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第4話 仮初妻とCEO
混み合う都道を走る車の助手席で、由衣は緊張していた。とてつもなく緊張していた。
「今日は軽い立食パーティーだ。 もう少し力を抜け」
「私には軽いのも重いのもよく分からないよ」
涼しい顔でハンドルを握る直人が憎らしくなる。服屋の店員が言う「ちょっとしたパーティー」すらそんなパーティーどこでやっているのかと内心で舌打ちしていた庶民にとって、お金持ちのパーティーなどどれも一律で異世界である。
***
契約結婚を了承したあの日、週末のパーティーで直人の大叔父である宮坂グループの会長に会わせると言われていた。見栄え良くしろと言われていたことも覚えている。荷解きを進めつつ、マナーの本も読んだ。美容院にも行った。
だが、パーティーに対して結婚式程度のイメージしかなく、なんとなく現実味がないままパーティー前日を迎えてしまった。
由衣が昼食を終え派遣会社のホームページを見ていると、帰ってくるはずのない直人が帰ってきた。
「おかえり。どうしたの? 体調不良?」
「暇みたいだな」
「求職活動中ですが?」
「そんなもの今はどうでもいい! 一緒に来い」
有無を言わさぬ態度で車に押し込められ、連れて来られた先はいかにも高級そうなホテルの一室だった。やけに高い天井の客室に、大きな窓から一望できる東京の街並み。
直人の部屋からの眺めもいいが、この窓からの眺望は別格であると感じた。もしかしなくてもスイートルームだろう。
由衣が窓の外を眺めていると、支配人らしき男性と数名の女性スタッフが入ってきた。
「宮坂様、ようこそお越しくださいました」
「電話で予約した通りです。よろしくお願いします」
直人がそう言うと、女性スタッフが満面の笑みを由衣に向ける。
「さぁ奥様、こちらへ」
「おっ……おくさま!?」
「全て私どもにお任せくださいませ」
「え!? 直人!? どういうこと!?」
「しっかり磨かれてこい」
女性スタッフに連れられて、由衣は別のフロアへ移動する。通された部屋はほんのり甘くリラックスできそうな花の香りで満ちていた。出されたお茶を飲みつつ、これから何をするかの説明を受ける。
「エステだったんですね」
「サプライズプレゼントなんて素敵な旦那様ですね」
「本当、羨ましいですわ」
「ははははは……」
エステティシャンたちのリップサービスに苦笑いしか出て来ない。これは素敵な優しい旦那様からのサプライズプレゼントなどではない。今の状態の由衣では明日のパーティーに不適格と判断した直人の処置だ。
アロマのお風呂で全身を温めた後、細かい粒子のスクラブで優しく全身を磨く。
スクラブは苦手なはずだったがこのスクラブは全然嫌ではない。むしろとても気持ちいい。
全身の汚れを落とした後は、オイルでしっかりトリートメントを行う。と言っても由衣は指定の台に寝転がっているだけだ。全身を一流のエステティシャンの手に委ね、極上のマッサージをされているといつの間にか眠ってしまっていた。
由衣が目を覚ますと既に数時間経っていて、エステコースは全て終わっていた。奥様と呼ばれ、普段より一段階も二段階も明るい肌をした鏡の中の自分に違和感を覚える。コースの一部だという美容に良さそうな名前のドリンクを飲んでいると、今度はスタイリストを名乗る女性がやってきた。
数着のワンピースの中から好きなものを選ぶように言われ、袖を通す。寝ている間にサイズを測られたのかと疑ってしまうくらい由衣の体にフィットしていた。そして先ほど整えたばかりの肌に薄くメイクを施し、髪を結い上げると、まるで別人のように仕上がった。
「宮坂様、旦那様がお待ちですよ」
いつから待っていたのだろうか。スタッフに促されて進んだ先に難しい顔でスマホを睨みつけている直人がいた。足音に気付いて由衣を見ると、直人は少し驚いたような表情になって、少しの沈黙が流れた。
「へぇ、馬子にも衣装だな」
「他に言うこと無いの?」
「だいぶマシになったって言ったんだ」
「なんか嬉しくない」
嬉しくはないが、いつもの軽口の直人で安心した。あの沈黙は心臓に悪い。
「上のダイニングを予約してある。行くぞ」
「え、ちょっと待って……」
慣れないピンヒールに足を取られて上手く歩けない。生まれたての子鹿よりは幾分マシという体たらくだ。なんとか由衣が追いつくと直人が軽く曲げた腕を出してきた。
マナー本には書いてなかったが、何かで見たことがある。エスコートだ。
一瞬躊躇ったが、由衣は直人の腕に自分の手を絡める。これでいいのか自信がなかったが、直人が何も言わないのでこれでいいのだろうと思うことにした。
