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好きかも

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 夏休みが始まると私は昼過ぎまで眠ってスマホをいじるか漫画を読むかの廃人のような生活を送り出した。
 元来の甘やかされて育った怠け者体質が災いしてその生活は私から目覚める時間を徐々に奪っていく。
 SNSを見ると真希はサークルメンバーと頻繁に海などに行って遊んでいて、好美は新しく出来た社会人の彼氏とリッチなデートを楽しみ、景子はメイド喫茶のアルバイトに勤しんでいた。
 みんなの充実した生活を覗き見ると私もアルバイトやサークルをやればよかったと後悔する。でも今さらサークルに入るのは気が引けるし、アルバイトだって面接があったりして面倒臭いから実際にやる気が起きない。
 そんな風にうだうだと考えて暇を持て余していると純二から頻繁にラインが来た。
 忙しい友達たちに放置された私は暇で寂しかった為、純二からラインが来るのが正直、嬉しかった。
 純二に隣町にあるオシャレなカフェに行かないかと誘われた私はすぐに承諾して二人でカフェに行くことになった。
 当日、純二は初めて会った時にしていたフープピアスをしてダスティブルーのセットアップに白のサンダルを履いて笑顔で私に手を振った。
 私は待ち合わせの時のラインをしながらまだ見慣れていない純二を見つける作業がどうも苦手で会うと逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えて彼の前に立つ。
 二人で向かったカフェは白を基調としたシンプルな外装で海の家を連想させるテラス席のついたウッド調の建物だった。
 私達はそこでアイスクリームと飲み物を注文した。
 私はいちごアイスとハイビスカスティーを頼み、純二はバニラアイスとアイスコーヒーを頼んだ。
 「いちごが好きなの?」
 向かいに座る純二に尋ねられた私は首を傾げて、そうなのかもしれない。と返した。
 でもいちごは好きだけどもっと好きなフルーツはパイナップルだ。幼少期にパイナップルを食べ過ぎて口がイガイガした記憶が蘇る。
 その話を純二にすると彼は笑って、あるあるだよね~と返した。
 そこから私達は互いの好きな食べ物について話した。
 純二は甘党で辛いものが苦手だと言う。
 「え~じゃあ、韓国料理はダメなの?」
 「ダメだよ。辛いじゃん。」
 「辛くないものもあるんだよ。」
 「そうなの?それなら大丈夫!」
 そう言って私に微笑む純二を見ていると友香の顔が浮かんだ。
 “私はね、辛いものとチーズが好きなの。“
 ゆるキャラフェスタの帰りに私を韓国料理の店へと引っ張っていった友香の活き活きとした顔が浮かぶ。
 「ねぇ、じゃあチーズは好き?」
 試しに尋ねると純二は、別に普通~。と言ってアイスコーヒーを飲んだ。
 「そうなんだ。……私は辛いものもチーズも好きなんだけど友香も一緒なんだ。」
 私がそう言うと純二は私の顔をじっと見つめて何かを考えるように黙り込んだ。
 やがて彼は過去の記憶を辿るように友香の話を始めた。
 「山口さんは高ニの時に移動教室でみんなが楽しそうにワイワイしながら歩いている中、一人だけ一番後ろでつまんなそうにポツンと歩いているのを見たことあるんだ。タイプじゃないけど目立つ子だったから、それで自然と覚えていた。だからバイト先で会った時、あの子だ!って思って試しに話しかけたら向こうも俺のこと知っててビックリした。」
 「…そうなんだ。ねぇ、友香は山塚くんに私のことなんか言ってた?」
 そう尋ねると純二は私の顔を見てなんだか嬉しそうに頬を緩ませた。
 「言ってた。可愛くて純粋で優しい子だから傷つけないでねって!」
 私の顔を見て満面の笑みを浮かべる純二。その顔を見ていると脳内に友香の笑顔が浮かんだ。
 キリッとした顔立ちに芯の強さを感じる友香の笑顔。あの子の強さが私の憧れだった。
 でも本当はいっぱい傷ついて一人にされて、勝手に一人の道を選ばなければならないだけだったのだ。
 傷ついた分だけ勝手に強くさせられたのだ。
 可哀想な友香…可哀想なのにみんな彼女から目が離せない。私もその中の一人だ。
 「なんだか祐美ちゃんは俺のことよりも山口さんに夢中だな~。もっと俺にも興味持ってよ!…あ!そうだ!お好み焼き好き?次はお好み焼き食べに行こうよ!」
 純二の言葉に笑顔で頷くと彼は一瞬、驚いたように目を見開いて嬉しそうにガッツポーズした。
 「やった~!いつ空いてる?」
 「明日。」
 そんなやり取りをして私達は明日も会うことになった。

