婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

文字の大きさ
18 / 27

第18話 帝都夜街の決闘

しおりを挟む
 親善会の帰り道、わたしは一人、帝都の裏路地を馬車へと向かっていた。思いのほか早く会が終わり、レックスの姿も見えなかったからだ。

 煌びやかな屋敷の明かりから離れた石畳を歩いていると、どこか甘く香る空気に、ふと気配を感じた。

 ――白い薔薇。

 それが足元に落ちていた。


「……これは」


 拾おうとした瞬間、背後から声がした。


「あなたに渡すものがあるの」


 フードを深く被った女が、わたしを誘うように細い路地へと歩いていく。
 妙だと気づいた時には、すでに周囲に人の気配はなかった。


「これは罠ね……でも、逃げ場が……」


 足を止めた先。路地の奥に、仮面の女剣士が立っていた。
 白銀の仮面、漆黒のボディスーツ、腰に下げた細身の剣――


「貴女が……ローゼリア?」


 女は答えなかった。ただ、静かに剣を抜いた。
 鋭い銀の音。
 殺意は、問答無用でわたしに向けられた。


「どうして……わたしを?」

「依頼だから。あんたを殺せば、報酬が入る」


 その目に感情はなかった。殺し屋として、感情を捨てた女の瞳。


「やめて……!」


 わたしが一歩後ずさった瞬間、刃が走った。

 その刹那――

 屋根の上から黒い影が飛んだ。

 キィンッ!

 金属と金属がぶつかる音。火花。


「ここから先は、通さない」


 それは……レックスだった。


「大提督……っ」

 彼はわたしを背に庇い、剣を構える。
 ローゼリアの動きは一瞬止まった。


「……軍神が、女ひとりのためにここまで来るとはね」


「女ひとり、ではない。彼女は帝国にとって重要な……そして、私にとって……代え難い存在だ」


 レックスの剣が、閃いた。
 ローゼリアの剣技は確かだったが、レックスには遠く及ばなかった。

 何度か斬り合った末、女剣士は明らかに怯み、後退する。


「……なるほど、化け物だわ。勝てない相手って、世の中にいるものなのね」
「次はないぞ。……退け」


 女は舌打ち一つ。そして、仮面を外すことなく、闇の中へと消えていった。



 わたしは震えていた。
 声が出せず、目の前の男の背に縋るようにして立っていた。


「怖かったか」
「……はい。でも、それ以上に……嬉しかったです」


 彼が、来てくれた。
 助けてくれた。

 わたしのために。


「お前がいなくなることを想像したら、心が壊れそうになった」


 その低い声に、震えが止まった。
 そして、わたしの頬に触れる彼の手の温もりが、何よりも優しかった。

 この夜。仮面の刺客は退けられた。
 けれど、それは序章に過ぎなかった。


 ◆ ◆ ◆


 同じ頃――

 ザガート・ターンの屋敷。
 男は怒りに肩を震わせていた。


「また失敗か……! ローゼリアまで、役に立たん……!」

「議員……このままでは……」

「分かっている! ならば、最後の手段を使うまでよ……」


 彼の目がぎらりと光る。


「“皇都混乱作戦”を発動する。帝都に血を流させ、レックス・エヴァンスの威信を叩き潰すのだ!」


 ザガートの咆哮が、夜の空に溶けていった。
 闇はまだ終わらない。だが、終焉は近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

【完結】婚約破棄された悪役令嬢ですが、魔法薬の勉強をはじめたら留学先の皇子に求婚されました

楠結衣
恋愛
公爵令嬢のアイリーンは、婚約者である第一王子から婚約破棄を言い渡される。 王子の腕にすがる男爵令嬢への嫌がらせを謝罪するように求められるも、身に覚えのない謝罪はできないと断る。その態度に腹を立てた王子から国外追放を命じられてしまった。 アイリーンは、王子と婚約がなくなったことで諦めていた魔法薬師になる夢を叶えることを決意。 薬草の聖地と呼ばれる薬草大国へ、魔法薬の勉強をするために向う。 魔法薬の勉強をする日々は、とても充実していた。そこで出会ったレオナード王太子の優しくて甘い態度に心惹かれていくアイリーン。 ところが、アイリーンの前に再び第一王子が現れ、アイリーンの心は激しく動揺するのだった。 婚約破棄され、諦めていた魔法薬師の夢に向かって頑張るアイリーンが、彼女を心から愛する優しいドラゴン獣人である王太子と愛を育むハッピーエンドストーリーです。

婚約している王子には少しも愛されていない聖女でしたが、幸せを掴むことができました!

四季
恋愛
多くの民が敬愛する女神パパルテルパナリオンの加護を受ける聖女リマリーローズ・ティアラはそれを理由に王子ガオンと婚約したが、愛されることはなかった。 なぜならガオンは幼馴染みルルネを愛していたからだ。 ただ、無関心だけならまだ良かったのだが、ことあるごとに嫌がらせをされることにはかなり困っていて……。

冷酷非情な氷狼公爵……ですか?

無色
恋愛
 冬の城に住む、氷狼公爵の異名を持つシリウス。  だが最愛の女性の前では……

婚約破棄されたので、その場から逃げたら時間が巻き戻ったので聖女はもう間違えない

aihara
恋愛
私は聖女だった…聖女だったはずだった。   「偽聖女マリア!  貴様との婚約を破棄する!!」  目の前の婚約者である第二王子からそう宣言される  あまりの急な出来事にその場から逃げた私、マリア・フリージアだったが…  なぜかいつの間にか懐かしい実家の子爵家にいた…。    婚約破棄された、聖女の力を持つ子爵令嬢はもう間違えない…

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。 理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。 失意……かと思いきや。 「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」 即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。 ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。 ---

お子ちゃま王子様と婚約破棄をしたらその後出会いに恵まれました

さこの
恋愛
   私の婚約者は一つ歳下の王子様。私は伯爵家の娘で資産家の娘です。  学園卒業後は私の家に婿入りすると決まっている。第三王子殿下と言うこともあり甘やかされて育って来て、子供の様に我儘。 婚約者というより歳の離れた弟(出来の悪い)みたい……  この国は実力主義社会なので、我儘王子様は婿入りが一番楽なはずなんだけど……    私は口うるさい?   好きな人ができた?  ……婚約破棄承りました。  全二十四話の、五万字ちょっとの執筆済みになります。完結まで毎日更新します( .ˬ.)"

処理中です...