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3話 すずの鬱屈

願った想いは

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 果てのない思考のループに陥るしぐれ。

 まりあは助け舟の出し方を少し考え、こんな提案をした。


「ね、しぐれ。逃げちゃったあの魔女どうしようか?」
「え、どうするって?」


 しぐれは咄嗟のことでオウム返ししてしまったが、少し考えれば分かりそうなことだ。

 魔女をあのまま放っておくわけにはいかない。

 魔女を打倒し、人々を守ることこそが、魔法少女の使命なのだから。


「や、私は別にそういうの気にしてるわけじゃないんだ」
「え、そうなの?」


 びっくりして問い返せば、まりあは言葉を選ぶような素振りを見せて、


「私はね、我が身を犠牲にしてみんなを助けたいとか、そんな風には考えてないの。魔法少女のくせに薄情だって言われそうけど、でもそうなんだ」


 魔法少女となり、望む姿を手に入れた代償として魔女と戦う使命を負う。
 それが魔獣との契約。

 それによってより多くの利を得るのは、他ならぬかがみんだ。
 まりあはそれが気に入らない。


「確かに魔女は人も襲う。このままにしておけば、誰かどこかで悲しい思いをするかも知れない。そんな誰かを助けることってとっても大切ですごいことだと思う。……でも、魔女と戦うのって怖いじゃない?」
「え? ええっ! まりあちゃんも怖いの?」
「怖いよ。だってみんな変な見た目してるし。それに攻撃されると痛いもん。いくら治るって言ったって、好き好んでやりたいことじゃない。そんなことをしているよりも、こうしてしぐれとおしゃべりしたり、一緒にトレーニングしている方が楽しい。だから」


 まりあはしぐれの手を取り、きゅっと握って微笑みかける。


「だからね、悩んでいる友達の助けにはなりたいんだ」
「まりあちゃん……」


 まりあの笑みに見守られながら、しぐれは申し訳なさで一杯だった心の内が優しく解かれていくのを感じた。

 しぐれだけじゃなかった。

 友達と遊ぶ時間が楽しいのも、
 魔女を怖いと思うのも、
 情けない自分を恥じて、もっと理想に近づきたいと願う心も。

 想いのすべてをまりあと共有できる。

 そのことが何よりも嬉しくて、握る手に力が籠った。


「さっきの魔女追ってみない? もしかしたら今度こそ変身できるかも知れないよ?」
「……でも、またまりあちゃんが傷ついたら、わたし……」
「しぐれのためなら頑張れるよ、私」
「……」
「授かった魔法の力を発現させるのは強くて純粋な願いの力だって、かがみんは言ってた。しぐれは何を願って魔法少女になったの?」
「願い……。あの時、わたしは……」


 言葉に詰まる。

 今のしぐれがまりあを守りたいなどと、口が裂けても言えることじゃない。

 そんな卑屈な葛藤も、すべてを受け入れる聖母のように、まりあは優しく頷いた。


「言葉にできなくてもいいと思う。ひと言じゃ言い表せない気持ちかも知れないし、私に聞かせたくないくらい身勝手なものかも知れない。けれど魔法少女になった時のその気持ちは、きっとしぐれにとって特別で、大切なものだから。どうか無くさないで」
「まりあちゃん……」


 伝えることができなくても、許されないことだったとしても、譲れない想いだ。

 まりあを守りたい。
 その願いのためにも、ここで退くわけにはいかない。 


「わたし、もう一回頑張ってみる」


 しぐれは顔を上げ、まりあを見つめ返す。

 真っ直ぐな決意を受け止めたまりあは、


「うん、その意気だよ」


 もう一度にっこりとはにかんだ。
 
 
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