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しおりを挟む好きだと言われて、戸惑った。
もうこの頃には天先輩を人間として好ましく思ってはいたけれど、そういう感情を抱いたことはなかったから。そもそも俺の「好き」の対象は女性だったから、その選択肢に至ることがなかったと言った方が正しい。
「返事はしなくていいから」
そう言われて少しだけホッとした。と同時に、考える余裕のできた頭が思考をまわす。
天先輩は、「完敗」だと言った。俺たちの間で密かに行われている勝負。それは、俺が天先輩にとって「価値のある人間」になれるかどうかというものだった。
その先にあるのは、『サポーター』制度の廃止。即ち、兄の解放だ。
「じゃあ……今の俺がお願いすれば、『サポーター』制度は廃止にしてもらえるんでしょうか」
期待が意図しないままに、言葉になっていた。
その言葉を聞いた天先輩が「そういうことになるね」と悲しそうに言ったのを機に、それがどれだけ浅はかな発言だったかを思い知る。
人の好意から逃げておきながら、自分の要求だけは通そうとするなんて。なんて、失礼なことをしてしまったんだろう。
「すみません、今のは」
出てしまった言葉は消せないと知りながら、必死に弁明をしようとする。
先輩の好意を、敗北宣言としか受け取っていないなんて思われたくなかった。すぐに答えを返せないのは戸惑っているからであって、無下にしているわけではないのに。
「いいんだよ。もともとそのために秋弥は頑張ってきたんでしょう」
「でも、あまりにも失礼な発言でした」
天先輩は、何を考えているんだろう。いつもの彼みたいなキレはなくて、何かを必死に考えているような感じがする。今この瞬間も、上の空で会話をしているような感覚があった。
最初は自分の発言に怒っているのかとも思ったが、もっと天先輩なら分かりやすい怒り方をする。口数が多くなって、ネチネチと人を追い詰めるような怒り方だ。
じゃあ、呆れた? あんまりな態度に、話す価値もないと思われてしまったのだろうか。そんな風にも考えるが、そこまで負の空気を感じるわけではない。
そのまま沈黙を数分耐えていると、天先輩が口を開いた。
「『サポーター』制度廃止の件だけど……いくら会長が言うことでも、根回しも無しに伝統を潰そうとすると反発が出てしまう」
「根回し?」
「例えば、あまりにも『サポーター』が酷い扱いを受けているって噂が出回って、一般生徒から廃止の声が多くあがるとかね。今は時代が立ちすぎて、『サポーター』と関係のあった一部の生徒から不満の声が出ることはあるけれど、大半の生徒にとっては当たり前の事実になっている。要は、大きな改革をするには理由が必要ってことだよ」
「なんとなく分かりますけど……。『サポーター』制度がなくなって困るのは生徒会役員の人たちだけなんじゃないですか」
自分の感覚では、こんな制度すぐに廃止してしまっていいように思える。
当たり前の事実になってしまっているのは、声をあげるのが怖いからそうなっているからなんじゃないのかと。本当は、無くなってほしいと思っているのではないかと。
「秋弥には理解できないかもしれないけど、『サポーター』になることを目標にしている一般生徒だっているんだよ。それこそ、君を助けに行った時に居合わせていたような人たちは、俺の『サポーター』になることを望んでる」
「なんで……」
「授業も部活も参加せずに、ずっと好きな人の隣に居られる特権が得られるってことだからね」
まさか、従える側ではない人間にも利のある制度だったとは。たしかに、普通に恋人同士というだけでは、普通に生活をするがために時間的・物理的に離れる時間が出来てしまう。だからって、それを自分から望む人もいるだなんて衝撃だった。
「それに、一般生徒の世論が『サポーター』制度反対なら、存続をしたかった他の生徒会役員たちも迂闊に俺に文句を言って来れなくなる。大衆を味方につけるのは、改革をする時には大切なことなんだよ」
そこまで言われて、ようやく納得をする。それと同時に、やっぱりこの人はすごい人だと思った。俺と1年しか違わないのに、こんなにも多くの人間のことを考えて自分の行動を選択している。
そんな思考の格の違いを見せつけられた後だったため、次の提案もおかしいとは気付けなかった。
「だから、まずは会長の人脈を使って、『サポーター』がいかに酷いことをされているかって噂を流すことにするよ。ただそれだと、秋弥は聞かれたくないことを聞かれたり、また噂を本気にした変な輩に襲われたりするなんてことも起こるかもしれない。だから、君には明日からこの部屋だけで過ごしてほしいんだ」
「……それって、授業にも行かないってことですか」
「そうなるね。でも噂が流れている間に学校内にいたら、絶対に君はまた傷つくことになると思う。俺はもう、秋弥が傷つくところは見たくないんだ」
切実にそう言われてしまえば、簡単に拒むことなんて出来ない。そもそも噂を流すのは俺のためであって、既に自分のお願いは聞いてもらっているのだから。
痣の応急措置を丁寧にしてくれた天先輩の姿が頭に浮かぶ。
確かに俺が傷ついて、傷つくのはこの人なのだろうと思った。
「分かりました。天先輩が大丈夫だって判断するまで、ここに居ます」
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