1 / 1
婚約破棄
しおりを挟む
「……今日で一週間だね、エリナ」
「そうですね。長いような短いような一週間でした、伯爵サマ」
「そんな君には、この『花』をプレゼントしよう」
「まあ、可愛いお花です。色鮮やかな桃色ですね」
「それはね、ネコサフランというんだよ。おまじないでね、口に咥えると幸運を呼ぶらしい。花びらを飲み込むと一生幸せになれるようだよ」
それは嬉しい。
ぜひ、花びらを飲み込んで一生の幸せを願いたい。わたしは、それだけの思いでネコサフランの花びらを摘み取り、飲み込んだ。
「……どうでしょうか」
「うん、さすがエリナ。僕との一生の幸せを願ってくれるとはね」
「もちろんです! だって、伯爵サマを愛して…………あれ、なんだか意識が朦朧と……う、気持ち悪い」
「ど、どうしたんだい、エリナ? 顔色が悪いよ?」
「花を食べたら、急に具合が……」
「…………ああ。それね」
えっ、なんだか伯爵サマの様子がおかしい。口元をあんなに歪め、どうしてそんな見下すような表情なの?
「……は、伯爵サマ?」
「ごめんごめん。そのネコサフランは『猛毒』さ。そんなに食べたら致死量だね、エリナ」
「は? は? ど、どういう、つもり……なんですか」
わたしは口元を押さえながら、伯爵サマに問う。
「エリナ、もう死んじゃうけど言わせてくれ……婚約破棄するよ。それとね、君の莫大な財産もいただく。一週間楽しかったよ……さようなら」
そっか……伯爵サマは、最初からそのつもりで……。
ぱたっと倒れ、わたしは意識を失った。
「…………(許せない、絶対に)」
◆
暗闇に囚われたわたしは、たぶん、死んでしまったんだと思う。……この闇こそ、天国が地獄ね。
「……あれ、でも」
目を開け、起き上がると『棺』の中だった。どうやら、あれから何日も経過し、わたしの葬儀があったようね。でも、わたしは生きていた。なぜか分からないけど……あ。
ここは墓地なのね。
両隣に墓標があった。
左右を確認すると、いずれも見覚えのある名前だった。……こ、これは! 侯爵家のルーン、子爵家のグウェンのお墓。なんで……なんで彼女達の名が?
ま、まさか……わたしと同じように毒殺されたの!? その無念の魂がわたしを助けてくれたのかな。だとすれば、わたしは伯爵サマをなんとしてでも……。
棺から出ると、そこには男性がいて驚いていた。
「うわッ! 死者が蘇った……?」
「えっ、あなたは?」
「おいおい、エリナ。幼馴染の顔を忘れたのかい。俺だよ俺。オースティンだよ」
「オースティン!? あの?」
「そうだとも。君が亡くなったと聞いてね……遠方の国から飛んできたわけさ。だから、この墓地に来て、君の顔をずっとみつめていたら、蘇ったからびっくりしたよ。何があったんだい?」
「オースティン……!」
――わたしは、伯爵シグナスに殺された事や財産を奪われた事を伝えた。
「それは酷い。なるほど、伯爵シグナスか。じゃあ、僕がこの国のキングズリー大公に掛け合ってあげよう」
「本当ですか、オースティン。それはありがたいです!」
「任せてくれ。君は、その伯爵から“奪い返す”だけでいい」
なんて頼りになる人なの。
幼い頃に親しかっただけなのに、オースティンはここまでしてくれるだなんて……頼りになる人だなってわたしは思った。
……その後、キングズリー大公の権力が大きく動き出し、わたしは彼のお屋敷へ舞い戻った。
「……エ、エリナ!!!」
わたしの登場に驚き、震える伯爵。
そうよね、当然の反応よね。
「伯爵サマ、わたしは帰ってきました。まずは、お礼をさせて頂きます」
「お、お礼……?」
「よくも殺してくれましたね!! この婚約指輪はお返しします!!」
「……ぐっ!!」
コツンと彼のひたいにぶつかる指輪。もうこれで未練は断ち切った。でも、まだ終わらない。この国一番のキングズリー大公がシグナスを見つめる。
「伯爵、キミはいくつもの殺人を犯したようだね。この花が証拠だ」
その手には『ネコサフラン』があった。
彼の部屋からも見つかっていた。
「……ち、違う! たまたまだ!」
