空翔けるファーストペンギン

LUCA

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ペンギン協定締結前夜③

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「おい、そろそろ起きろよ。明日仕事大丈夫なのか? 起きろ、起きろってば!」

 肇は柚希を起こすべく何度も強めに揺さぶるが、うーんと呻くだけで一向に起きる気配がない。時刻は既に22時を回っていた。

 これでは埒が明かない。そう悟った肇は柚希を起こすのを諦め、仕方なく一旦ベッドに横になる。そしてスマートフォンを取り出し、小説投稿サイトにログインした。

「あ、ダイレクトメールが来てるな。椎名さんかな?」

 メールを示すアイコンに数字の1が灯っていた。肇がそれを開くと、予想した通り送り主は椎名であった。

「本日は「福岡小説の会」の集まりに参加していただき、誠にありがとうございました。ソラくんの作品と作品への情熱、今日で十分伝わりましたよ。今後もより良い作品を生み出せるよう、お互いに頑張りましょう! (追伸)その後、お互い無事に帰宅することができましたでしょうか? カケルくんには私からもメールを送りますが、ソラくんも気にかけてくれると嬉しいです」

「カケルさんは横で寝てるけどな……」

 肇はちらと横を見る。柚希は先程と変わらない体勢でグーピーと寝ていた。

「全然起きる気配がないな、こいつは。本当に明日大丈夫なのかよ……」

 肇はとりあえず椎名に返信をすることにした。今日のお礼と、無事家に辿り着いたこと、そして柚希は横で寝ていることを。
 椎名への返信を終えた肇は、今度はグループチャットを覗く。そこには、今日の会に参加したメンバーがそれぞれチャットを送っていた。肇がざっと確認した限りでは、チャットを送っていないのは自分と柚希の2人だけであった。

「早いとこ僕も送っとくか。カケルさんは……、この状態だから無理だな。けど、いつまでもチャットが来ないのはみんな心配するかな……? えぇい、仕方ない。僕が代わりに送るか……!」

 肇は、先程椎名に送ったメッセージと概ね同様の内容をチャットに返信した。すると、すぐに既読になり、そしてある人物から返信が届いた。送り主はたまゆらである。

「ソラさん、本日はありがとうございました。少ししかお話できなかったので、次回の開催がもしあれば、もっとお話できると良いですね! カケルさんは大丈夫ですか? 起きられた際には、ソラさんの方からもよろしくお伝え願えますと嬉しいです」

 お前のせいでたまゆらとあまり話せなかったんだぞ、と心の中で悪態をつきながら、横でグーピー寝ている柚希を睨んだ。

 その後、グループの他の人の作品を読んだり、自身の作品の続きを書いたりしていたが、その間も柚希は一向に起きる素振りすら見せることはなかった。

「もう日付が変わっちゃうな。今から起きても帰れないだろうから、明日朝早くに帰ってもらうか。始発の電車かタクシーに乗れば、朝から準備すれば仕事に間に合うだろ」

 これ以上心配しても仕方がないと、肇は柚希の心配をするのをやめることにした。明日のバイトの準備を済ませ、就寝のために改めてベッドに横になる。

 ここで一度冷静になった肇は、一つの疑問を抱いた。

「なんで俺はこんなやつの心配をしてるんだろう?」

 ※

 眠たい。頭がガンガンする。重いとか痛いなどではなく、自分の頭の上を星が回っているような、なんとも言い難い感覚。

 目の前は真っ暗だ。それ以前に、自分の目が今開いているのか開いていないのかも分からない。

 少しずつ、また少しずつ意識が戻ってくる感じがする。今度は間違いなく、自分の意志でまぶたを開いた。しかし、かすかに光は感じるものの、相変わらず目の前は暗い。ここはどこだろう? 

 最後に覚えている記憶は……。たしか、「福岡小説の会」の集まりに参加していて、みんなと雑談していたな。あ、そういえばソラさんと話したくて近付いたけど、結局失敗したんだっけ……。その後は……、えーっと、あ! 酒を飲んだ気がする。あのー、誰だっけ? か、かすかべさん? だったっけ? ……違う違う。それは埼玉の市の名前だ。あ、思い出した! 日下部さんだ! 日下部さんにもっと飲めって勧められたんだっけ。それで、その後は? うーん……、全く覚えてない。

 今自分がどこにいるかさえ分かっていない柚希は、とりあえず今日一日の出来事を回想していた。すると、すぐ近くで何かがモゾモゾと動くのを、柚希は確認することが出来た。

「え……? 誰!? 何!?」

 そして次の瞬間、徐々に暗さに順応してきた柚希の両目が、何かがムクッと立ち上がるのをぼんやりと捉えた。

「……やっと起きたか」

 やっと起きた? どういう意味だ? え、なに、監禁されてる? でも、拘束されてはいないし、犯人も隣で寝てるとかありえないよな……? 
 柚希は様々な可能性を考えたが、果たして結論が出ることはなかった。そうこう考えている間に、パチッと部屋に明かりが灯る。一瞬の眩しさに目を包まれた後、少しずつ目の前の人物の輪郭が明らかとなった。

「もう日付変わってますよ。明日お仕事大丈夫なんですか? カケルさん」

「ソ、ソラさん……?」
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