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3話 すずの鬱屈

十文字鈴

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「努力すれば天才に勝てると思うかい? 無理だね。そんなものは彼女だって、戦いの中で存分に積み重ねてきた。その上で得た強さだ。付け入る隙なんてものはない。だから僕は信じて疑わないんだ。彼女こそが最強の魔法少女だってね。いや、魔術師かな」


 湯水のように溢れてくるかがみんの煽りに堪えかねて、まりあはぽつりと弱音を漏らした。


「それじゃあ、私はどうしたら……」
「昨日教えた通り、君が魔法少女であることを諦めればそれで済む話さ」
「一応聞くけど……。魔法少女を辞めることなんてできるの? 魔法の力をかがみんに返せばいいってこと?」
「いや、君の魔法は君自身が発現させたものだ、僕がどうこうできるものじゃないよ。僕はきっかけを与えただけ」
「じゃあ無理じゃない?」
「まあ無理だろうね」
「……こんの、」


 かがみんのさっぱりした物言いは、逐一まりあの神経を逆撫でする。

 今すぐ変身して、捻り潰してやりたくなる衝動をかろうじて堪える。
 ここは教室だ、目立つ行動は避けたい。

 それにしても、この態度は目に余る。

 昨日あれだけ拷問してやったのにまだ懲りないのか、と業を煮やす。

 だが逆に、それだけのことをしてもなお、口が軽いはずのかがみんから有効な対抗手段を聞けなかった。

 八方塞がりだ。


「言っただろう、辞めるんじゃなくて諦めろって。僕の邪魔をせず大人しくしていてくれれば、それで目を瞑ろう。これは取引だよ、まりあ」
「いや!」 


 悪党には屈しない。

 まりあがつーんとそっぽを向けば、かがみんは「やれやれ」と呆れてみせる。


「何度も言うけれど、僕は君を魔法少女だとは認めない。説明するまでもなく、君の願いは異質だ。異端者はあらゆる意味で全方位から敬遠される。当然だろう? 君は何をそんなに意固地になっているんだい?」


「……」


 まりあは何も答えず腕を組み、むっつりと口を閉ざしていると、


「……ちゃん、……まりあちゃんっ」


 後ろの方から名前を呼ばれていることに気付いた。


「しぐれ?」


 控えめながら、窮状を伝えるかのように切羽詰まった声。

 はっとして周囲に意識を傾ける。
 いつの間にかホームルームが始まっていた。

 クラスの誰かに不審に思われたのかも知れない。

 まりあは、鞄のかぶせ蓋を叩き付ける勢いで閉じる。


「うべぁ……っ」


 中から聞こえた小さな呻き声を無視して素早く視線を巡らせるも、クラスのみんなは教卓に立つ先生に注目していて、まりあの方に関心を向けていない。

 なら、しぐれは一体どうしたというのか。

 疑問を巡らせるよりも先に、さらに近く、すぐ耳元でしぐれの囁き声がした。


「大変なの、見て」


 どうやらこっそりと席を立って、まりあの背後まで這って来たらしい。

 大胆な行動にらしくないと思いつつ、しぐれが指差す方を見やる。

 黒板の前に立つのは、先生の他にもう一人いた。


「はい。それでは転校生さん、みんなに挨拶してください」


 朗らかな声に促され、隣に佇んでいた小柄な体躯の転校生は、一歩前に出た。


「うげ……」


 まりあは、無意識のうちに顔を引き攣らせていた。

 セミロングの明るい髪を片結びにした、物憂げな雰囲気の女の子。

 長い前髪の奥から覗く静かな色合いの双眸には、確かに昨日襲い掛かってきた魔術師の面影があった。


「ボクの名前は……。ベルと呼んでください」
「えっと。あだ名もいいけど本名を教えてもらえないかしら」
「……」
「……うん、それじゃあみんな。十文字鈴さんです。仲良くしましょうね」
「どうも」


 にこりともせずに挨拶した魔術師は、唖然としたまりあの視線に気が付き、薄らと口元を歪めた。
 
 
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