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第2話 帝国認定の呪術師

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 わたしと呪われた伯爵サマの奇妙な生活が始まった。彼なんて愛してもいないし、嫌いだし、死んでしまえばいいのにと思うけれど彼の『呪い』が勝っていた。


 抗う術はない。
 逃げる術もない。


 今は機会チャンスを伺い、隙あらばヴァーノンを死に至らしめる。大丈夫、きっと方法はあるはずよ。


 考えるのよ、わたし。
 彼をどう殺すべきか。


 毒殺? 撲殺? 絞殺?


 ――いえ、そんな単純シンプルな殺し方では彼は殺せない。もっと頭を使うのよわたし。彼が『呪い』を使うのなら、わたしも彼を呪えばいい……でも、その方法が見つからない。


 呪殺なんて普通の人間には出来ない。まして聖女のわたしに、そんな闇臭いものは扱えない。


 ならば誰かを頼るしか方法が……そうよ、専門の呪術師を頼ればいいのよ。でも、どうやって。逃げられないし、このヴァーノンのお屋敷からも一歩も出られなかった。


「……呪いの壁」


 門の前には薄い黒い壁があった。わたしのような聖なる者を閉じ込める魔法のようだった。こんなものまで……用意周到ね。


「何をしているんだい、リディア。……あぁ、逃げられないよ? この屋敷全体に『カースウォール』を張り巡らせた。これはね、単純な呪いだけどその対象が清らかであればあるほど強くなる。つまり、呪われた者しか行き来できないんだよ」


 ニヤニヤと笑い、誇らしげに説明するヴァーノン。一歩一歩近づいて来て、わたしの目の前に立つ。……不愉快極まりない。けれど、顔に出さないよう注意を払って会話を交わす。


「……そうでしたか。さすが伯爵サマ。わたしには呪いの事など理解できませんが……凄い力をお持ちで。どうして、このような呪いをお持ちなのです?」


呪王じゅおうさ」
「じゅおう?」


「言っただろう。僕は生まれつき呪われている。僕の家は代々魔法使いの家系と言われていたけど、それは真っ赤な嘘。その実態は『呪い』だったのさ……そう、ただの醜い呪い。でもね、僕は父と母に感謝しているよ。こうして君に出会えたのだから」


 禍々しい眼を向けてくる。
 なんて悍ましい目なの。

 まるでその瞳すらも呪われているかのような、そんな恐怖を感じた。この人は、呪いそのものだ。


「わ、わたしはもう部屋に戻ります」
「リディア、君は僕のモノなんだよ?」
「は、はい……」

「目を背けるな。僕と話す時はちゃんと目を合わせるんだ」


 怒りが篭もった言葉。
 そんな罵声にも似たものを浴びせられると、急に胸が苦しくなった。


「…………く、くるしい」
「言ったじゃないか。僕のモノ・・・・だって。いいかい、リディア。君の心臓に呪いを掛けた。逆らえば苦しめる事になる」

「……ひどい」

「仕方ないだろう。言う事を聞かないのであればペットのようにしつけ・・・をする必要があるのだから」


 こんなの、こんなのって……。
 こんな地獄のような生活が毎日なの?
 だとすれば、わたしは選択を誤ったかもしれない。いっそ、抵抗してカリルと共に死ぬべきだったかな。


「……っ」
「泣いているのかい、リディア。いいよ、そういう苦しそうな表情をする君も美しくて……儚くて……素敵だ」


 ……誰か、たすけて。
 お願い……。


 そんな願いが届いたのか、門の外から男性が入ってきた。……えっ、入って来れるの?

「止めろ、ヴァーノン。美しい女性が困っているではないか」
「ギャレン……! 無断で家に入ってくるな。呪いの強度が落ちるだろうが」
「知った事ではない。自分は、強力な呪いを感知して足を運んで来たんだ。……ほう、その感じだと一人殺しているな」


 この紳士服に身を包む黒髪の男性は何者なの? どうして呪いが分かるのだろう。


「言い掛かりはよせ。このリディアは婚約者でね、今は幸せにやっているんだ。放っておいてくれ」
「そうもいかない。自分は帝国認定・・・・の『呪術師』として調査する義務がある。ヴァーノン、悪いが調べさせて貰うよ」

「……チッ」


 悪態をついて舌打ちするヴァーノン。……待って、これは好機かも。まさか『呪術師』が向こうからやって来てくれるだなんて、願ってもない話。


 あのギャレンという方に何とかしてカリルの事を伝えないと……!
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