半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ

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第3話 無職とCEOと婚姻届

 由衣ゆいがソファの座面に突っ伏して悔しさに身悶えしていると、隣の部屋からプリンターの動く音が聞こえてきた。直人なおとが印刷したものを手に部屋に戻り、ペンと共に書類を由衣に差し出す。

 由衣は自分の目を疑った。手にしたそれは全体がピンク色で余白部分に所狭しとハートが散りばめられた大変可愛らしい婚姻届だったのだから。

 
「気が変わらないうちにさっさと書け」

「なにこの新婚フィーバーで浮かれまくってる恥ずかしい婚姻届は!! もっと普通なのなかったの!?」

「別にこんなもん何だっていいだろ。出したら終わりだ。もう見ることもない」


 そうかもしれないが、区役所の人に見られることは考えていないのだろうか。実に直人らしくないチョイスだ。

 
「証人どうするのよ」

「そんなものどうとでも出来る。手配して出しておくが、それでいいか?」

「いいけど……本当にこれ書いていいのね? 書いちゃうからね!?」

「いいから早く書けって」


 直人は顔色ひとつ変えずに言い放つ。
 ――本気だ。

 由衣は震える手でぎゅっとペンを握ると、深呼吸して【妻になる人】の欄に自分の名前を書く。
 まさか直人の隣に自分の名前を書くことになるなんて。たった数分前まで考えたことも無かったというのに。
 
 書き終わった婚姻届を直人に手渡す。
 もう後戻り出来ない。これを出したら期間限定とは言え、正式な直人の妻となるのだ。
 
 内容を確認した直人はおもむろに財布を取り出すと、むき出しの一万円札を数枚ローテーブルに叩きつけた。

  
「ここに十万ある。結納金だと思って受け取れ。すぐにATM行って入金してこい」

 
 こんな乱暴な結納は後にも先にも聞いたことがない。
 由衣が呆気に取られていると、直人が由衣の手に結納金を捩じ込んだ。そしてそのまま何事もなかったかのように直人が続ける。


「あと、今の部屋は最短日で退去しろ。業者の手配はしてやるから早く引っ越してこい。それから週末のパーティーにお前を連れて行く。そこで会長……あ、俺の大叔父な。会長に会わせるから見栄えよくしろ。マナーの本読んどけ。エステも美容院も行きたいならいくら行っても構わん。必要なものはこちらで全て揃える。それと――」

「ええええええATM行ってくる!! もう遅いしそのまま帰るね! おやすみ!!」

「お、おい! ちょっと待て」


 由衣は逃げるように直人の部屋から飛び出した。幼なじみとの期限付きの結婚、引越し、お金持ちのパーティー。情けないが、もう頭が限界だった。部屋を出る直前、直人が何か言っていた気がするが聞き返しに戻る余裕など全く無かった。


 広すぎるロータリーを駆け抜けた先にコンビニがある。ATMで家賃の引き落とし口座に入金する。

 コンビニのATMというごく日常的な場所に身を置くと、だんだん冷静になってきた。
 結納金と名前を変えてはいたが、直人に家賃を肩代わりさせただけであることくらいは理解している。受け取ったからには仕事はきっちりしなければ。そうでなければ、半年後対等な友達関係に戻れない。
 求められている妻がどのようなものか、上流階級の事情などさっぱり分からないが、とりあえず駅ビルの本屋に寄っていこう。

 本屋へ向かう途中、駅ビルへ続く道を歩いていると大変なことを思い出した。
 

「あ、お礼言い忘れた」


 慌ててスマホを見ると、直人からメッセージが届いていた。


『三日後の朝八時に引っ越し業者を手配した。それまでに荷造りしておくように』


 引っ越しまで実質二日しかない。由衣はスタンプを一つ送ると荷造り用のダンボールを探しにホームセンターへ走った。


 ***


 三日後、予定通り朝早くから引っ越し業者がやってきて、この二日間で何とか物を詰め込んだダンボールと家具一式を颯爽と持っていった。

 由衣はトラックを見送った後、ひとり電車で新居へ向かう。

 直人が「ひとりでは使いきれなくて余っていた」と言っていた五畳ほどの部屋に、つい先程まで安アパートの部屋にあった家具が運び込まれている。
 安っぽい家具が高級マンションに驚くほどそぐわない。きっと自分もこの家具のように、このマンションに不似合いなのだろう。

 そんな由衣の気持ちとは裏腹に、直人は蕎麦を茹で天ぷらを揚げて無駄に歓迎してくれている。


「もう出来上がるぞ。食うか?」

「うん。ありがと」


 こうして半年間の、ありえない求婚から始まった仮初の新婚生活が幕を開けた。
 
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