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婚約破棄

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「……今日で一週間だね、エリナ」
「そうですね。長いような短いような一週間でした、伯爵サマ」

「そんな君には、この『花』をプレゼントしよう」

「まあ、可愛いお花です。色鮮やかな桃色ですね」
「それはね、ネコサフランというんだよ。おまじない・・・・・でね、口に咥えると幸運を呼ぶらしい。花びらを飲み込むと一生幸せになれるようだよ」


 それは嬉しい。
 ぜひ、花びらを飲み込んで一生の幸せを願いたい。わたしは、それだけの思いでネコサフランの花びらを摘み取り、飲み込んだ。


「……どうでしょうか」
「うん、さすがエリナ。僕との一生の幸せを願ってくれるとはね」

「もちろんです! だって、伯爵サマを愛して…………あれ、なんだか意識が朦朧もうろうと……う、気持ち悪い」

「ど、どうしたんだい、エリナ? 顔色が悪いよ?」

「花を食べたら、急に具合が……」

「…………ああ。それね」


 えっ、なんだか伯爵サマの様子がおかしい。口元をあんなに歪め、どうしてそんな見下すような表情なの?


「……は、伯爵サマ?」

「ごめんごめん。そのネコサフランは『猛毒・・』さ。そんなに食べたら致死量だね、エリナ」
「は? は? ど、どういう、つもり……なんですか」


 わたしは口元を押さえながら、伯爵サマに問う。


「エリナ、もう死んじゃうけど言わせてくれ……婚約破棄するよ。それとね、君の莫大な財産もいただく。一週間楽しかったよ……さようなら」


 そっか……伯爵サマは、最初からそのつもりで……。


 ぱたっと倒れ、わたしは意識を失った。



「…………(許せない、絶対に)」


 ◆


 暗闇に囚われたわたしは、たぶん、死んでしまったんだと思う。……この闇こそ、天国が地獄ね。


「……あれ、でも」


 目を開け、起き上がると『ひつぎ』の中だった。どうやら、あれから何日も経過し、わたしの葬儀があったようね。でも、わたしは生きていた。なぜか分からないけど……あ。

 ここは墓地なのね。

 両隣に墓標があった。
 左右を確認すると、いずれも見覚えのある名前だった。……こ、これは! 侯爵家のルーン、子爵家のグウェンのお墓。なんで……なんで彼女達の名が?


 ま、まさか……わたしと同じように毒殺されたの!? その無念の魂がわたしを助けてくれたのかな。だとすれば、わたしは伯爵サマをなんとしてでも……。


 棺から出ると、そこには男性がいて驚いていた。


「うわッ! 死者が蘇った……?」
「えっ、あなたは?」
「おいおい、エリナ。幼馴染の顔を忘れたのかい。俺だよ俺。オースティンだよ」

「オースティン!? あの?」

「そうだとも。君が亡くなったと聞いてね……遠方の国から飛んできたわけさ。だから、この墓地に来て、君の顔をずっとみつめていたら、蘇ったからびっくりしたよ。何があったんだい?」

「オースティン……!」


 ――わたしは、伯爵シグナスに殺された事や財産を奪われた事を伝えた。


「それは酷い。なるほど、伯爵シグナスか。じゃあ、僕がこの国のキングズリー大公に掛け合ってあげよう」
「本当ですか、オースティン。それはありがたいです!」

「任せてくれ。君は、その伯爵から“奪い返す”だけでいい」


 なんて頼りになる人なの。
 幼い頃に親しかっただけなのに、オースティンはここまでしてくれるだなんて……頼りになる人だなってわたしは思った。



 ……その後、キングズリー大公の権力が大きく動き出し、わたしは彼のお屋敷へ舞い戻った。



「……エ、エリナ!!!」


 わたしの登場に驚き、震える伯爵。
 そうよね、当然の反応よね。


「伯爵サマ、わたしは帰ってきました。まずは、お礼をさせて頂きます」
「お、お礼……?」

「よくも殺してくれましたね!! この婚約指輪はお返しします!!」

「……ぐっ!!」


 コツンと彼のひたいにぶつかる指輪。もうこれで未練は断ち切った。でも、まだ終わらない。この国一番のキングズリー大公がシグナスを見つめる。


「伯爵、キミはいくつもの殺人を犯したようだね。この花が証拠だ」


 その手には『ネコサフラン』があった。
 彼の部屋からも見つかっていた。


「……ち、違う! たまたまだ!」
「たまたま?」

 大公がわたしに確認してくる。


「たまたまなんてあり得ません! わたしは確かに一度殺されました! 彼は悪魔のような表情で婚約破棄し……わたしの財産を奪った」

「その通り。エリナ嬢の財産は、伯爵のものとなっているし……伯爵に殺されたと思われる他の令嬢の財産も奪われている。これを偶然で片付けるには、少々無理があるだろうね。そう思うだろう、オースティン」

「はい、俺はエリナを信じます」

「……よろしい。伯爵シグナス、貴様の財産は全てエリナ嬢のものとする。この屋敷も土地も何もかもだ。そして、貴様は爵位を剥奪し、殺人罪で監獄へ送る」


 それが大公のお言葉だった。


「そ、そんな!! 大公殿下!! お待ちください!! 僕は何もしていないし、エリナとは愛し合って……」

「あなたなんて愛していませんし、大嫌いです! 目の前から消えて下さい、この殺人鬼!!」

「…………うぐっ」


 床に膝をつき、観念する伯爵。
 彼は騎士に連行されていった。


「キングズリー大公殿下、ありがとうございました」
「いや、親友のオースティンの頼みだったからな」


 大公は、オースティンの肩にポンと手を置き、堂々と去っていった。……本当に感謝しかない。でも、もっと感謝すべき相手はオースティンだ。


「オースティン、お礼を」
「いや、俺は当然の事をしたまでだ。エリナ、全部戻って来て良かったな」
「はい……本当にありがとうございます」

 オースティンに抱きついて、感謝を表す。

「……エリナ」
「オースティン、良ければわたしと一緒になって下さい」
「いいのかい?」
「はい、わたしは一度は死んだ身。新しい人生をやり直したいのです」
「……分かった。君を必ず幸せにしてみせるよ、王子としてね」

「えっ、オースティンは王子なんですか?」

「ああ、実はね。皆には内緒だよ」
「……まさか幼馴染が王子様だったなんて!」


 ――その後、わたしとオースティン王子はひとつとなり、本当の幸せを手に入れた。
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