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『奏、記者たちに囲まれたみたいだな。大丈夫だったか?』
バイト終わり、バイト先にまで押しかけてくる記者たちをなんとか追い払って、くたくたになって帰ってきた。なぜバイト先まで割れたのかはわからないけど、この分だとこのアパートも知られていそうだ。一人暮らしということもあって、部屋の電気をすぐつけないようにはしているけれど、部屋だって知られているだろう。こういうとき、オートロックのある玄関ホールとかだったらきっと、こんなことにはならなかったのに、とは思う。安さで選んだ自分をこればかりは恨みたい。
『大丈夫です。仁人さんは大丈夫ですか?お変わりありませんか?お忙しいと思いますが、お身体には十分、気を付けてくださいね』
無難に返事をすることしかできない。私は大学の誰ともSNSアカウントの交換はしていないからSNSが特定されるなんてことはないけど、見たくなくても見てしまう。私に対する否定的な言葉を。いや、私という個人は特定されていない。でも、藤木仁人の恋人というだけで叩かれている。
「いわれなくても……」
わかっている、その言葉が口から零れ落ちる。痛いほど理解している、自分が分不相応なことくらい。
「それにしても、最近の取材って怖いなぁ」
写真をいつの間に撮られたのか、雑誌の写真がSNSにもあがっていて、明らかに見る人が見ればわかるような写真だ。モザイクをかけられてはいるけど、モザイクの意味を問いたい。何も言わないことは正解だったようで、変なコメントを捏造されることはなかった。
「わっ、電話?」
突然、震え始めたスマホは着信を告げていて。仁人さんだったらどうしようかなって思って画面を見れば、母親だった。少し、ほっとしたのと同時に残念に思ってしまった。
「お母さん?どうしたが?」
『あんた、大丈夫かえ?」
「大丈夫で。どうしたがよ、そんな急に」
『仁人君の交際報道が出ちゅうき、あんたのことが心配で。お父さんも心配しゆうで』
「あーうん。大丈夫で、ほんまに。仁人さんが守ってくれゆうき」
『そう……。なんかあったら、すぐにいいよ。こっちに帰ってきたちかまんがやき』
「うん、ありがとう。ごめん、勉強で忙しいき、切るね。おやすみ」
本当に心配しているであろう母親や父親。その気持ちは伝わってくるけれど、なんだか今は聞きたくなくて無理やり話題を終わらせて電話を切ってしまう。仁人さんが今は矢面に立ってくれているから私は取材をされるだけで済んでいる。仁人さんや鹿島さんに迷惑をかけないためにも、私がここで踏ん張らなくてはならない。
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