から、何か脅されていたのですね?」
「……馬鹿な。そんなことは……」


 とぼける父の言葉に、すかさずレックス様が歩み寄る。


「辺境伯殿。今ここで真実を語れば、今回の一件については不問としよう。だが……偽りを重ねれば、君も罪に問われることになる」


 その瞳は冷たいはずなのに、不思議と父の心を揺さぶる何かがあったのだろう。
 父は……ぽつりと、白状した。


「……わたしは、娘を守りたかった。ただ、それだけだった……」


 語られたのは、想像を遥かに超える“帝都の闇”だった。


 マグヌスは、辺境地で違法薬物『黒鉄花ブラック』の流通ルートを築き上げ、それを帝都へ密かに運んでいた。
 そして、それを止めようとした父に対し、証拠捏造をほのめかし、ノアの婚約を人質に脅迫していたという。


「マグヌス・ローレンス……許さない……」
「すまん、ノア」


 父の肩が震えていた。
 わたしは静かに手を伸ばし、父の肩に触れた。


「お父様。わたしが、レックス様と共に……正義を示します」




 元老院――帝国の中枢。
 円形の議場には、帝国の高官と貴族が集まっていた。

 その中心で、マグヌス・ローレンスは悠然と議長席に座っていた。


「やあ、ノア。今さら謝罪でもしにきたのかい? 冷血大提督の庇護のもと、そんなに気分がいいか?」


 皮肉と嘲笑。わたしは、何も言わずその視線を返す。
 次の瞬間、会議室の扉が開き――レックスの部下が重厚な木箱を携えて現れた。


「マグヌス・ローレンス議員に関する重大な証拠品を提出する。黒鉄花ブラック密売の証拠、およびその流通ルートの記録だ」


 箱が開かれ、中からは帳簿、地図、輸送契約書、そして辺境の密輸倉庫で押収された黒鉄花ブラックの束が現れる。


「こ、これは……! でたらめだ! 私には関係ない! これは、陥れようとする陰謀だ! 私は……私は帝国の未来のためにだな……!」


 マグヌスの顔が一気に青ざめる。
 唇は引きつり、目は泳ぎ、額には玉のような汗。


「黙れ、マグヌス・ローレンス」

 レックスの一喝に、空気が震えた。


「……っ!」

「これらの記録は、貴様の私邸から発見されたものだ。すでに供述も取れている」

「ぐ、ぐぅ……! わ、私は……っ!」


 マグヌスは暴れるように立ち上がり、机を叩き、議場の貴族たちにすがるような目を向ける。


「誰か……誰か私を、助けてくれ!! このままでは、私は――!」


 だが、返る声はなかった。

 彼の周囲からは、貴族たちが静かに距離を取っていく。


「嘘だろ……? おまえら、俺の味方だったじゃないか……!」


 叫び、泣き喚き、椅子にしがみついてまで抵抗するその姿に――かつて“利用されていた”わたしの心に、沸き立つ感情があった。

 わたしは前へ出て、彼の正面に立つ。


「……よくも、わたしを利用したわね。クレメンタイン家を、わたしの心を、踏みにじって。――地獄で、泣き喚いてなさい。マグヌス・ローレンス“元”議員」


 マグヌスの目が見開かれる。


「おまえが……おまえが、俺をこんな目に……っ!」


「違うわ。自分の手で落ちたのよ。わたしは、あなたの踏み台になんて、なってあげない」


 そう言い放つと、議場には拍手が響いた。
 その音が、終わりを告げる鐘のように、わたしの耳に残った。


 

 その後、マグヌス・ローレンスは帝国軍により身柄を拘束。帝国法廷へと引き渡された。
 元老院では、わたしとレックスの働きが高く評価され、辺境貴族への風当たりも徐々に緩和されていった。


「見事だったな、ノア」

「……わたしは、ただ真実を知りたかっただけです」

「それができる者は、意外と少ない。君は、帝国の光になり得る」


 レックス様のその言葉に、わたしの胸はまた少しだけ――熱くなる。



 ……けれど。

 その会議の終わり際、一人の男がわたしたちを見て、にやりと口元を歪めていた。
 それは、別の議員。――マグヌスと懇意だったはずの、古参の男。

 ……まだ、この帝国には、“膿”が残っている。

 わたしの戦いは、まだ始まったばかりだ。
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