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プロローグ
第6話
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その態度に、胸がぎゅっと締め付けられる。『千秋ちゃんの言葉なら信じられる』って、前はそう言ってくれていたのに。
「なんだよ、それ」
だんだんと怒りのようなものが沸き上がる。
「興味本位で拓海に近づく女の子たちと、僕も同じだと思うってこと? 僕のことも、拓海からすぐに離れていく人間だと思ってるの?」
自分でも驚くほどに不機嫌な声が出た。彼もまずいと思ったのか、間髪入れず反論が飛んでくる。
「違うよ。千秋ちゃん以外には一番にさせてほしいなんて頼まない。思ったこともない」
でもそれは、僕の欲しい言葉じゃなかった。
「そうじゃなくて」
拓海の前髪に向かって手を伸ばす。サラリとした前髪を払って、彼の目を覗き込んだ。
「どうしたら、信じてくれるの」
もし彼の言う通りに彼女を別れたとしても、きっと拓海の気持ちは晴れない。またいつかの未来のことを考えては、一番じゃなくなることに怯えるんだろう。
「何をしたら、拓海は僕を信じてくれる?」
子どもを諭すように、努めて柔らかい音色で聞いた。
「言っても、いいの」
「僕にできることなら」
まるで怒られたあとの子どもみたいに目を泳がせながら、彼は願いを口にする。
「千秋ちゃんの、時間をちょうだい。1日でも、半日だけでもいい。その時間だけは、僕だけの千秋ちゃんでいてほしい」
申し訳なさそうに話す彼に、そんなことかと思った。普通に呼んでくれれば、僕はいつだって拓海のもとに行くのに。
とはいえ、自分の家もあるから常に拓海の家に居座るわけにもいかない。
「わかった。金曜の夜から土曜日の夕方まででもいい?」
そう問えば驚いたような顔をしたあと、嬉しそうにコクリと頷いた。
「来週から? それとも明後日から?」
「……明後日からがいい」
時々、拓海は子どもに戻ったみたいに甘えてくる。家では1人、学校では人気者。そんな生活を続けてきた彼は、きっと人に頼ることを忘れて生きてきたんだろう。そんな彼のために自分がいるのなら、これでいいと思ってしまった。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」
「うん。金曜日、約束だよ」
「大丈夫だって。忘れたりしない」
玄関の扉を開ける。冷たい風邪が心地いい。
「千秋ちゃん、ありがとう」
去り際、そう呟いた拓海の表情は、誰もが見とれるような笑顔だった。
朝起きて昨日のことを思いだせば、自然と口から溜め息が漏れた。
思えば、キスをするよりも恥ずかしい言葉を交わしていた気がする。
「やばっ、もうこんな時間」
時計を見ると午前8時。いつもよりも30分も遅く起きてしまった。寝ている僕も、昨日の動揺を引きずっていたんだろうか。
急いでパンを食べ、全速力で学校へ向かった。冬へと向かいつつある冷たい風が、少しずつ僕の頭を冷やしていく。
道すがら、どう拓海と顔を合わせればいいかを考えた。そんな僕とは逆に、拓海は昨日のが嘘だったかのようにいつも通りだった。
始業のチャイム5分前だというのに拓海の周りには人だかりができていて、彼もそれに答えている。そんな姿に、なんとなく苛立ちを感じた。
僕には彼女を別れろと言っておきながら、そんな風に女の子たちに囲まれているなんてアンフェアじゃないのかとか、僕に昨日のことを悩ませておいて自分は気にしなさすぎなんじゃないのか、とか。文句を言いたいことはたくさんある。
でもそんなの、この学校という場では言えるわけがない。
いつもより乱暴に椅子を引いて、荒っぽく荷物を置いた。静かだったらよく響いたであろうその音は、朝の騒がしさにかき消される。次いで、前の扉がガラッと音を立てながら開いた。先生だと気付いた皆が、一気に声のボリュームを落とす。すぐに学級委員の号令が響いて、簡単な事務連絡と先生の話が耳を流れていく。
再び教室に喧噪が戻るまで、5分とたたなかった。
いつもは何ともない休み時間がやけに苦痛に感じられる。きっと「学校での拓海」が、2人でいる時よりもずっと遠いからだ。僕と一緒に居る時の彼とは確かに別人で、意識すればするほどどんな風に声をかけていいのか分からない。
なんというか、「学校での拓海」は人を寄せ付けようとしないのだ。囲まれているけど、孤高というか。まるで、人気者の役割を演じているかのような。
なんてことを考えて視線を下に向けていれば、不意に机にできた影。
「千秋ちゃん、おはよ」
「……おはよう」
噂をすればなんとやら。驚いて、妙な間ができてしまった。
「何かあったの? いつもより元気ないね」
「何でもないよ。ただ少し寝坊して、急いできたから疲れただけ」
拓海のせいだろと言いたくなったのをぐっとこらえる。そんな僕の姿を見た拓海は、2人の時だけに見せるような素の笑顔をふわりと浮かべた。周りの目を気にして開いていた距離が、急に縮まる。
「寝坊したのは……僕のせい?」
イタズラをした後の子どもみたいな、得意げな声。こんなこと、今までなかったのに。
学校での拓海は、「学校での拓海」を演じきっていたのに。絶対に、「僕」なんて言わないくせに。
「ほんと、何でもないから」
動揺しすぎて、その通りなのについ否定をしてしまった。
上手いタイミングで鳴った授業開始のチャイムに助けられて、甘い空気が離散する。今日ばかりは、何も考えずに座っていられる授業をありがたく思った。
