ニセモノ彼女、始めました

高福あさひ

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過去の、辛かった私のそばには、誰もいなかった。一人暮らしをしていたから両親に心配をかけたくなくて、何も言えなかった。同僚たちは私を遠巻きにして、助けてくれないし声をかけてくれたこともない。上司は私を常に否定する怖い人たちばかりで。だんだんと可笑しくなっていくのを、見て見ぬふりして頑張ったけど、何の意味もなかった。
「これは、過去の私に行ってあげたい言葉でも、ある……。私は、芽が出ないどころではありませんでしたから……」
あえて方言を出さないように気を付けて、線引きをする。
「奏は、何があったんだ……?」
「ただ、私が指示されたこともできない、本当の出来損ないだってことを知らされただけです。自分はそれなりにそつなくこなせると思い込んでいた分、ショックが大きくて……。まあ、済んだ話です。さて、少し仮眠を取ったほうがいいです。明日もお仕事でしょう?」
「ああ、じゃあ帰るよ」
「さすがにこんな時間に仁人さんを帰らせるわけにはいきません。今日は泊ってください。私、まだ起きているので、朝になったら起こします」
明日の仕事の時間を聞いた。早いし、帰る時間もこんなに遅いとなると疲れるのは当たり前だ。完全に疲れ切っている表情の仁人さんを有無を言わさず、ベッドに押し込み、タオルケットをかけて少しだけ胸元に手を置いていれば、すぐに仁人さんは眠った。私は、あの時のことを思い出してか、全然眠れないので、さっそく借りた本を読ませてもらおうと思い、部屋のドアを静かに半分ほど閉めた。そしてキッチンに移動し、電気をつけてから床に座って読み始めた。



「うん、やっぱり面白い……」
仁人さんに借りた小説を夢中で読んでいたら、もう明け方になっていた。仁人さんとしゃべっていた時間は割と長かったので、それなりに時間が経ってから読み始めた。作りこまれた世界観、じっくりと、時間も忘れて一文字ずつかみしめて読んでいた。
「私も、こんな優しい世界におりたかったな……」
その小説のような優しい世界があるのなら、きっと誰も彼もがむやみに誰かに傷つけられることはないだろう。人というのは愚かな生き物だ。私もその人であるし、愚かだということも理解している。
「わたしは……、がんばれんかった、耐えれんかった、我慢ができん、よわい人間。あの人らぁの言う通り、なんもできん、底辺の、役に立たない人間。それを、変えたいはずなのに、なんで、臆病なが……」
本当に愚かだ、もう弱いだけの自分になりたくなくて、変えるためにここまできたのに。実際には過去の頑張れない自分に足を引っ張られている。
「ううん、思い出したらいかん。もう顔さえも覚えていない人らぁのことなんて、思い出すだけ無駄よ」
気分を無理やり切り替えて、仁人さんを起こそうとドアを開けた。
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