下界の神様奮闘記

LUCA

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神様と神様⑤

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 とうとう、天界に繋がる手段を得ることができた。
 それは、神村さんの「スマホを使う」という、下界では普通の通信手段にして、しかし下界から天界の通信手段としては最大の特殊性を持った方法である。スマホて。

 公衆の場では流石に実行する事ができないと考え、居酒屋から場所を移すことにした。天界と通信をさせてもらう代わりに、居酒屋は俺のおごりとなった。

「ここなら、誰にも見られることも、聞かれることもなく通信することができる。防音もバッチリだから安心しなさい」

「ここ……は……?」

「私が住んでいるマンションだ」

「えっと……、さっきの居酒屋からそんなに離れてないですよね?」

「そうだね。それがどうかしたのかい?」

「……最初からここで良かったのでは?」

「相談事とか、普通そういった話はご飯でも食べながらというのが相場だろう? まぁまぁ、そんな終わったことは気にせず、中に入りなさいな」

 最初からここだったらおごらなくて済んだのに!

 ……まぁ、確かに終わったことに対して文句を言っても仕方がないので、とりあえず中に入るか……。天界と通信させてくれるんだ。ここは一つ我慢するとしよう。

「ここが私の部屋だ。なかなか乙なものだろう?」

「凄くおしゃれな部屋ですね。家具などは自分で買って揃えられたのですか?」

「いや、これらは全部「最初からあったもの」として、天界の上層部が揃えてくれたんだ」

「上層部が? 最初からあったものとして?」

 あら? 俺の場合と随分待遇が違うぞ? いくら下界に行く理由が違うといっても、待遇に差があり過ぎではないだろうか?

「それじゃあ、時間もあることだし詳しく話すとしようか。まず、神様が天界から降りる際、年齢や能力といった何もかもがその時の状態のままで下界に降りてしまうとどうなってしまうか、それは君が1番分かるだろう?」

「下界では、ただの無職の人間になってしまいます」

「そうだよね。それで下界の生活をスタートさせても普通は数日くらいで死んでしまうのが関の山で、本当の意味で天界へ戻ることになるだろう。これはあまりにもキツイ」

「俺は運良く拾ってもらいましたけどね」

「君のように処罰の一環として下界に落とされる場合は、その下界行きはあくまで罰だから、落とされる時点の状態で下界に落とされても仕方が無いだろう。しかし、たとえば私みたいに退神するなどの正当な理由がある場合にまで、そのような落とされ方をされてはたまったものじゃない。そこで、下界行きに正当な理由がある場合には、その後の下界生活を快適に過ごせるように、天界の上層部が環境を整えてくれるんだ」

「具体的には、どのようなものですか?」

「あたかも生まれた時から下界に住んでいたような設定を作ってくれるんだ。私の場合だと、日本のどこかにいる勘解由小路家で生まれ育ち、紆余曲折の人生を歩んで、今はこうしてここで一人暮らししている、という設定を天界の上層部が作ってくれた。その結果、勘解由小路家には本来私なんていないはずなのに、その設定がなされたあとからは、勘解由小路家の人たちは最初から勘解由小路家の中に私がいる、という認識になっている。ちょっと気の毒だけどね」

「でも、本来は勘解由小路にいなかった神村さんが、設定が変わって最初から勘解由小路家にいるということになると、その勘解由小路家の周りを中心として、下界の人間関係や出来事が少しずつ変わってきますよね? つまり、真実が少しずつ変わってしまう。天界の神様は人間界の事実や真実を変えてはいけないはずでは……?」

 勘解由小路という言葉を、この会話だけで一生分使ったような気がするな……。

「もちろんそこは配慮済みだ。たとえば、本来私がいなければ生まれていた人物が、最初から私がいるという設定になったからといって生まれてこないとか、あるいは本来起こったはずの出来事が起こらないといった、いわゆる本来の事実や真実が変わるということはない。変わるのはあくまで私の存在だけだ」

「つまり、下界においては神村さんという存在のみが変わるというだけで、それ以外は何も変わらないということですね?」

「ややこしい話だが、その通りだ。たとえば、家族で1人だけ几帳面であとは全員大雑把であるとか、みんなお酒を飲めるのに1人だけ下戸であるといった、同じ家族なのに1人だけ特徴が違うといった話は割とよくあるだろう。実は、それらは知らないうちに元神様が家族に加わっているという可能性が高い。今回の勘解由小路家に加わった私のようにね」

「しかし、僕のように罰として下界に落とされた場合はそれがないということですね。僕は運が良かったけど、50過ぎて落とされた場合は普通死んじゃいますよね」

「可哀想だけど仕方のない話だな。ちょっと話が長くなってしまったから、そろそろ天界との通信を始めようか。最初は私が事情を話すから、その後君に取り次ぐとしよう。心の準備は良いかな?」

「僕はいつでも大丈夫です。よろしくお願いします」

「よし、では繋げるぞ」

 神村さんはスマホの電源を付けると、普通に電話をかける際の画面で、これまた普通に番号を入力していく。傍から見れば、ただ友達に電話をかけているようだ。まさか天界に繋げているとは誰も思わないだろうな。

「あ、もしもし神村ですけどー。はい、はい。え?下界の女性? そりゃもう、アレがアレでね……」

 そんなことはどうでもいいんだよ、スケベじじいめ。

「そしてアレがねぇ……、いやいや、そんなことよりも。実は今日は天界の者と話がしたいという、下界の元神様がいてね。神谷くんもよーく知っている者だよ。神山くんだ」

 神谷チーフか、懐かしいな。俺に神楽の新神教育を任せたのが神谷チーフだったな。

「しかし、話したい相手というのは神谷くんではない。神山くんが新神教育を担当した神楽くんだ。今取り次げそうかね?」

 神楽は元気だろうか。俺を天界から追い出して、さぞ気持ちが良かろう。

「もしもし、神楽くんかい? 君とはちゃんと話したことなかったね。はじめまして、元神様の神村という者だ。しかし、今日君が話すのは私ではない。神谷くんから取り次いだ時点で何となく察しているだろう。では、こっちも取り次ぐとしよう」

 遂にこの時が来た。神楽よ。お前の悪事を裁くことで、俺は必ず天界へ戻るぞ。必ずだ。いざ勝負。

「……久し振りだな、神楽。元気だったか?」
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