それからは、会話はするけれど目を合わせられない日が続いて、気付けば金曜の放課後になっていた。
「なんだよ、それ」
だんだんと怒りのようなものが沸き上がる。
「興味本位で拓海に近づく女の子たちと、僕も同じだと思うってこと? 僕のことも、拓海からすぐに離れていく人間だと思ってるの?」
自分でも驚くほどに不機嫌な声が出た。彼もまずいと思ったのか、間髪入れず反論が飛んでくる。
「違うよ。千秋ちゃん以外には一番にさせてほしいなんて頼まない。思ったこともない」
でもそれは、僕の欲しい言葉じゃなかった。
「そうじゃなくて」
拓海の前髪に向かって手を伸ばす。サラリとした前髪を払って、彼の目を覗き込んだ。
「どうしたら、信じてくれるの」
もし彼の言う通りに彼女を別れたとしても、きっと拓海の気持ちは晴れない。またいつかの未来のことを考えては、一番じゃなくなることに怯えるんだろう。
「何をしたら、拓海は僕を信じてくれる?」
子どもを諭すように、努めて柔らかい音色で聞いた。
「言っても、いいの」
「僕にできることなら」
まるで怒られたあとの子どもみたいに目を泳がせながら、彼は願いを口にする。
「千秋ちゃんの、時間をちょうだい。1日でも、半日だけでもいい。その時間だけは、僕だけの千秋ちゃんでいてほしい」
申し訳なさそうに話す彼に、そんなことかと思った。普通に呼んでくれれば、僕はいつだって拓海のもとに行くのに。
とはいえ、自分の家もあるから常に拓海の家に居座るわけにもいかない。
「わかった。金曜の夜から土曜日の夕方まででもいい?」
そう問えば驚いたような顔をしたあと、嬉しそうにコクリと頷いた。
「来週から? それとも明後日から?」
「……明後日からがいい」
時々、拓海は子どもに戻ったみたいに甘えてくる。家では1人、学校では人気者。そんな生活を続けてきた彼は、きっと人に頼ることを忘れて生きてきたんだろう。そんな彼のために自分がいるのなら、これでいいと思ってしまった。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね」
「うん。金曜日、約束だよ」
「大丈夫だって。忘れたりしない」
玄関の扉を開ける。冷たい風邪が心地いい。
「千秋ちゃん、ありがとう」
去り際、そう呟いた拓海の表情は、誰もが見とれるような笑顔だった。
朝起きて昨日のことを思いだせば、自然と口から溜め息が漏れた。
思えば、キスをするよりも恥ずかしい言葉を交わしていた気がする。
「やばっ、もうこんな時間」
時計を見ると午前8時。いつもよりも30分も遅く起きてしまった。寝ている僕も、昨日の動揺を引きずっていたんだろうか。
急いでパンを食べ、全速力で学校へ向かった。冬へと向かいつつある冷たい風が、少しずつ僕の頭を冷やしていく。
道すがら、どう拓海と顔を合わせればいいかを考えた。そんな僕とは逆に、拓海は昨日のが嘘だったかのようにいつも通りだった。
始業のチャイム5分前だというのに拓海の周りには人だかりができていて、彼もそれに答えている。そんな姿に、なんとなく苛立ちを感じた。
僕には彼女を別れろと言っておきながら、そんな風に女の子たちに囲まれているなんてアンフェアじゃないのかとか、僕に昨日のことを悩ませておいて自分は気にしなさすぎなんじゃないのか、とか。文句を言いたいことはたくさんある。
でもそんなの、この学校という場では言えるわけがない。
いつもより乱暴に椅子を引いて、荒っぽく荷物を置いた。静かだったらよく響いたであろうその音は、朝の騒がしさにかき消される。次いで、前の扉がガラッと音を立てながら開いた。先生だと気付いた皆が、一気に声のボリュームを落とす。すぐに学級委員の号令が響いて、簡単な事務連絡と先生の話が耳を流れていく。
再び教室に喧噪が戻るまで、5分とたたなかった。
いつもは何ともない休み時間がやけに苦痛に感じられる。きっと「学校での拓海」が、2人でいる時よりもずっと遠いからだ。僕と一緒に居る時の彼とは確かに別人で、意識すればするほどどんな風に声をかけていいのか分からない。
なんというか、「学校での拓海」は人を寄せ付けようとしないのだ。囲まれているけど、孤高というか。まるで、人気者の役割を演じているかのような。
なんてことを考えて視線を下に向けていれば、不意に机にできた影。
「千秋ちゃん、おはよ」
「……おはよう」
噂をすればなんとやら。驚いて、妙な間ができてしまった。
「何かあったの? いつもより元気ないね」
「何でもないよ。ただ少し寝坊して、急いできたから疲れただけ」
拓海のせいだろと言いたくなったのをぐっとこらえる。そんな僕の姿を見た拓海は、2人の時だけに見せるような素の笑顔をふわりと浮かべた。周りの目を気にして開いていた距離が、急に縮まる。
「寝坊したのは……僕のせい?」
イタズラをした後の子どもみたいな、得意げな声。こんなこと、今までなかったのに。
学校での拓海は、「学校での拓海」を演じきっていたのに。絶対に、「僕」なんて言わないくせに。
「ほんと、何でもないから」
動揺しすぎて、その通りなのについ否定をしてしまった。
上手いタイミングで鳴った授業開始のチャイムに助けられて、甘い空気が離散する。今日ばかりは、何も考えずに座っていられる授業をありがたく思った。
それからは、会話はするけれど目を合わせられない日が続いて、気付けば金曜の放課後になっていた。
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