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「何々、奏!!彼氏できたが!?お母さんにも紹介してや!!」
声が聞こえたのか、近くにいた母までやってきて、二人にたくさん突っつきまわされた。名前は出さなかったけど、根掘り葉掘りと聞かれ、人となりは教えてしまった。
「えい人ながやね、年下やろうと関係ない。今の人を大事にしいや」
「お父さん、ちゃぶ台返しの練習しちょく」
「お父さん、あなた。奏の連れてきた人にいちゃもんつける気!?ちゃぶ台返しは私もやりたい!!」
「お、お父さん、お母さん……。論点ずれちゅうで……」
突然の夫婦漫才のような展開に、久しぶりに声を出して笑った。元気そうで何よりだ。


そのあとは、二人とも自室から出ていったので、私は頃合いを見計らって布団を入れてたたみ、小学校のころからある勉強机の椅子にまた座った。そう、スマホが気になって仕方ない。仁人さんから連絡ないかなって、気になってしまうのだ。しかし忙しいのか、読んではいるようだけど返信はない。
「うん、いつもすぐに連絡がつくのが可笑しかったんだよ」
仁人さんは忙しい人だ。前に仁人さんに内緒で検索をしたことがある。すると、びっくりするくらいすごい経歴も出てきて、仁人さんの人気ぶりや努力の証を見た。だから、今度やると予告されているドラマも見てみる予定だ。演技がすごいと書かれていたし、どんなサイトやSNSを見ても、ほとんど好意的なものばかり。たまに攻撃的なものも見かけるけど、人間百人全員に好かれることはないので、いい気分ではなかったけど、気にはならなかった。
「あ、鹿島さんからだ」
そういえば、仁人さんと夏休みに会っているうちに、仁人さんのマネージャーさんだという人と連絡先を交換した。もちろん仁人さん公認で。鹿島伊吹さんという方で、私よりも年上だ。爽やかな印象を与える顔立ちで、優しそうな人だった。そんな鹿島さんから写真付きでメッセージが来た。
「わ、わぁ……」
そのメッセージは、仁人爆睡、という一言で。写真は完全に机に顔を伏せて、横からわずかにのぞく目は固く閉じられていて眠っていることが分かる。
『お疲れなんですね……。大丈夫ですか……?』
『朝から収録と撮影と続いて、今まで休憩がなかったからね。少なくてもいいから寝ろって言ったんだ』
『そうだったんですね……。お身体には十分気を付けてください』
『うん、ありがとう。仁人にも伝えておくよ』
最後にお礼を伝えて、鹿島さんとのメッセージを終える。休みのたびに思う。私は本当に働かなくていいのか、と。資格を取れば生きていけると思っていた。でもそうじゃないのだと、大学に入りなおしてわかった。私はいつまでたっても甘い考えしかないのだと後悔もした。
「やってしまったものは仕方ない。私には、休息が必要だった」
休む時間が必要だったのは確かだ。やめてすぐに新しいところで働けるとは思えない。それに前と同じような職場に就職は絶対したくなかった。
「考えたって、次へ繋げることしかできん……」
結局のところ、結果がすべてだ。その結果を踏まえて、次に繋げるしかない。私は、頭を振って参考書を読むことに集中を切り替えた。
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