ただ、選べるものなら明日はもう少し歩きやすい靴にしようと思った。
「今日は軽い立食パーティーだ。 もう少し力を抜け」
「私には軽いのも重いのもよく分からないよ」
涼しい顔でハンドルを握る直人が憎らしくなる。服屋の店員が言う「ちょっとしたパーティー」すらそんなパーティーどこでやっているのかと内心で舌打ちしていた庶民にとって、お金持ちのパーティーなどどれも一律で異世界である。
***
契約結婚を了承したあの日、週末のパーティーで直人の大叔父である宮坂グループの会長に会わせると言われていた。見栄え良くしろと言われていたことも覚えている。荷解きを進めつつ、マナーの本も読んだ。美容院にも行った。
だが、パーティーに対して結婚式程度のイメージしかなく、なんとなく現実味がないままパーティー前日を迎えてしまった。
由衣が昼食を終え派遣会社のホームページを見ていると、帰ってくるはずのない直人が帰ってきた。
「おかえり。どうしたの? 体調不良?」
「暇みたいだな」
「求職活動中ですが?」
「そんなもの今はどうでもいい! 一緒に来い」
有無を言わさぬ態度で車に押し込められ、連れて来られた先はいかにも高級そうなホテルの一室だった。やけに高い天井の客室に、大きな窓から一望できる東京の街並み。
直人の部屋からの眺めもいいが、この窓からの眺望は別格であると感じた。もしかしなくてもスイートルームだろう。
由衣が窓の外を眺めていると、支配人らしき男性と数名の女性スタッフが入ってきた。
「宮坂様、ようこそお越しくださいました」
「電話で予約した通りです。よろしくお願いします」
直人がそう言うと、女性スタッフが満面の笑みを由衣に向ける。
「さぁ奥様、こちらへ」
「おっ……おくさま!?」
「全て私どもにお任せくださいませ」
「え!? 直人!? どういうこと!?」
「しっかり磨かれてこい」
女性スタッフに連れられて、由衣は別のフロアへ移動する。通された部屋はほんのり甘くリラックスできそうな花の香りで満ちていた。出されたお茶を飲みつつ、これから何をするかの説明を受ける。
「エステだったんですね」
「サプライズプレゼントなんて素敵な旦那様ですね」
「本当、羨ましいですわ」
「ははははは……」
エステティシャンたちのリップサービスに苦笑いしか出て来ない。これは素敵な優しい旦那様からのサプライズプレゼントなどではない。今の状態の由衣では明日のパーティーに不適格と判断した直人の処置だ。
アロマのお風呂で全身を温めた後、細かい粒子のスクラブで優しく全身を磨く。
スクラブは苦手なはずだったがこのスクラブは全然嫌ではない。むしろとても気持ちいい。
全身の汚れを落とした後は、オイルでしっかりトリートメントを行う。と言っても由衣は指定の台に寝転がっているだけだ。全身を一流のエステティシャンの手に委ね、極上のマッサージをされているといつの間にか眠ってしまっていた。
由衣が目を覚ますと既に数時間経っていて、エステコースは全て終わっていた。奥様と呼ばれ、普段より一段階も二段階も明るい肌をした鏡の中の自分に違和感を覚える。コースの一部だという美容に良さそうな名前のドリンクを飲んでいると、今度はスタイリストを名乗る女性がやってきた。
数着のワンピースの中から好きなものを選ぶように言われ、袖を通す。寝ている間にサイズを測られたのかと疑ってしまうくらい由衣の体にフィットしていた。そして先ほど整えたばかりの肌に薄くメイクを施し、髪を結い上げると、まるで別人のように仕上がった。
「宮坂様、旦那様がお待ちですよ」
いつから待っていたのだろうか。スタッフに促されて進んだ先に難しい顔でスマホを睨みつけている直人がいた。足音に気付いて由衣を見ると、直人は少し驚いたような表情になって、少しの沈黙が流れた。
「へぇ、馬子にも衣装だな」
「他に言うこと無いの?」
「だいぶマシになったって言ったんだ」
「なんか嬉しくない」
嬉しくはないが、いつもの軽口の直人で安心した。あの沈黙は心臓に悪い。
「上のダイニングを予約してある。行くぞ」
「え、ちょっと待って……」
慣れないピンヒールに足を取られて上手く歩けない。生まれたての子鹿よりは幾分マシという体たらくだ。なんとか由衣が追いつくと直人が軽く曲げた腕を出してきた。
マナー本には書いてなかったが、何かで見たことがある。エスコートだ。
一瞬躊躇ったが、由衣は直人の腕に自分の手を絡める。これでいいのか自信がなかったが、直人が何も言わないのでこれでいいのだろうと思うことにした。
ただ、選べるものなら明日はもう少し歩きやすい靴にしようと思った。
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