「たまたま?」
大公がわたしに確認してくる。
「たまたまなんてあり得ません! わたしは確かに一度殺されました! 彼は悪魔のような表情で婚約破棄し……わたしの財産を奪った」
「その通り。エリナ嬢の財産は、伯爵のものとなっているし……伯爵に殺されたと思われる他の令嬢の財産も奪われている。これを偶然で片付けるには、少々無理があるだろうね。そう思うだろう、オースティン」
「はい、俺はエリナを信じます」
「……よろしい。伯爵シグナス、貴様の財産は全てエリナ嬢のものとする。この屋敷も土地も何もかもだ。そして、貴様は爵位を剥奪し、殺人罪で監獄へ送る」
それが大公のお言葉だった。
「そ、そんな!! 大公殿下!! お待ちください!! 僕は何もしていないし、エリナとは愛し合って……」
「あなたなんて愛していませんし、大嫌いです! 目の前から消えて下さい、この殺人鬼!!」
「…………うぐっ」
床に膝をつき、観念する伯爵。
彼は騎士に連行されていった。
「キングズリー大公殿下、ありがとうございました」
「いや、親友のオースティンの頼みだったからな」
大公は、オースティンの肩にポンと手を置き、堂々と去っていった。……本当に感謝しかない。でも、もっと感謝すべき相手はオースティンだ。
「オースティン、お礼を」
「いや、俺は当然の事をしたまでだ。エリナ、全部戻って来て良かったな」
「はい……本当にありがとうございます」
オースティンに抱きついて、感謝を表す。
「……エリナ」
「オースティン、良ければわたしと一緒になって下さい」
「いいのかい?」
「はい、わたしは一度は死んだ身。新しい人生をやり直したいのです」
「……分かった。君を必ず幸せにしてみせるよ、王子としてね」
「えっ、オースティンは王子なんですか?」
「ああ、実はね。皆には内緒だよ」
「……まさか幼馴染が王子様だったなんて!」
――その後、わたしとオースティン王子はひとつとなり、本当の幸せを手に入れた。
「そうですね。長いような短いような一週間でした、伯爵サマ」
「そんな君には、この『花』をプレゼントしよう」
「まあ、可愛いお花です。色鮮やかな桃色ですね」
「それはね、ネコサフランというんだよ。おまじないでね、口に咥えると幸運を呼ぶらしい。花びらを飲み込むと一生幸せになれるようだよ」
それは嬉しい。
ぜひ、花びらを飲み込んで一生の幸せを願いたい。わたしは、それだけの思いでネコサフランの花びらを摘み取り、飲み込んだ。
「……どうでしょうか」
「うん、さすがエリナ。僕との一生の幸せを願ってくれるとはね」
「もちろんです! だって、伯爵サマを愛して…………あれ、なんだか意識が朦朧と……う、気持ち悪い」
「ど、どうしたんだい、エリナ? 顔色が悪いよ?」
「花を食べたら、急に具合が……」
「…………ああ。それね」
えっ、なんだか伯爵サマの様子がおかしい。口元をあんなに歪め、どうしてそんな見下すような表情なの?
「……は、伯爵サマ?」
「ごめんごめん。そのネコサフランは『猛毒』さ。そんなに食べたら致死量だね、エリナ」
「は? は? ど、どういう、つもり……なんですか」
わたしは口元を押さえながら、伯爵サマに問う。
「エリナ、もう死んじゃうけど言わせてくれ……婚約破棄するよ。それとね、君の莫大な財産もいただく。一週間楽しかったよ……さようなら」
そっか……伯爵サマは、最初からそのつもりで……。
ぱたっと倒れ、わたしは意識を失った。
「…………(許せない、絶対に)」
◆
暗闇に囚われたわたしは、たぶん、死んでしまったんだと思う。……この闇こそ、天国が地獄ね。
「……あれ、でも」
目を開け、起き上がると『棺』の中だった。どうやら、あれから何日も経過し、わたしの葬儀があったようね。でも、わたしは生きていた。なぜか分からないけど……あ。
ここは墓地なのね。
両隣に墓標があった。
左右を確認すると、いずれも見覚えのある名前だった。……こ、これは! 侯爵家のルーン、子爵家のグウェンのお墓。なんで……なんで彼女達の名が?
