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第18話 帝都夜街の決闘
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親善会の帰り道、わたしは一人、帝都の裏路地を馬車へと向かっていた。思いのほか早く会が終わり、レックスの姿も見えなかったからだ。
煌びやかな屋敷の明かりから離れた石畳を歩いていると、どこか甘く香る空気に、ふと気配を感じた。
――白い薔薇。
それが足元に落ちていた。
「……これは」
拾おうとした瞬間、背後から声がした。
「あなたに渡すものがあるの」
フードを深く被った女が、わたしを誘うように細い路地へと歩いていく。
妙だと気づいた時には、すでに周囲に人の気配はなかった。
「これは罠ね……でも、逃げ場が……」
足を止めた先。路地の奥に、仮面の女剣士が立っていた。
白銀の仮面、漆黒のボディスーツ、腰に下げた細身の剣――
「貴女が……ローゼリア?」
女は答えなかった。ただ、静かに剣を抜いた。
鋭い銀の音。
殺意は、問答無用でわたしに向けられた。
「どうして……わたしを?」
「依頼だから。あんたを殺せば、報酬が入る」
その目に感情はなかった。殺し屋として、感情を捨てた女の瞳。
「やめて……!」
わたしが一歩後ずさった瞬間、刃が走った。
その刹那――
屋根の上から黒い影が飛んだ。
キィンッ!
金属と金属がぶつかる音。火花。
「ここから先は、通さない」
それは……レックスだった。
「大提督……っ」
彼はわたしを背に庇い、剣を構える。
ローゼリアの動きは一瞬止まった。
「……軍神が、女ひとりのためにここまで来るとはね」
「女ひとり、ではない。彼女は帝国にとって重要な……そして、私にとって……代え難い存在だ」
レックスの剣が、閃いた。
ローゼリアの剣技は確かだったが、レックスには遠く及ばなかった。
何度か斬り合った末、女剣士は明らかに怯み、後退する。
「……なるほど、化け物だわ。勝てない相手って、世の中にいるものなのね」
「次はないぞ。……退け」
女は舌打ち一つ。そして、仮面を外すことなく、闇の中へと消えていった。
わたしは震えていた。
声が出せず、目の前の男の背に縋るようにして立っていた。
「怖かったか」
「……はい。でも、それ以上に……嬉しかったです」
彼が、来てくれた。
助けてくれた。
わたしのために。
「お前がいなくなることを想像したら、心が壊れそうになった」
その低い声に、震えが止まった。
そして、わたしの頬に触れる彼の手の温もりが、何よりも優しかった。
この夜。仮面の刺客は退けられた。
けれど、それは序章に過ぎなかった。
◆ ◆ ◆
同じ頃――
ザガート・ターンの屋敷。
男は怒りに肩を震わせていた。
「また失敗か……! ローゼリアまで、役に立たん……!」
「議員……このままでは……」
「分かっている! ならば、最後の手段を使うまでよ……」
彼の目がぎらりと光る。
「“皇都混乱作戦”を発動する。帝都に血を流させ、レックス・エヴァンスの威信を叩き潰すのだ!」
ザガートの咆哮が、夜の空に溶けていった。
闇はまだ終わらない。だが、終焉は近づいていた。
煌びやかな屋敷の明かりから離れた石畳を歩いていると、どこか甘く香る空気に、ふと気配を感じた。
――白い薔薇。
それが足元に落ちていた。
「……これは」
拾おうとした瞬間、背後から声がした。
「あなたに渡すものがあるの」
フードを深く被った女が、わたしを誘うように細い路地へと歩いていく。
妙だと気づいた時には、すでに周囲に人の気配はなかった。
「これは罠ね……でも、逃げ場が……」
足を止めた先。路地の奥に、仮面の女剣士が立っていた。
白銀の仮面、漆黒のボディスーツ、腰に下げた細身の剣――
「貴女が……ローゼリア?」
女は答えなかった。ただ、静かに剣を抜いた。
鋭い銀の音。
殺意は、問答無用でわたしに向けられた。
「どうして……わたしを?」
「依頼だから。あんたを殺せば、報酬が入る」
その目に感情はなかった。殺し屋として、感情を捨てた女の瞳。
「やめて……!」
わたしが一歩後ずさった瞬間、刃が走った。
その刹那――
屋根の上から黒い影が飛んだ。
キィンッ!
金属と金属がぶつかる音。火花。
「ここから先は、通さない」
それは……レックスだった。
「大提督……っ」
彼はわたしを背に庇い、剣を構える。
ローゼリアの動きは一瞬止まった。
「……軍神が、女ひとりのためにここまで来るとはね」
「女ひとり、ではない。彼女は帝国にとって重要な……そして、私にとって……代え難い存在だ」
レックスの剣が、閃いた。
ローゼリアの剣技は確かだったが、レックスには遠く及ばなかった。
何度か斬り合った末、女剣士は明らかに怯み、後退する。
「……なるほど、化け物だわ。勝てない相手って、世の中にいるものなのね」
「次はないぞ。……退け」
女は舌打ち一つ。そして、仮面を外すことなく、闇の中へと消えていった。
わたしは震えていた。
声が出せず、目の前の男の背に縋るようにして立っていた。
「怖かったか」
「……はい。でも、それ以上に……嬉しかったです」
彼が、来てくれた。
助けてくれた。
わたしのために。
「お前がいなくなることを想像したら、心が壊れそうになった」
その低い声に、震えが止まった。
そして、わたしの頬に触れる彼の手の温もりが、何よりも優しかった。
この夜。仮面の刺客は退けられた。
けれど、それは序章に過ぎなかった。
◆ ◆ ◆
同じ頃――
ザガート・ターンの屋敷。
男は怒りに肩を震わせていた。
「また失敗か……! ローゼリアまで、役に立たん……!」
「議員……このままでは……」
「分かっている! ならば、最後の手段を使うまでよ……」
彼の目がぎらりと光る。
「“皇都混乱作戦”を発動する。帝都に血を流させ、レックス・エヴァンスの威信を叩き潰すのだ!」
ザガートの咆哮が、夜の空に溶けていった。
闇はまだ終わらない。だが、終焉は近づいていた。
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