 翌日、純二とお好み焼きを食べに行った。
 純二は鉄板上のお好み焼きを綺麗に丸くするのが得意で満月のようにまん丸なお好み焼きをつくってくれた。
 豚玉と海鮮ミックスのお好み焼きに私のリクエストでチーズと餅をトッピングしたものを二人で分けて食べた。
 もんじゃ焼きも頼んで今度は私がつくったが、ヘラで具材を細かく切るのが下手で途中から純二がやってくれた。
 二人でつくってお腹いっぱい食べ終えると共同作業をしたこともあって満腹度と同じくらい幸福度も高くなった。
 その影響で私の純二に対する警戒心はどんどんと下がっていって気づけば互いの予定が空いている日はほぼ毎日、会うようになっていた。
 やがて金欠の私に対していつもお金を出す純二を申し訳なく思い、家に招き入れた。
 すると純二が週に何回も家に来るようになり二人でテレビや動画を観たり、彼が簡単な食事を作ってくれるようになった。
 「俺たち、試しに付き合ってみない?」
 純二が私にそう言ったのは家に来るようになって二週間が経過した頃だった。
 彼がキノコのクリームリゾットとミネストローネを作ってくれて、手の込んだ料理を作ってくれたことと美味しさに沸いていると隣で一緒に食べていた純二が急にぽつりと呟くように告ってきた。
 たわいもない話をするのかと思っていた私は突然の告白に驚いて一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
 告白を理解すると私はどうするべきか悩んで黙り込んだ。すると彼は慌てた様子で私を説得するように話し出した。
 「あまり深く考えないでさ、サクッと付き合ってみようよ!祐美ちゃん、サークルもバイトもやってないから中々、出会いもないだろうし…試しに俺と付き合ってみたら良いことあるかもよ?」
 あまりにも軽すぎる純二の告白は私が思い描いていた理想とはかけ離れていて言葉を失くす。
 というか、これが告白?私が求めていた告白はもっと、君が好きなんだ!君じゃなくちゃダメなんだ!!みたいな恋愛ドラマそのものを想像していたのに実際はスーパーの試食品を勧めるような告白で内心、残念だった。
 残念で仕方なかったけれど私の様子を窺うように見つめる純二の顔を見ていると愛されないモヤモヤから現実逃避して凍てついていた心が溶けていき、まぁ、いっか…と思えた。
 「うん。」
 私が頷くと純二はホッとした笑顔を見せて何事もなかったかのように再びリゾットを食べ出した。
 私も何事もなかったかのように食事する。
 今この瞬間、私達は彼氏彼女になったのにさっきと何一つ変わらなくて私は少しだけモヤっとした。
 付き合うってこんな感じなの?
 そう思ったけれど何も言えずに食事を終えて皿洗いをした。
 その後、二人でテレビを観ていると純二が私のそばに寄って顔を近づけたため、キスをするのだと理解して瞳を閉じると彼のわずかな鼻息が聞こえた状態で彼の唇が私の唇に当たった。柔らかな唇の感触を感じると、これがキスなのか…と思った。
 ファーストキスの感想はとにかく顔が近い…と、柔らかくて一瞬だなぁ~だった。
 テレビを見終えて二人で喋っている時も彼が急に黙り込んで私を熱を帯びた目で見てきた。
 楽しく喋っていた私は純二の熱い視線に戸惑いつつも、それがキスをしたいサインなんだと理解して喋るのを止める。
 純二が穏やかな笑みを浮かべながら嬉しそうに顔を近づけると私達は二度目のキスをした。
 二度目のキスは一度目のキスよりも唇が重なる時間が長くて私は息が荒くならないように静かに呼吸した。
 唇が離れると純二は私を優しく抱きしめた。
 初めて父親以外の男の人に抱きしめられて私は異性の温もりと他所の家の匂いを感じた。
 純二の体は夏だからか熱くて、匂いは独特だけど嫌な感じはしなかった。
 彼からの好意、温もり、DNAの混ざり合いはどれをとっても嫌悪感がなくて、私の胸の奥をじんわりと温める。
 先輩のようにキラキラとした感情は芽生えないが自然と多幸感に包まれて笑みが溢れた。
 誰かに想われるってこんな感じなんだ。
 純二が帰っても彼の顔が自然と浮かんできて、そんなことを思った。
 私は純二のことが好きなのがもしれない。
 彼がいなくなった部屋で彼の残り香を感じながら余韻に浸るとお風呂に入る準備をした。
 蛇口を捻ってユニットバスにお湯を溜めている間も彼のことを想う。
 湯船に溜まっていくお湯は私の彼への気持ちに似ていて湯気を立てながら少しずつ嵩を増していく。
 温かな透明の液体はただのお湯なのに神秘的なもの思えた。
 恋の力は凄まじい。

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