ま、まさか……わたしと同じように毒殺されたの!? その無念の魂がわたしを助けてくれたのかな。だとすれば、わたしは伯爵サマをなんとしてでも……。
棺から出ると、そこには男性がいて驚いていた。
「うわッ! 死者が蘇った……?」
「えっ、あなたは?」
「おいおい、エリナ。幼馴染の顔を忘れたのかい。俺だよ俺。オースティンだよ」
「オースティン!? あの?」
「そうだとも。君が亡くなったと聞いてね……遠方の国から飛んできたわけさ。だから、この墓地に来て、君の顔をずっとみつめていたら、蘇ったからびっくりしたよ。何があったんだい?」
「オースティン……!」
――わたしは、伯爵シグナスに殺された事や財産を奪われた事を伝えた。
「それは酷い。なるほど、伯爵シグナスか。じゃあ、僕がこの国のキングズリー大公に掛け合ってあげよう」
「本当ですか、オースティン。それはありがたいです!」
「任せてくれ。君は、その伯爵から“奪い返す”だけでいい」
なんて頼りになる人なの。
幼い頃に親しかっただけなのに、オースティンはここまでしてくれるだなんて……頼りになる人だなってわたしは思った。
……その後、キングズリー大公の権力が大きく動き出し、わたしは彼のお屋敷へ舞い戻った。
「……エ、エリナ!!!」
わたしの登場に驚き、震える伯爵。
そうよね、当然の反応よね。
「伯爵サマ、わたしは帰ってきました。まずは、お礼をさせて頂きます」
「お、お礼……?」
「よくも殺してくれましたね!! この婚約指輪はお返しします!!」
「……ぐっ!!」
コツンと彼のひたいにぶつかる指輪。もうこれで未練は断ち切った。でも、まだ終わらない。この国一番のキングズリー大公がシグナスを見つめる。
「伯爵、キミはいくつもの殺人を犯したようだね。この花が証拠だ」
その手には『ネコサフラン』があった。
彼の部屋からも見つかっていた。
「……ち、違う! たまたまだ!」
「たまたま?」
大公がわたしに確認してくる。
「たまたまなんてあり得ません! わたしは確かに一度殺されました! 彼は悪魔のような表情で婚約破棄し……わたしの財産を奪った」
「その通り。エリナ嬢の財産は、伯爵のものとなっているし……伯爵に殺されたと思われる他の令嬢の財産も奪われている。これを偶然で片付けるには、少々無理があるだろうね。そう思うだろう、オースティン」
「はい、俺はエリナを信じます」
「……よろしい。伯爵シグナス、貴様の財産は全てエリナ嬢のものとする。この屋敷も土地も何もかもだ。そして、貴様は爵位を剥奪し、殺人罪で監獄へ送る」
それが大公のお言葉だった。
「そ、そんな!! 大公殿下!! お待ちください!! 僕は何もしていないし、エリナとは愛し合って……」
「あなたなんて愛していませんし、大嫌いです! 目の前から消えて下さい、この殺人鬼!!」
「…………うぐっ」
床に膝をつき、観念する伯爵。
彼は騎士に連行されていった。
「キングズリー大公殿下、ありがとうございました」
「いや、親友のオースティンの頼みだったからな」
大公は、オースティンの肩にポンと手を置き、堂々と去っていった。……本当に感謝しかない。でも、もっと感謝すべき相手はオースティンだ。
「オースティン、お礼を」
「いや、俺は当然の事をしたまでだ。エリナ、全部戻って来て良かったな」
「はい……本当にありがとうございます」
オースティンに抱きついて、感謝を表す。
「……エリナ」
「オースティン、良ければわたしと一緒になって下さい」
「いいのかい?」
「はい、わたしは一度は死んだ身。新しい人生をやり直したいのです」
「……分かった。君を必ず幸せにしてみせるよ、王子としてね」
「えっ、オースティンは王子なんですか?」
「ああ、実はね。皆には内緒だよ」
「……まさか幼馴染が王子様だったなんて!」
――その後、わたしとオースティン王子はひとつとなり、本当の幸せを手に入れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる