最果ての雫

峡 夜天

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第八話

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 走り出してから十分程経った頃、僕達は森の中腹辺りまで来ていた。奥へ進む程、木々が複雑に生い茂り、走りを邪魔していた。僕は何度か躓きそうになりながらも、前を走るスカーレットの背中を見失わない様に、頑張って走っていた。
「ハァ、ハァ、スカーレット! 後どれくらいなの!」
 次々に森の木々が、視界の端へ流れていく中、息を切らしながら僕は彼女にに尋ねる。
「もうすぐだ! それより、厳しいのなら走る速度を落としても良いぞ? 目的の場所まで近い。ここら辺で逸れても直ぐに居場所は分かるだろう」
「大丈夫! まだ、着いていけるから」
「そうか。無理はするなよ?」
 そう言った彼女は、更に走る速度を上げた。
(速い! 足には自信があったのに!)
 既に全力の魔力放出で、速度を上げているにも関わらず、一向に追い付けない彼女の背中を見ながら、僕は悔しさを滲ませた。彼女との距離は徐々に離されて行き、目で追う事が厳しくなった瞬間、僕は足元の木の根に躓いて激しく転倒した。
「グハッ!」
 かなりの速度で走っていた為、数メートル程転がった後、顔面から木に激突して停止した。刹那の間、痛みに苦悶しながらも、直ぐに体を起こして、進行方向に目を向ける。しかし、既にスカーレットの姿は見えず、完全に彼女の姿を見失ってしまった。
「ハァ、ハァ……スカーレットって、本当に何者なんだろ……」
 鼻から垂れてくる血を手で拭いながら、そんな事を呟いて立ち上がる。
「急いで追いかけないと──」
「「グォオオオオオオ‼︎」」
 僕が再び走り出そうとした瞬間、森の奥から二つの咆哮が、木々を揺らしながら聞こえてきた。
「こんな声初めて聞いた……それに奥から凄い量の魔力が流れてきてる」
 森の奥から、咆哮と共に流れ込んでくる、高密度の魔力に僕の足は竦んでいた。しかし、何もしない訳にはいかないと思い、僕は今出来ることやろうと行動に移した。
「取り敢えず、スカーレットが何処にいるかだけでも確かめないと……」
 僕は先程と同様、自身の魔力の波を周囲へ放出した。出力は抑えた為、今度は蹲るほどの情報量は流れてこない。しかし、感じとった巨大な魔力は、先程よりもはっきりと知覚できていた。
(やっぱり、二つともかなり大きい。姿の輪郭も何となく分かったけど……それより、スカーレットの姿が捉えられないなぁ~)
 僕はそんな事を考えながら、彼女の気配を探していると、巨大な二つの魔力の内の一つに動きがあり、どうやら僕のいる
方へ目掛けて、一直線に迫っているのを感じとった。
(え! なんか、こっちに向かって来てるんだけど!)
 流石にまずいと感じた僕は、急いで踵を返して、今いる場所から退避する為に走り出した。出遅れたとはいえ、かなりの速度で距離を取ろうと走るが、大きな気配が背後から徐迫ってきているのが感じ取れた。
「いや! 絶対に僕を狙ってるじゃん!」
 額に汗を滲ませながら、必死に走っていたが、背後から迫る気配は、徐々に強くなって行き、それと共に激しい地響きと、木々が軋み薙ぎ倒される音が押し寄せてきていた。
「ヤバいヤバい! 流石にこれは──うわっ!」
 その時、何かに片足を掴まれた僕は、勢いよく後方へ引きずられる。必死に土や木の根を掴み、何とか止まろうと踠いていたが、凄まじい力にどうすることも出来ずにいた。
「クソッ! 一体何が⁈」
 引き摺られる中、悪態を吐きながら、自身の足に目を向けた。そこには、何やら黒く粘性を帯びた、太い触手の様なものが、僕の足に絡みついていた。
「何だこれ!」
 慌てた僕は、足に絡まる触手を、片方の足で蹴りながら外そうとした。すると、その触手が勢いよくうねり出したかと思うと、僕の体は地面から離れて、逆さまに宙吊りにされてしまう。
「うぐっ! ……ちょっ! 本当にな──うぇえええ~! 気持ち悪ぅ~!」
 僕は、触手から溢れる黒い粘液が、足を伝う感覚に身震いさせながら、触手の先を目で辿った。そうして、視界にとらえた触手の持ち主の姿を見て、更に凍りつく事になる。
 そこには、楕円形の巨体に、無数の蠢く突起物を携えた、見た事もない化け物の姿があった。その化け物の体皮からは、触手と同じような、黒い粘液が絶え間なく流れ出ていた。頭は存在せず、胴体から巨大な目と口が直接生えており、大きな口には、鋭い歯がびっしりと並んでいた。その姿は一見、蛙のようにも見えたが、明らかにそう言った、既存の生物とは全くの別存在である事を、化け物から発さられる魔力で感じ取れた。
「うわぁああああ! ちょっと! もしかしてこれが、森の霊獣なの⁉︎ 想像の遥か斜め上過ぎるんだけど!」
 僕はそんな事を叫びながら、腰に刺していた剣を抜いて、足に絡みつく触手を全力で切りつけた。肉に刃を通した感触と共に、グニュッと気持ち悪い、得体の知れない感触まで伝わって来る。しかし、剣が通るのなら切れないことは無いと確信した僕は、何度も何度も、その気持ち悪い触手に向かって剣を振るった。その間、化け物は痛みを感じないのか、何の反応も示す事なく、ただそのギョロギョロと気持ち悪い巨大な目玉で、僕の必死の抵抗を眺めているだけだった。
(クソ!  何度も切り付けてるはずなのに、一向に切れ無い! このままじゃ本当にまずい!)
 中々触手が切れない事に、焦りを覚えた僕は、がむしゃらに剣を振るった。そうしていると、化け物は宙吊りにする僕を、顔の近くまで引き寄せたかと思えば、そのまま大きな口を開けて、僕を飲み込もうとした。
(そんな! 食べられる!)
 化け物の口が眼前に迫り、もう駄目だと目を瞑ったその時──
「その者に、手出しはさせん!」
 腹に響くような雄々しい声と共に、地響きと木々がへし折られる音が、高速で迫って来たかと思うと、激しい衝撃で体が揺さぶられた。
「うわっ!」
 その衝撃のせいか、触手は足から離れて、僕は空中に放り出された。その勢いで剣を手放した僕は、何周か空中で回転した後、ふわりと柔らかい感触の上に着地した。
「うぅ。一体何が……ん? これって毛皮?」
 僕はヨロヨロと上体を起こすと、自分が何かの毛皮の上に着地した事を理解する。その感触は、とても柔らかい温もりを感じさせ、先程まで焦っていた僕の心を、不思議と落ち着かせるものだった。
「懐かしきマナを持つ者よ、怪我は無いか?」
 すると、この毛皮の持ち主が、顔を振り向かせて、僕に語りかけて来た。
「……ありがとう! おかげで助かったよ!」
「礼には及ばん。それより、あの忌み者は其方を狙っている。直ぐにこの場から離れるのだ」
 声の主はそう言って、姿勢を低くしながら、僕に降りるようにと促した。言われるままに、僕が地面に飛び降りると、声の主の全体像を見ることが出来た。滑らかで美しい、小麦色の体毛に、鋭い爪を有した四足獣がそこには居た。
「お、狼?」
「いや、我は狼には在らず。この森の守護を任された霊獣である。名はフォレスター、心の友より授かった誇り高き名だ」
「フォレスター……ねぇ? さっきの化け物は何?」
「我もよく分からん。が、少なくともこの世に居ていい存在で無い事は確かだ」
 そう言った彼は、僕を下ろした事を確認してから、臨戦体制に入ると、毛を逆撫でながら、魔力を全身に纏わせ始めた。それから、僕を護る様に化け物と対峙する。その姿と纏う魔力は美しく、正に霊獣と呼ばれるに、相応しい姿をしていた。
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